22.チーム内戦
交互に出される靴先を見ながら廊下を歩いた。
「……どうしよう」
頼みを受けてしまったことの後悔は後から降り始めた雨に似ている。
あの時、断れる状況でも無かったと思う。それでも……
教室の開かれた扉から中に進む。
ルヴィたちは先ほどと変わらず机の周りで話し込んでいる。三人の表情は険しい。
クラスメイトたちの視線が僕に集う。誰か進んで話しかけるわけでもなく遠巻きに見てくる。
「どうだった」
ルヴィが顔を上げ僕に聞いた。
「色々……あった」
エーデさんが「ここじゃ話しづらい?」と不安げな顔をする。
「そう、ですね」
向けられている視線の数は多い。
「ちょうど良いわ。教室を出ましょう。こっちも内密に話したいことがあるの」
ルヴィが立ち上がる。
いつもより空気が重たいような気がした。
話したいことってなんだろう。
「じゃあ、ちょうど良い場所があるぜ」
ジッキーがニッと笑い立ち上がる。
僕らはジッキーに連れられて学校の中庭に来た。
周りを高い建物に囲われた中庭から見上げた空は高く澄んでいた。頬に吹き付ける風が気持ちいい。
「ここならあんまり人もいないし盗み聞きもしにくいだろ」
中庭を見渡す。
ベンチが何個かあり、そこに数人のグループがポツポツと点在していた。
僕らもベンチの方に寄った。ルヴィとエーデさんがベンチに座る。
僕は立ったまま隣のジッキーにヴィッグ卿の相手がラヒトー卿だったのではないかと聞いてみた。
「あー確かに、ラヒトー卿だ。どっかで見たことあると思ったんだよ」
ジッキーは深く頷く。
「じゃあ、あの女子生徒が言っていた主人というのはラヒトー卿だったのね?」
僕は「うん」と頷きラヒトー卿との会話をそのままルヴィに伝える。
「……面倒ごとに巻き込まれたわね」
一通り聴き終えたルヴィがため息を吐いた。
「まぁでも断らなくて正解だったとわたしも思うわ」
「どうせヴィッグ卿とはやり合わなくちゃいけない相手だしな」
ずっと黙っていたエーデさんが「うーん」と首を傾げて唸る。
「どうしたの?」
ルヴィの問いにエーデさんは「いや、まじっ全然大したことじゃないんだけど」と前置きをした。
「鼻をあかしてほしいなんて曖昧な依頼を本当にするのかなって」
相槌を打つ僕の横でジッキーが腕を組んで「というと?」と聞いた。
「裏、みたいな。まだラヒトー卿が隠してる何かがあるのかも? 的な?」
曖昧だな、と笑うジッキー。
僕はそうかもしれないと素直に思う。
「一理あると思うわ。少なくとも警戒しておくに越したことはないはずよ」
「ルヴィ、こういう曖昧な依頼って貴族ならよくあるの?」
「書類以外では直接的な表現を避けるところはあるかもしれないわね。でも今回の依頼に限っては少なくとも全部が嘘という可能性も低いと思うの」
僕はルヴィと前に話したことを思い出し「貴族のプライド?」と聞く。
「そう。少なくとも負けっぱなしというのは許さないと思うわ。何かしらの形でやり返そうとするはず」
「それが今回アルへの依頼という形になったと」
「あくまで可能性ね」
エーデさんの髪が風に吹かれて大きく揺れる。
他のベンチからは楽しげな笑い声が聞こえてきた。
僕は軽く笑い声のした方を見てからベンチの方に視線を戻す。
「僕の方はそんな感じだったよ。それで内密に話したいことって?」
「明後日のヴィッグ卿との試合は焼ける秋の木々を持っていくつもりなの?」
ルヴィの口から『焼ける秋の木々』と言われドキリとした。
「その予定……だけど」
「じゃあ焼ける秋の木々をちゃんと実践で使えるのか試すためにも明日の昼休みにチーム内で対戦をしましょう。相手はジッキーとエーデ、あんたにはわたしがつくわ」
「そっそれは……」
「なに? 学校の方にもわたしが許可を取るわ」
なんでもない、と答えて口を閉じた。
大丈夫と拳を強く握る。今日の朝は上手く扱えたんだ。
──結局、不安じゃない魔道具なんて僕にはないんだから。
「そんな顔すんなって。ルヴィ嬢はこういう時に絶対手を抜いたりしないだろ?」
ジッキーが僕の肩に手をのせた。
「そうだね」
ルヴィの心配はしていない。
もしかすると彼女一人でどうにかしてしまうかもしれないとも思う。
でも、それじゃあダメで……
「それに勝っても負けても改善点は案外出るもんだしな」
「……ねぇジッキーと一緒の方が良いなら、うちと変わろうか?」
突然の提案に目を見開いた。顔を上げる。
エーデさんは「いいでしょ?」とルヴィに確認をとっていた。
「それは……」
ジッキーが言い淀み顔をしかめた。
分かっている。後方からの攻撃役とサポートしかいないチームなんて存在しない。
僕は口の端を吊り上げるようにして笑いエーデさんの袖を引っ張り首を横に振った。
「大丈夫。二人に勝てるように頑張るよ」
エーデさんの提案に少しだけ希望を感じた自分の弱さが恥ずかしい。
翌日の昼休み、学校の外にある騎士団の施設を借りた僕らは横並びで立っていた。
「じゃあセッティングも終わったみたいだから安全装置つけて」
担任の先生が安全装置を僕らに渡す。
「使う魔道具の申請。それと魔力の充填と脈動の確認をするから」
本番通りの動きだった。
僕は『焼ける秋の木々』と『風の加護』、『零によく似た加護』を申請する。
魔道具の脈動の確認まで終えた僕は会場に続く扉の前に進む。
ジッキーが先にいた。
「遠慮せずドンと来いよ!」
「……うん」
剣を握る。
試合前に余計なことを考えるな。ジッキーの言う通りドンといけばいい。
「最後は結局、根性だからな」
「根性って、なにアルケムくんに教えてんだし。もうちょっと有用なアドバイスしてあげなよー」
後ろからエーデさんがやってくる。
そのさらに後ろにルヴィの姿もあった。みんな確認を終えたらしい。
「これがマジで一番有用なんだって」
「根性……か」
エーデさんが僕の肩に手を置いて「まー試合が始まっちゃえばアルケムくんは大丈夫でしょう」と言いながら僕の肩を揉んでいる。
「あんたはなんで相手側に励まされてるのよ」
ルヴィが呆れた調子で言った。
「「チームだから」」
ジッキーとエーデさんの声がハモる。
「この試合中は敵よ」
「ひどい!?」
僕は「ありがとう」と小さく笑って息を吐き出す。
だいぶ落ち着いた。
「よしっ! じゃあ始めまーす!」
僕らは「よろしくお願いします」と担任の先生に頭を下げて会場へと進む。
反対方向の扉までの道をジッキーとエーデさんが手を振りながら駆けて行った。
「じゃあ、わたしたちも行くわよ」
「うん!」
僕が答えると同時にスラリと鞘から抜き放たれた『蒼き彗星』の青い剣身が光る。一瞬、嫌な記憶が呼び起こされ身震いをした。
僕は片手に剣、もう片方の手に『焼ける秋の木々』を持った不自然な格好で歩く。
道の先にジッキーの姿が見えて来た。
「零によく似た加護」
『風の加護』は、と考えて魔力の温存のために渋ることにする。
なるべく『焼ける秋の木々』を打ちたい。
──ここからは一対一。
チャンスが生まれる瞬間を狙うためにジッキーを崩す。
使ってる剣の長さは平均的。剣の届く範囲は僕より長いな。腕の長さもあるけど踏み込みがかなり深いからかな。
虹色に揺れるシールドの少し先を剣が横切っていく。
それを見送り、僕はジッキーに向けて踏み込む。
──やっぱり杖の分、重心がズレるな。
振り下ろした剣先が空を切る。
反撃に飛んできたジッキーの薙ぎ払いは一撃ごとにブンと音を立てている。圧がある。迂闊に踏み込めない。
多分、この剣と打ち合おうとすると僕の剣は弾き飛ばされるから……
ふとジッキーの構えが僕の持っている教本と違うことに気付く。
──踏み込みが深いから、より威力の高い横薙ぎを繰り出せているのかも。
同じように踏み込みを深くする。重心の位置が変わる。
ジッキーの振り下ろす剣に向けて下から振り上げるように剣を合わせる。
地面を支えにした、これなら……
「くっ!」
剣と剣がぶつかりあって火花が散る。
手が痺れて仰け反った。それでも剣は弾き飛ばされず、ほぼ互角の状況。
杖を前に出す。
この距離なら確実に当たる。
「……ダメだ」
杖を引っ込めた。
『焼ける秋の木々』をシールドに当てて何になる。
僕自身がただ大幅な魔力のロスをして隙を晒すだけ。
──結局、要らないと捨てたこいつに頼ることになるのか。
ジッキーの腰が少しだけ後ろに下がっている。
杖を見て、回避行動を取ったらしい。
その分、僕は前に詰める。
再び剣がぶつかり合う。
それでも反射的に合わせたジッキーの剣より僕の剣は一歩、強く押し込めている。
もう一撃、さらに強く押し込んで体勢を崩そう。
僕は剣を振りかぶる。
「えっ」
踏み込もうとした足が動かず前につんのめった。
見ると足に砂の蔦が巻き付いている。ドッと冷や汗がふきだす。
──ここで 蠢く砂漠の薔薇!
ジッキーが体勢を立て直し剣を構えた。
一歩、踏み込んでくる。『蠢く砂漠の薔薇』から足を抜く。
耳元でリーンと高い音が鳴った。
「風の加護!」
噴き上げる風に乗り大きく宙に飛び上がった。幸いジッキーの剣が僕のシールドに触れる前に躱せたようだ。僕のいた場所の斜め後ろから『蒼き彗星』の青い炎がジッキーに向けて放たれていた。
僕は空中で姿勢を安定させ杖に集中する。
目標は砕けた『零によく似た加護』の破片が舞う眼下のジッキー。
距離は少し前に落とすだけ。
「焼ける秋の木々!」
次話の投稿は少し遅れます。申し訳ないです!
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