25.控え室
僕らは教室を後にして外に出た。
サレッドのように完璧な魔力操作が出来なかった場合でも大丈夫なようにみんなに少し離れてもらっている。
僕は剣を前に突き出して構えた。
「火付け石、風の加護」
体から体温がストンと落ちて消えると同時に意識が途切れかける。
冷や汗が吹き出して、剣を握る手が震えた。
これはやばい、と歯を食いしばり意識を強く持つ。
昼休みに魔道具を使った分が全然回復していなかった。
エーデさんが「だっ大丈夫?」と不安そうな声を出す。
「大丈夫です」
僕は唾を飲み込み、風の流れに集中する。
風を魔力の線にして剣の周りで回す。さっき見たサレッドの魔剣の再現だ。
蜘蛛の糸を振り回した子供の頃を思い出しながら、火の灯る『火付け石』を剣に近づける。
「うおっ!?」
「わっ!?」
剣の周りの風を舐め上げながら火が高く登り小さな火柱のようになった。
「ぐっ……」
剣を握る手が熱波に焼けていた。鋭い痛みが親指から手首までを覆う。
目を見開き火を凝視する。火をもっと抑えるんだ。
──これを制御しろ。いや、するしかない。
それしか僕が剣を握って生きていく道はないのだから。
涙なのか汗なのかが額から落ちてきて目に入りジクリと痛んだ。
それでも……まだ。
「おい!」
ジッキーが僕の手から剣を蹴り飛ばした。魔力との接続を失い火が霧散する。
僕は荒い息を吐きながら倒れ込む。
右手のあまりの痛みに地面にうずくまり「グウウ」とうめく。
「ちょっと!? 大丈夫!? 水とってくるね」
僕は額を地面につけたまま首を横に振った。
擦り付けられた額に土の湿った感触がある。
エーデさんは何も答えず離れていく足音だけが聞こえた。
「剣を……」
顔を上げて飛んでいった剣を探す。芝生に横たわる剣を見つけた。
──まだ、もっと……何も出来ていないから。
ルヴィが歩いていって剣を「熱っ」とつまむように持つ。
「立ちなさい」
僕は膝を押さえて立ち上がった。
「試験ではこの方法は使えないけど一度感覚を掴んでおくだけでも違うでしょう」
と言って「火付け石、風の加護」と僕の持っていた魔道具に魔力を込めた。
「次の試合はわたしもしぶらない。蒼き彗星のもう一つの機能を見せるから」
僕は頷いて剣を握る。
人差し指と親指が痛いし動かしづらい。
それでもヴィッグ卿に負けるよりはずっとマシだと強く思う。
「手は後で治してもらおうな」
ジッキーが肩を組む。
「燃えるかもよジッキー」
ジッキーはニッと歯を見せ笑う。
「いや、出来るさ。アル、出来るんだ」
深く頷きながらそう言った。
「上手くいった時のことを考えるの」
僕はルヴィの指示に大きく息を吐き出して頷く。
剣に再び風を纏わせていく。
スルスルと登る魔力の糸を回しながらサレッドの見せた完璧な制御の炎の剣を思い返す。
──いや、違う。これじゃない。
上手くいった時のことを考えた。
みんなの笑った顔を思い出し褒めてもらうこと。そうだ、と小さく笑う。
「いきます」
ゆっくりと魔力の糸をなぞるように火が剣の周りを登っていく。
手は熱い。焼けたところはより激しく痛む。
それでも……
「出来てる……」
燃える剣を横に振る。
熱波が僕たちを襲う。ビリビリときた。震えた。
火は変わらず剣の周りで燃え続けている。
「火を消しなさい」
ルヴィの鋭い声に僕はすぐに魔力の繋がりを切った。
「あんたのこれはギリギリまで隠しましょう」
「すげぇじゃん。アル。やったな」
ははっと笑い僕は痛む手を抑えながら「凄い?」と二人に聞いた。
「ああ! 凄いぞ!」
「そうね」
「……良かった」
力が抜けて膝から崩れ落ち、地面に向けて安堵の息を吐き出す。
「これなら初めに三人で話していた擬似的な壁役が本格的に出来るかもな」
僕は地面に座ったまま「擬似的な壁役?」と二人を見上げて首を傾げた。
「ヴィッグ卿は恐らく積極的にあなたを狙う。立ち位置的にも彼のプライド的にもね。ただし魔力量は心配だからずっと前に立ち続けたりはしないで隙を見てジッキーよりも前に行くの」
「それは……」
「ヴィッグ卿と剣で打ち合いなさい。あんたなら負けない。いや勝てると思うから」
ルヴィが僕の目を真っ直ぐ見ながら言い放つ。
勝てる、そうだろうか。分からない。
「相手の壁役には邪魔させないぜ。なんせ俺がいるからな」
ジッキーは自分自身を親指で指しながら言っている。
「やるしかないか」と僕は拳を握った。
「それで三人に時間を稼いでもらっている間にわたしの切り札を出すわ」
「切り札」
「と言ってもこの切り札を前回の試合で使わなかった理由はここで使うのが勿体なかった、というだけではないの。三つの弱点があるのよ」
「三つの弱点……?」
ちょっと多くないか、とは口が裂けても言えない。
「一つ目は炎の魔道具らしく魔力の消費が激しい。恐らくわたしの全てを使い切るわ。だからわたしは零によく似た加護が使えない。二つ目、魔力を溜める時間が長いことね、五分間は必要。最後、ここまでやって零によく似た加護で防がれること」
「正直、難しくない?」
「だから前回使わなかったのよ」
「それでも、ルヴィ嬢の魔道具を俺たちの戦略の主軸に行く。そのためのアルの擬似的な壁役だ。二人で相手の魔力を削れるだけ削るぞ。相手にシールドが使えなくなるくらいな」
「分かった」と僕は答える。
それで良い。みんなで決めたことなら僕はただそれを信じて自分のやるべきことをやるだけだ。
「その分、威力は学園内でもトップクラスよ。わたしがやろうと思えば試験会場を火の海に出来るわ」
とんでもないことを言うルヴィ。
そこにエーデさんが回復の魔道具と水を持って戻ってくる。
治療を受けながらしっかり僕はエーデさんに叱られた。
翌日、試験日の朝。
試験会場に向かう道中、二人組が僕の横を駆けていった。
「やばい。ヴィッグ様の試合楽しみすぎて全然寝れなかったんだけど」
「ねー! うちも。早く行って早めに並ぼ」
制服ではなく一般の町娘らしき二人組だった。
先に準備できた僕とジッキーだけの控え室で僕は道中見たことを話した。
「あー見た見た。ほんとっ人気だよなー」
同じようなことをジッキーも見たらしい。
「まぁ俺たちは俺たちだから気にせずいこうぜ。アルは緊張してないか?」
「うん。意外とね」
手のひらを見ながら閉じたり開いたりしてみる。不思議と緊張はそこまで感じない。
心の奥底でやり続けるしかないのだと諦めに似た覚悟が燃えていた。
実際、ルヴィの作戦も僕の剣も上手くいくか分からない。それでも……
「ここに来てからの一ヶ月と数年間かけた剣振りの努力を思い出したら結果を出すまでは止まれないよ」
ちょうどそこに支度を終えたルヴィとエーデさんが控え室にやってきた。
「良いじゃない。ここのところわたしとの借りを忘れたのかと思ってたから」
「それは……頑張るよ。少なくともルヴィのエリートコースは応援する」
ルヴィは「あっそ」と答え椅子に座った。
「ここで仮に負けても、もう折れたりしない」
例えヴィッグ卿に負けて狙われても辛勝でラヒトー卿に認められなくても。
前みたいに僕はこの場所を譲る気はない。
もちろん、みんなが認めてくれている限りではあるけど。自分から明け渡したりはしないつもりだ。
「勝つわよ」
「そーだぜ」
エーデさんは「やばい、もううち泣きそう」と目元を指で抑えていた。
僕は笑い「勝ちましょう」と答えた。
「皆さん。試験の準備、お願いします」
会場の中の通路を通り扉の前に立つ。
反対側の場所ではヴィッグ卿たちが準備をしている。
使用する魔道具の確認。
魔力が初めから充填されていないか、ちゃんと魔力が充填されるか脈動を開始するかなどの不正と事故防止のチェックが行われる。
「あちらの準備が終わり次第、扉が開きますので入場お願いします。そこから試験開始となります」
僕らは頭を下げて説明を聞き終えた。
「やけに丁寧な人だったな」
「ねっ、ていうかあっちのチームの準備、長引いてるっぽい?」
呑気な会話をする二人の隣で僕は剣を握った。
「勝つわよ」
隣のルヴィがこちらを見ながら言う。
僕は頷く。
「よしっ、一発気合い入れるか」
ジッキーが扉の前に立ち手を広げた。
「絶対勝つぞー!!」
「「「おー!」」」
少しワクワクしている自分がいた。
扉が開く。
試験が始まる。




