32.敗戦処理
翌日の放課後、僕は本当に二人の側で立つことになった。
空き教室の一室、外をサレッド率いる騎士団の面々が護衛に付いている。
僕の横にはルヴィとラヒトー卿、机を挟んで対面にはヴィッグ卿と壁役をしていた生徒が座っていた。
「それで、話し合いって? 知っての通り僕は劇の練習で忙しいのだけれどねえ」
ヴィッグ卿がルヴィとラヒトー卿へ向けて言う。
「そんなに急いても良い話し合いは出来ませんわ。まずは皆さんにお茶を」
壁の方に立つサラさんが静かに頭を下げお茶の準備を始める。
ラヒトー卿のお付きの方は今日はいないらしい。
みんなにお茶が配られていく。
僕はお茶を受け取り小さくサラさんに頭を下げる。サラさんは目を伏せて返す。
「爽やかな良き香りですなあ。さすがルヴィ嬢。良い茶葉を使っていらっしゃる」
「東方の魔物群がる砂漠を越えて遥々運ばれてきた逸品です。良ければ後ほど紹介いたしましょうか」
「おお、それはありがたい。ぜひ頼もう」
穏やかにお茶を嗜む二人を前に無言でラヒトー卿はカップを大きく呷って飲み干した。
「美味い茶だった。どうも」
「それは良かった。きっと彼女の淹れ方が上手いからでしょう。ねぇサラ?」
短く素早くサラさんはカーテシーで答える。
微笑む二人を前にラヒトー卿の眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「それでは皆さんお忙しいところと存じてますし、早速ですが本題へ入りましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
「それでは今回ヴィッグ卿に折りいって頼みごとがございまして。その件に関してラヒトー卿にもご同行いただきました」
頼みごととルヴィは言った。
それにヴィッグ卿は「ほう」と机に肘をつけたまま体を前に少し倒す。
「それで二人して僕に頼み事とはなんだい。金か? 物か?」
手をヒラヒラと動かし表情には余裕が滲む。
ルヴィはその問いに微笑んだまま答えない。
次に動いたのはラヒトー卿だった。
「一つ、勘違いを正しておこう」
「ラヒトー卿……」
ヴィッグ卿の顔色が途端に悪くなる。
「わたしは君に提案などする気はない。彼女から提案を受け、この席にいる、それだけだ」
「じゃ、じゃあルヴィ嬢一人のお願いというわけか。あい分かった。それでなんだい。その頼み事とやらは」
「わたしが望むもの、それは学園内で彼アルケム・ツォーリの存在をヴィッグ卿に認可してほしいのです」
ルヴィが僕に手のひらを向ける。
「え?」と思わず声が出た。
存在の認可……? なんだそれ。
「同じ頼み事をわたしもルヴィ嬢から受けてね。アルケムくんには個人的な関わりがあったし、了承しここにいる」
ラヒトー卿は僕の存在を認可しているらしい。
「なんだそれ……」
ヴィッグ卿は机の上に両肘をついて手を擦り合わせている。
視線は宙を彷徨い必死に考えている様子だった。
「……具体的には」
「認可は認可です。彼を普通の生徒と同じように扱い、以前のように付け狙い彼を阻害するような動きをしないと誓ってもらいたい。端的にいえば彼の後援、でしょうかね」
「書類は」
「こちらに用意がございます」
サラさんが素早く紙を取り出し渡す。
──貴族の爵位を買っただけの商人だ。
僕は以前ラヒトー卿から聞いた言葉を思い出す。
ここで書類を要求する辺りヴィッグ卿もしっかりしている。
さすが元商人というところだろう。
それからヴィッグ卿は書類の確認を終える。
「後援者という割に援助の義務はないらしいな」
「後ろ盾というのは何も本当に盾になる必要もございませんから」
「まぁ……不服だが良いだろう」
一瞬見えた感じ、二人の名前と本当に必要最低限といった短い文だけが書かれた紙だった。
「僕としては、この学園に元農奴なんか相応しくないと思っているが、今後も彼に挑み続けるのも得策ではないと前回の試合で知ったしな。ここは手を引こう」
「ありがとうございます」
「所詮お付きにそんなにムキになるかね。理解に苦しむよ」
「一つ訂正を。彼はわたしのお付きではありません。この学園に来る以前からの知り合いです。同郷、といってもいいでしょう」
ラヒトー卿が「そうなのか」と目を閉じたままゆっくり頷く。
その優雅な姿から僕は確かに貴族の貫禄を感じた。
「はっ、それはそうか。お付きをこの学園に入れられる人物なんて早々居ないし」
ヴィッグ卿はラヒトー卿の方を見た。
「元貴族、元許嫁を使用人として学園内で飼い殺しにでもしない限り、ね」
元貴族、元許嫁。
ラヒトー卿は肩をすくめて手を広げ、
「何のことやら」
と薄く笑った。
あの使用人の女子生徒のことだろうか。
「さて、ではルヴィ嬢、次の話といこうじゃないか」
ラヒトー卿がルヴィの方に視線を向ける。
ルヴィも「はい」と頷いた。何か、次の策があるらしい。
「次……?」
「では……彼の存在を認可する後援者という証明を我々は行います」
「なに?」
「彼用の魔道具を我々から提供して彼の後援者として存在を誇示するつもりです。それで皆、迂闊に彼に手出しはできなくなるでしょう」
「断る。書類にそんなことは書かれていない」
「では、この書類は破棄すると。交渉決裂ですか?」
ルヴィが三人分の名前が書かれた書類を掲げる。
「自分で言ったはずだ。後ろ盾というのは本当に盾になる必要は無い、とな」
「後ろ盾にはならないと?」
「それは……なるが」
ヴィッグ卿は苦々しい表情をしている。
既に契約を完了した手前、破棄もしづらいのだろうか。いや、もしかしたら何か契約破棄に関する条項があったのかもしれない。そうだとしたら……
「ではどうやって証明を? 彼の口はわたしの意志に反して動くことはありませんよ」
……僕の口、そうなのか。
不意にヴィッグ卿の隣でジッと座っていた壁役が体に力を入れていた。何か察したらしい。
僕も椅子から腰を浮かし咄嗟に動き出せるようにする。
沈黙が続く。
微笑んだままの二人と目を閉じたヴィッグ卿。
息の詰まる時間だった。
「……そっちに紙を持たれている限り僕に出来ることは無いか。で、送る魔道具とやらを見せてくれよ。流石に買えない物もあるからさ」
相手の壁役の生徒が肩から力を抜く。僕も椅子に座り直した。
外で騎士団の皆が控えている中で暴れたりすればヴィッグ卿でもどうにも出来ないくらいの大事件となるだろう。
「こちらです」
ルヴィは魔道具の名前が書かれた紙を机に置く。
僕は目を見開いた。
『風の加護』
「新品、特注品です」
嘘っ、と僕は紙を見つめて目を輝かせた。
反対に机の先でヴィッグ卿の表情は歪んでいく。
青い髪をかき上げ、
「何でこの支払いで一番僕が多いんだい?」
と声を震わせていた。
「なぁ?」と赤い顔をして歯を食いしばる。
「我々が後援者ということを皆に示せれば良い。誰がどのくらい出すかは誤差の範疇だろう」
ラヒトー卿は爽やかに言う。
「どう考えても金額が誤差じゃ無いんだよなぁ……?」
ルヴィは「それでは……」と三人の名前が書かれた紙をチラリと見た。
「ああ、くっそ。なんで貴族の連中はさぁ。こうも金以外の使い方だけは上手いかねぇ」
だけ、をやけに強調しながらヴィッグ卿は言った。
「それではこちらの方も了承してくれるね。何、我々に小さな貸しだと思えば良い」
「踏み倒すのが前提だろうに」
ぶつくさと言いながらもヴィッグ卿は書類に名前を入れた。
「では、後日。品物が届いたらお願いしますね」
「一つ。僕はルヴィ嬢に呼ばれて会議に来たんだ。僕に何かあった場合、君らも頼むよ」
ヴィッグ卿は手で親指を立て「一つ」を強調していた。
ラヒトー卿はフフフフと鼻で笑い、
「君が貴族になったら、構わんよ」
とコツコツと指で机を叩き答えた。鋭い音が鳴っていた。
「ではヴィッグくん。出て行ってくれないか。この部屋を次の会議に使いたいのだよ」
「はあ?」
「サレッドくん」
扉が開く。
赤いコートを揺らしサレッドが「お呼びでしょうか」とすぐさま答えた。
「彼の見送りを頼む」
有無を言わせない対応だ。
「かしこまりました。ではヴィッグ卿、こちらにお願いします」
サレッドが頭を下げて退出を促す。
扉の奥。サレッドの隣から騎士団の面々が部屋の中を覗いている。
「……はいはい」
手を上げてヴィッグ卿と横にいた生徒が部屋から出て行く。
サラさんは静かに頭を下げて二人を見送っていた。
「アルケムくん。君も座りたまえよ。立ったままだと疲れるだろう」
ラヒトー卿に促されるまま僕は先ほどまでヴィッグ卿のいた席に座った。
ルヴィはサラさんに伝えて椅子を動かし、僕の隣に座り姿勢を正してラヒトー卿と向き合った。
「それで、何の話でしょうか」
ルヴィの問いに僕も同調し頷く。
「これはルヴィ嬢にも聞いてもらいたいことでね。以前、アルケムくんには伝えていただろう」
「えっと……」
僕は首を傾げた。
「もし今回のことが上手くいけばまた頼みごとをするかもしれない、と」
ああ、と僕は思い出した。
そんなことを一度目の話し合いでラヒトー卿は言っていた気がする。
「非常にわたしは今回の試合の結果とその後の話し合いに満足した。信用が置ける人物足るとわたしは感じたわけだ」
ルヴィは「それで」と短く聞いた。
「君たちに頼み事をしたい。もちろん成果によって報酬は出す。それにこの依頼は君達でないといけないとも考えている」
「……肝心の内容の方を確認してから正式にお答えします」
ラヒトー卿は「もちろんだ」とゆっくりと頷き、懐から筒状に丸めた書類を取り出した。
ルヴィが書類を受け取り、僕は横からそれを覗き込むようにして見る。
そこに書かれていた人物の名前に僕は目を疑った。
「これは君たちのチームにいるエーデ・ヴァイズと、その店に関する依頼だ」
5月頃から投稿を始め(一度すべて消したりもしましたが)紆余曲折ありながらも約3か月で9万6000字ほどを書き終えて入学編を無事終わらせることができました。
個人的にはファンタジーがあまり得意なジャンルではなく、うまくいくか分からない中での挑戦作でもありましたが、こうして一つの節目まで書き切ることができたのも最新話が更新されるたびに読みに来てくださった読者の皆様のおかげだと思います。
次回の更新日は未定ですが、単発のお話を数本と別の長編作品を書きつつ次のエーデさんにまつわる話のプロットを考えられたらと思っています。
改めまして、ここまで読んでくださりありがとうございました。
また夏草の別作品や、『勇者の席は誰の手に〜今はまだ幼き村の少年が無型の剣聖と呼ばれるまでの英雄譚〜』の次話を読んでいただけると嬉しいです。
『夏草枯々』




