23.諦め
伸ばした杖の先で焚き火の真ん中から掬い上げたような赤い玉が大きくなっていく。
──早く!
フッと放たれた赤い玉がジッキーにぶつかり爆ぜる。
高い火柱が僕の肌を熱く焼く。轟音に空気が揺れてビリビリとくる。
ふいに目眩に襲われ力が抜けた。地面に杖をついて降り立つ。
「だめか」
周囲にキラキラとシールドの破片が舞い上がっている。土煙が晴れた先でジッキーは姿勢を低くして腰に下げた零によく似た加護に手を置いていた。
ジッキーが突っ込んでくる。
一旦、距離を取ろうと体を後ろに引く。が、片足が地面から離れず引き戻される。
この感じは……
「蠢く砂漠の薔薇!」
まただ。
相手にしてみて分かる。エーデさんのタイミング、センス、そして高い命中精度。
リーンとまた澄んだ高い音。僕の背後からルヴィの放った青い炎が迫る。
「岩拳の突き上げ」
ジッキーの伸ばした手の先が黄金色に光った。
背後、すぐそばから地鳴りが起きる。
同時に僕のシールドが砕け散った。
「……なっ!?」
炎が僕らを避けて熱波だけを残す。
目の前から土を踏み締める音がしてジッキーがいた。
ジッキーの鋭い眼光に居竦み深い影の中でヒュンと自分の首元に振り下ろされた剣先だけが鈍く光る。
「ダウン!」
指の先から体が動かなくなっていく。
安全装置が作動したらしい。
「ちょっと待っててな」
ジッキーの声を聞きながら僕は倒れた。
恐らくジッキーは『岩拳の突き上げ』で炎を遮ると同時に僕のシールドを割っている。それを戦闘中に思いつく想像力と一発で決め切れる胆力。素直に上手いと感心すると同時にどこかレベルが違うとも感じた。
「すげぇ良かったよ。押されたぜ」
あの後、結局ルヴィ一人でジッキーを倒し攻撃手段の無いエーデさんが棄権して試合は終わったらしい。
「剣がぶつかるたびにビリビリきてさ、なんというか俺の一歩先を行く感じ。先手を取られてたな。早いし重いし正確だし」
僕は帰りの道中ジッキーの話を聞きながら「ありがとう」と笑って答えた。
「見た感じ焼ける秋の木々は使い方を考えれば十分試合に出せると思うからその方向でいきましょうか」
ルヴィの声に僕は「本当に?」と聞いた。
「それは、どういう意味?」
「杖を使っても負けてるし……」
睨むルヴィから僕は目を逸らしそう呟いた。
「まだ負けてないでしょ」
「二人に負けたのは俺だし。な?」
教室の扉を開いた。僕はそうは思わなかった。
教室に戻るとすぐに五限目が始まる。
前の教壇に立つ教師が話す。
ペン先を板につけた途端に聞いたはずの言葉が抜け落ちていく。顔を上げる。聞いて板を見る。周囲からカリカリと板書する音が聞こえる。手は動かない。背中に汗が滲んだ。
──次の試合はどうするんだよ。
それが僕の頭の中を埋め尽くし他の情報は全て弾かれていた。
俯いて机に肘をついたまま自分の髪に指を入れる。
握り潰す。
その日、僕は初めて授業を休んだ。
教室から出て行く最中、後ろで誰かが何か言っていた気がした。
寮へと戻り扉を開く。
鏡に映る自分の制服姿は相変わらずどこか夢を見ているようだった。
制服を脱いで壁にかける。部屋着の村から着てきた服に着替え白と金の制服をしばらく眺めた。
ベッドに腰掛ける。
何もない部屋だ。家具を買うお金はない。それでもなんとか資金を工面して買った教本たち。特に剣の指南書はボロボロになるまで読み込んだ。毎日、毎日。鏡を見ながら木剣を振った。
──剣なら勝てると思っていたから。
何か変わると信じ、がむしゃらに木の棒を振っていたあの頃より剣は上手くなったはずだ。
「それも何のためにやってきたんだか……」
盾を前に剣を絡め取られて地面に手をつく。
届かない剣に意味は無く、攻撃の届かない前衛に居場所は無い。
手で顔を覆った。指は冷たかった。
「焼ける秋の木々はやっぱりダメだったな」
魔道具と向き合った結果、分かったことだ。
口にして、どこかストンと納得する。薄々試合をやる前からダメなことは感じていたのかもしれない。溜めを見てから『零によく似た加護』が間に合っていた。
道に面した窓から馬の蹄鉄と馬車の動く音が聞こえた。人の話し声もする。
王都には勇者の学校があって、立派なお屋敷があって、有名人がいて……思っていた以上の世界がそこにはあったのに。
「なんで僕だけがこんなに上手くいかないのかなぁ……」
──生まれとか、神様とか、運とか、そういうものに左右されない場所がそこにきっとあるから。
床の木目を見て目を閉じた。
「そんな場所は無い」
無理だった。無謀だった。無茶だった。無駄だった。
それでも、ただ一心に。
「帰りたくねー」
帰りたくなかった。
ベッドに寝転び腕を瞼の上に乗せる。瞼の下の眼球が押されて僅かに沈む感覚がある。
別にこれといって村に帰りたくない明確な理由があるわけではない。
夕食が出てきたけれど腹が空いているのか分からず食べるのが億劫、そのくらいの理由だ。
「……みんな元気にしてるかな」
兵士として戦場に出た父を待つ間、些細なことでも怒鳴るようになった母と戦場から戻ってくるとそれまで一滴も飲まなかった酒に浸るようになっていた父がいる村も別に嫌いでは無かった。
若いからと漠然とした期待を寄せる村人も、その全てに対して耳を塞ぎ剣を振ることに逃げ続ける自分自身も。まぁ多分そんなに嫌いではないと思う。
鼻から深く息を吸う。
肺が膨らみ、胸が上下する。
──剣を振ってばかりだな。
なんとなくこれまで生きてきた時間を振り返りそう思う。
畑仕事の後も休みの日も学校から帰った夜も、思い返してみれば常に剣を振っていた。剣を振り終わった後は毎回腕が上がらない。汗だくで痛く辛くしんどいだけだ。
一つ外に出てみれば王都にはお金がなくても楽しめる場所がたくさんあるし、ここには友達だっている。
それでも僕はここで剣を振っていた。
立ち上がり木剣を持つ。鏡に映る自分の格好を確かめる。握り方、振り方、足や体重、重心の移動。全てを見て確かめながら剣を振り下ろす。
今日見たジッキーの剣を真似て深く踏み込んでみた。体が沈む。力が込めやすい。その分、避けづらい。多分、鎧を着ている前提の動きだと気づく。
なるほど、と呟いて鏡を見た。
「辞めるなよ」
ふいに鏡の中の僕が語りかけてきたようだった。
「ここまでやってきたのに」
そんな言葉で過去の自分が僕の背中を押す。
それは励ますようではなく、ど突くといった意味の方が強い。
脅迫だった。
過去を振り返り、積み上げた努力の軌跡を見て思う。
この数年で剣に人生を賭けすぎた。やり過ぎだ。
──じゃあ……もうこのままやり続けるしかないのか。
諦めて、ため息をつく。
顔を上げて僕は強く強く剣を振り下ろした。
「おーい! アル、元気かー!」
扉を激しく叩く音と共にジッキーの声がした。
僕は木剣片手に扉を開く。
まだ学校は六限目くらいのはずだが抜け出してきたらしい。
「……意外と大丈夫そうか?」
僕と木剣を交互に見ながら眉をひそめてジッキーが言う。
「諦めた」
「はぁ!?」
「結局、僕は結果が出るまで剣を振り続けるしかないんだって」
ジッキーは「後ろ向いたまま走り出してる……」と困惑した声を上げた。
「勝ちたい」
心の底から出た言葉だった。
それはヴィッグ卿に殺されるより、ラヒトー卿に狙われるよりも……
「あっラヒトー卿」
「え?」
「今日の放課後、ラヒトー卿に呼ばれてたんだった」
「ヤバいじゃん」
僕は頷き「制服に着替えてくる」と伝えて扉を閉めた。




