24.風と火
扉を開ける。
ジッキーが壁に背中をつけて待ってくれていた。
「ありがとう、ジッキー。お待たせ」
「おうよ」
僕は「あー戻りたくない」と愚痴をこぼす。
ラヒトー卿との会話は気が重い。
「そんなこと言うなって、みんな心配してたぜ?」
「いや、ラヒトー卿の方。これで何か掴めればいいんだけどな……」
「農民出身から唯一ここに立ってるんだし自信出せよ。もうやるしかないって腹括ったんだろ?」
ドンと背中を叩かれる。
そうだね、と小さく笑いながら答えた。
「一緒に鍛錬を積んだ騎士団の仲間だって何人も落ちた」
「……それは」
「だからひよるなってこと。そんな感じじゃあルヴィ嬢にまた怒られるぜ?」
「うん。頑張ってみるよ」
学校へと戻ってきた。
ちょうど授業が終わったらしく廊下を歩く生徒たちの姿が見える。
「先にみんなで作戦会議してるから話し終えたら早く戻って来いよ」
「今日はみんな休みなんだっけ?」
「明日の試験対策にな」
分かった、と僕は深く頷いた。
廊下を歩いて角を曲がりラヒトー卿との待ち合わせの教室の前を見る。
そこにラヒトー卿のお付きの女子生徒が立っていた。
「失礼いたします。アルケム・ツォーリ様がいらっしゃいました」
「入れ」
扉が開き、教室の中を見て僕は目を丸くする。
「おおっ、君か」
近衛騎士団団長の息子、サレッド・ソルウィンがそこにいた。
よっす、と僕に向けて手を軽く上げる。
「これはどういった……?」
部屋の奥の椅子に腰掛けるラヒトー卿の方を見た。
確か今日はヴィッグ卿との試合内容の情報を渡す話だったはずだが。
「なに、大した話ではない。わたしは戦闘の専門家ではないのでな。詳しく解説できる人物を呼んだまでだ」
「まっ俺のことはある程度、信頼してくれていいぜ」
「と、言うことだ。それじゃあ二人ともそこの椅子に掛けたまえ」
ラヒトー卿に促されるまま僕らは用意された椅子に座る。
「さて多忙の身でな。ゆっくりと話している暇もあまりないのだよ」
すぐに本題のラヒトー卿とヴィッグ卿との対戦の話に移った。
サレッドが時折チーム同士の動きに対して解説を入れながら話は進んでいく。
「風呼びの盾……ですか」
ヴィッグ卿のチームの壁役が持っていたらしい魔道具の名前を僕は繰り返した。
ラヒトー卿が顔を上げ「なにか?」と僕を見る。
「実は一回戦目、風の盾に僕自身なにもできずやられてしまって」
「ふむ。であれば確実に二回目も使ってくるだろうな。サレッドくん、対策は無いのかね」
「岩拳シリーズは無いのかな」
僕は首を横に振る。高すぎてどうやったって手が届かない。
「難しいかい? まぁそれならばわたしが君に買い与えてもいいが手元にないので誰かから買ってくる必要があるな」
「そっ、そこまでは」と思わず躊躇う僕にラヒトー卿は薄く笑って手を広げる。
「なに、わたしが買い与えた魔道具で農奴がやつを落とす。良きシナリオだろう」
「まー、それでも良いけど」
サレッドは皮に巻かれた拳サイズの何かをコートの内側から取り出した。
「火付け石。初めて民間に向けて作られた汎用の魔道具だ」
あの皮の下に『火付け石』があるらしい。
一応、火の魔道具だが民間向けなだけあって安定性は高く魔力の消費も少ない。ただし、その分威力はほぼ無いに等しい魔道具だったはず……
「それと風の魔道具」
サレッドは腰から剣を抜く。
薄緑の透き通るような剣身をしている。恐らくこれも魔道具だ。
「風の良いところは自由なところだ」
剣身が淡く輝き出す。
薄暗い室内を緑色に照らし、ゆっくり部屋の中で風が動き出した。みんなの髪が小さく揺れて風音が聞こえる。
一番近くで風を浴びるサレッドの赤いコートの裾がはためいた。
「これは教会が語るような神様の起こす奇跡じゃない。法則がある」
「連中はうるさいんだ。喧嘩を売るのはここだけにくれよ」
「ここは神様の目が届かない場所だから大丈夫。他にも沢山ある」
とんでもない冗談を言いながらサレッドは火付け石を剣に近づけた。
教会で色々と教わってきた僕としては笑えない。反対にラヒトー卿にはウケていた。
火付け石に火が灯る。火と言っても薪の中で燃えるような小さく赤い火種に近いけど。
「見てて」
「あの天井が焼けるんじゃ」
火に魔力の含まれた風を近づけると大きく燃え上がる。
最悪、この部屋が燃えることになる。
「大丈夫」
剣の周りを渦巻く風に火を乗せた。
ゆっくりと弧を描きながら剣の先まで火が細い線となって登って行く。
「本来、火は魔力操作が難しいものだが、それを自由な風に乗せてやると」
剣を振る。
剣から放たれた強烈な熱波に目を閉じた。
「風には無い攻撃力を持たせたまま制御が出来る」
剣の周りを揺らぎ続ける火。
それは小さな渦となって絶えず燃え続けていた。
そういえば『穿つは雨の雫』で水の壁を動かして似たようなことをしてたっけ、と前の試合を思い返す。
「やはり天才は怖いな」
ラヒトー卿は心底愉快そうに大きく口を開けて笑っていた。
「サレッドくん。そこの従者にその二つを貸してやってはくれないか」
「もちろん。これは仕組みさえ知っていれば誰でも出来るからな」
壁に控えていたお付きの女子生徒はおずおずと二つの魔道具を受け取り構えた。
「遠慮なくやってみたまえ」
剣に風が宿り光を灯す。
石に火もついた。
火付け石を剣に近づけ……
「あっ」
ふっと火が消えた。
風に吹き飛ばされたように見えた。
「「風の方が強すぎた」」
僕とサレッドの声がハモる。
「あっいえ……」
「まぁあとは練習あるのみだ。大丈夫。誰にだって出来る。君もこれで諦めず続けてくれ」
サレッドは大声で女子生徒に話しかけていた。
表情はにこやかなのに言っている内容は結構鬼畜だ。
「そういえば前々から気になっていたんだが彼はなぜヴィッグ卿にここまで狙われているんだ。農民出身と言っても騎士団の中には農民上がりの者もいるぞ」
「なぜでしょうか」
特に僕がヴィッグ卿に何かをしたわけじゃない。初めて会った時から嫌われていた。
結局、農奴という枠組みにいる限り僕は狙われるのではないだろうか。
「簡単な話だ。彼は貴族じゃあない」
「「えっ?」」
「貴族の爵位を買っただけの商人だ。名家とは程遠い」
「……それは何の違いがあるのでしょうか」
爵位を持つ人間は皆、貴族として扱われるはずだ。
「貴族は働かない」
「つまり騎士団に入っただけでは不十分。騎士として正しいあり方を実生活で体現してようやく騎士と認められるということか」
「感覚としては近いな。アルケムくんを学園から追い出そうとする理由もそれだろう」
「と、言いますと」と僕は聞く。
ヴィッグ卿が貴族として認められない事と僕を嫌う理由の繋がりがよく分からない。
「枠に囚われている。貴族、騎士団、商人と世界を単純に考えすぎだ。実際、貴族よりも国王に認められ信頼されている商人や騎士など大勢いる。あの態度ではいずれ足元を掬われるだろうな」
「つまり、本当に僕が村人だから」
「というより選ばれた者だけが入れる学園という枠組み、それ自体が彼にとって重要なことなのだろうな」
「自分は選ばれた特別な人間だってことか。青いねー」
くっくっくっとサレッドは口の端を横に伸ばし笑う。
僕はため息をついた。
「さて、どうだろう。勝てる道筋は見えたかな? アルケムくん」
「まだなんとも言い難い状況です。これからチームメイトと話し合いをして対策を練りたいと思います」
「それは良いな。本番は外側から応援してるぞ!」
サレッドがニッと笑い親指を立てた。
ありがとうございます、と僕は頭を下げる。
ラヒトー卿が「さて時間か」と椅子から立ち上がった。すぐにお付きの生徒がジャケットを彼に着せる。
「試合中やつの鼻をあかすこと、それだけは忘れぬようにしてくれよ。辛勝などもってのほかだ」
教室の扉が開く。
赤いコートを身にまとった騎士団の生徒数名が扉のすぐそばに並んでいた。
「警備ご苦労」
そう言葉を残してラヒトー卿は去っていった。
「じゃあアルケムくん、また明日。上から応援してるってジッキーにも言っておいてくれよ」
サレッドが騎士団の生徒を連れて廊下を歩いていく。赤いコートの集団が歩いているだけでどことなく圧があった。
僕は魔道具保管庫に寄って二つの魔道具を借りた後、みんなのいる教室に向かう。
扉のところから中を見ると明日試験を受ける生徒たちがそれぞれグループになって集まっていた。
ルヴィとジッキーとエーデさんも残って集まっている。
「おっ来たか」
「アルケムくん体調大丈夫?」
僕は三人に向けて、
「見て欲しいものがある」
借りてきた『火付け石』と『風の加護』を突き出した。




