26.三連撃
見渡した会場は前回の試験以上に人が沢山来ていた。
全ての席が埋まっているように見える。
拍手と声援を聞きながら僕らは進む。
円形の会場。
その二階部分でラヒトー卿らしき姿を見つけた。
──やつの鼻をあかすこと。
劇的な勝利を求められていた。
出来るかは分からないけれど、きっとこの作戦の先にあると信じて進むだけだ。
「ジッキー! ファイトー!」
赤いコートの集団が手を振りながらジッキーに声をかける。騎士団の面々だ。
「おうよ!」
ジッキーはヘルムを上げ、鉄の拳を突き上げて答えた。
会場に音楽が鳴り始める。
ヴィッグ卿のチームが出てくる扉の上の辺りに演奏者たちの姿が見えた。
「この学校を清く尊いものにするためにわたしは有害な者を徹底的に叩き落とす」
ヴィッグ卿の声が会場内に響く。
「この場所の主役に光を寄越せ。曲を奏でろ。全てはわたしを引き立てるためにあるのだから」
より音楽は高鳴り会場中のあちこちから拍手が起こる。
光は彼らに集まり、僕らの方は相対的に少し暗くなった。
「不敬な農奴を誅する神性なる戦いが、今ここに開幕する!!」
観客が「うおおお!!」と答えるように声を上げた。
「ヴィッグ様ー!」
観客席から黄色い声援が聞こえてくる。
「後ろにいるわ。気にせず作戦通りいきましょう」
僕とジッキーは頷いてヴィッグ卿の方へと駆け出す。
共にシールドを張ると同時にヴィッグ卿たちが見えた。
「王の名を冠する役者!」
細い剣が眩く光った。
白い円状の光が僕らに向けて押し寄せてくる。
「岩拳の突き上げ」
光を遮る拳型の岩が地面から突き出た。
さらに僕らは距離を詰める。
「え?」
ふいに視界が真っ白になり、顔を背ける。
隣のジッキーが手を広げて仰け反っていた。ジッキーの周囲にはキラキラと輝く『零によく似た加護』の破片がある。
「何が……」
前で僕らを守っていたはずの岩に丸い大きな穴が空いていた。
穴の先では細剣を縦に構えポーズを決めるヴィッグ卿の姿が見える。
「「うおおおおお!!」」
完璧な先制攻撃に観客席が湧いていた。
「俺は大丈夫だからアルは、これまでの全部をやり返してこいよ」
シールドを張り直しながらジッキーが鉄の拳を伸ばす。
「わかった」
僕はジッキーの拳に拳を合わせて答え「風の加護」と風を感じながら距離を詰めた。
「行かせねぇよ」
風の揺らぐ盾を構えた生徒が前に出てくる。
前回の生徒より体格が大きく筋肉もある。
持っている剣も彼より一回りほど大きい。
そんな壁役を斜めに躱しながら僕はヴィッグ卿を目指す。
壁役の振りかぶった剣が迫る。
僕は地面を抉り体勢を深く沈めた。
速度、踏み込み、剣のリーチ。そしてこのタイミング。
「行けっ!」
僕は体を捻り一陣の風に乗った矢のようにヴィッグ卿に蹴り込んだ。
ヴィッグ卿の『零によく似た加護』を蹴り壊す。
反動で大きく浮き上がった。
相手の壁役がすぐさま僕の後ろから迫ろうとする。
「なにっ」
足を『蠢く砂漠の薔薇』に絡み取られてつんのめっている。
「アルの邪魔をしてんじゃあねぇよ!」
その隙を逃さずジッキーが思いっきり壁役のシールドに剣を叩きつけた。割れる。
僕に向けて複数の水の矢が頭上から飛んでくる。
「穿つは雨の雫……」
軽く姿勢を下げ前に詰めることで水の矢を躱しヴィッグ卿に近づく。
事前に聞いていた魔道具と違う。今回の試合に向けてヴィッグ卿も変えたのか。
「君さぁ……そこは一撃でやられるところなんじゃあないのかい? グワァー! ってさぁ!」
ヴィッグ卿は身振り手振り合わせ迫真の演技をした。
そんなやられ役みたいなことはしたくない。
「台本通りにいかないこともある」
「ハッ! 舐めた口を!」
ヴィッグ卿は身を捩り横に向けて剣を構える。細い剣の先が伸びてくる。
突くことに特化した剣。叩き切ることの代償に剣は、神速のスピードを得た。
同時。
そう感じるくらいの三連撃だった。
「くっそ」
僕のシールドが割れる。何発目を食らったのかすら分からない攻撃だった。
「ハッ! そうそう、その表情だよ! 出来るじゃあないか!」
歯噛みしながら相手を睨む。
互いにシールドを張り、仕切り直し。
距離だ。
距離を潰す。間合いが開けば開くほどヴィッグ卿の剣にスピードが乗る。
風を受けながら身を左右に翻しステップで詰めた。
「ここ!」
『風の加護』の光が消えて風が止まると同時に横に剣を振りかぶる。
この距離、剣先ギリギリで相手のシールドに引っかかるはず……
「王の名を冠する役者」
ヴィッグ卿の周りで風が踊った。
ふわりと風に乗り紙のように軽やかに後ろへ引く。
「ここでか!」
剣先がギリギリ届かず空を切る。
相手のサポート役の魔道具の方は変わっていないと確信する。
眩い光が剣に集まった。
狙いは僕……
──じゃない!
咄嗟に光に向けて手を伸ばし体当たりをした。
シールドが割れ、光が歪む。
「狙いはルヴィか……」
シールドの無いまま地面に顔から落ちた。
「おいおい、どうしたよ。君たちのお嬢様の方は。下民は見殺しかい?」
僕は地面に手をついて立ち上がり「さぁね」と土を払う。
剣を構えた。
少し魔力の消費ペースが早い。このままだと最後まで保たないだろう。
── 零によく似た加護は一旦使わない。
危険だけど、それで良い。
背後で地鳴りが起こっていた。
多分、ジッキーの魔道具だ。
頑張れ、と心の中で唱えヴィッグ卿に走り込む。
「まぁ良いさ。最後のピンチも舞台には必要か」
剣先が僕に向けて蛇のように鋭く食らいついてくる。
咄嗟に体を捻って躱す。服が貫かれ掠った肌から血が滲む。
「良いのかい? 安全装置をそんなに信頼してさあ」
僕は答えず斬り込む。
踏み込みが浅く届かない。
それで良い。相手の攻撃を潰すことだけに集中しろ。
「前回集められた勇者候補たちの実技試験では毎回一人以上の死者が出てたのに」
「知ってるよ」
「ハハハ、じゃあ頭がおかしいだけか。良いな狂人は、悪役に相応しい」
ヴィッグ卿は青い前髪を片手でかき上げる。
「違う。僕は安全装置なんかじゃなく自分の鍛えた剣技を信じてる」
毎日、祈るように握り振った剣を。
やるしかないのだと諦めた自分を。
「そうかい。じゃあ砕こうか。その剣技がいかに足りないものか教えてやる」
ヴィッグ卿は身を引いて素早く構えに入る。
またあの三連撃がくる。
そんな予感があった。
呼吸を止め、剣を凝視する。
見ろ。
見ろ。
見ろ!
一発目。
剣先が動き煌めく。
咄嗟に動いたのは自分の剣だった。
切り上げて弾く。
相手の剣先が浮き上がる。
「よしっ」
僕は踏み込み深く剣を構えた。
「王の名を冠する役者」
剣が光を放ち振り下ろされた白い光線が僕を襲う。
ヤバい。
「アル!」
ジッキーの声がして僕は突き飛ばされていた。
地面を数回転がった後、顔を上げる。
シールドが無くなったジッキーがそれでも尚ヴィッグ卿の前に立ちはだかっていた。手を広げた大きな鉄の背中が見える。
「風の加護」
噴き上げる風に僕の金色の前髪が揺れる。
前に蹴り込む。
伸ばした足はヴィッグ卿の前を通り過ぎた。
後ろに引いて躱されている。
ヴィッグ卿の顔には薄笑いが張り付いていた。しかも、いつもの薄笑いより笑みが深い。
追い込まれていく僕らを楽しんでいるんだと思う。
「ジッキーありがとう」
「おうよ。どんどん頼ってこい」
グッと親指を立てるジッキー。
「しっかりそっちで抑えててよねぇ」
「すっすいません」
僕はヴィッグ卿と向き合う。
剣で弾いたところで魔道具を起動され隙を潰される。
どうしよう。
──……まずは落ち着くんだ。
僕のやるべきこと。それは相手の魔力を削れるだけ削る。そうだ。
目を開けて、考え続けろ。
──あの剣技の対策を見つけないと。
踏み込み、振り下ろす。
剣先が空を切る。続け様に斬り込むも、また届かない。
ヴィッグ卿から剣が伸びる。
肩の辺りを剣先が肉ごと穿つ。
抉れたところが激しく痛み、左手で抑える。流れ出る血が手のひらでヌルつく。
そもそも立ち回りが違うんだ。
「ハハッ良い顔になってきたなぁ」
さらに攻撃が続く。
降ってくる雨粒が避けられないように乱れ打たれた剣先を見てから避けることなんて出来ない。
「くっそ」
攻撃される前に剣の当たらない距離まで風を吹かして下がる。
僕が下がったところの近くにはジッキーと相対する壁役がいて、
「オラァ!」
僕の背中にめがけ剣を振り下ろしてくるだろう。
「ハハッ! 真っ二つだ」
背中から感じる振り下ろす気迫。それと風音。
見えずとも足を引いて風に乗り躱す。
背後で剣先が土に刺さる音と「なっ……」と声がした。
事前に見ていた剣の届く距離とタイミング通りだ。
ジッキーのそばに立ち僕は腰のベルトに手を伸ばす。
「火付け石」
ベルトから外し灯った火を剣に近づけた。
視界が揺らぐ。息が苦しくなってきた。そろそろ魔力がまずいらしい。
「そんなちっぽけな火で何が出来る。傷口でも焼くのかい」
「大きく出来る」
土を踵でにじり踏み込む。
視界に二人を捉えたまま深く沈み剣を構えた。
壁役がヴィッグ卿の前に立ち風の揺らぐ盾を構えた。相手の頭上を超えて水の矢がこちらに飛んできている。
「消し飛べ!!」
横薙ぎに振った剣先が盾の風にぶつかり炎が激しく揺れる。
構わず盾の上をなぞるように振り切った。
「はあ!?」
一文字の炎が熱波となって二人に襲いかかり『零によく似た加護』を焼き付けた。砕かれたシールドの破片が宙を舞っている。同時に水の矢も吹き飛ばしていたらしい。
「何だあれ!?」
「え? すっご。掛け合わせ?」
観客席から困惑の声が聞こえてくる。
「見せてやったな。切り札」
息を整えながら僕はジッキーに親指を立てて答えた。
魔力は残り少ない。後一回、風と炎の同時展開がギリギリ出来るかどうかのところ。
シールドも欲しい。一つのミスで致命傷だけど……
「もうすぐ五分経つ。ルヴィ嬢の準備が終わるぞ」
「うん。僕らも試合の大詰めに向かおう」
剣を構えた。シールドはいらない。
ただルヴィに、みんなに勝利を繋ぐんだ。
例え僕がどうなろうとも。




