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勇者の席は誰の手に〜今はまだ幼き村の少年が無型の剣聖と呼ばれるまでの英雄譚〜  作者: 夏草枯々
第三章 『実技試験 前半戦』

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17/20

17.反省

 僕は騒がしい控え室で一人椅子に座ったまま濡れた髪を拭いていた。


 ──チームの全員がダウンの判定により敗北とする。


 相手チームは『穿つは雨の雫(トレント・アローズ)』を持っていた生徒が最後まで立っていたというのを僕は後から聞かされた。


 実技試験中の自分の動きを思い返し、失敗したと思った。

 まんまと相手の作戦に引っかかったこともそうだし、なんの役にも立てなかったこともそうだ。前に立っていただけの自分の体たらくに腹が立つ。少なくとも後一歩のところまではいけていたのに、その一歩を逃したのは……自分のせいだ。


 剣を握り続け硬くなった右手を見た。

 水に濡れたせいで少しふやけている。

 手にはまだ剣が水に沈む感触や風に捻り飛ばされる感覚が残っていた。


「使えねぇ……」


 何を期待してきたのだろう。

 この魔道具による革命の時代の中で、剣を握って。

 本当に剣の時代は終わりを迎えたのだと今更深く知る。


「負けた後に……分かったって……」


 奥歯を強く噛み合わせ息を吐き出す。


「ちゃんとやらなくちゃ……」


 目を瞑る。揺らぐ水の中から手放した剣を見た。

 みんなと一緒にいるために──向き合う時が来たのだと思う。


『序盤こそ一人で押していたものの相手の前線を押し下げたままチームメイトとの合流まで前線を保持する必要があったところを撤退し、なんの妨害もせず前線を押し上げられた。チーム同士の当たり合い以降は視野が狭くなり充分な活躍は行えていなかった』


 部屋の椅子に座った試験の監督が淡々と評価を述べた。


「はい……」


 判断ミスと視野の狭さ。

 ひび割れた心を地面に叩きつけるような無情な評価だった。

 お礼を言って部屋から出る。


 ──僕が弱いのはもう散々自分で分かってるって……


 つい、そう思ってしまう。

 ズボンの裾を握った。靴の先を見た。悔しかった。


 試験会場の外でルヴィとジッキーが話をしていた。二人とも真剣な表情をしている。もしかしたら試合の振り返りをしているのかもしれない。僕はそれを建物の影から眺める。

 漠然とした恐怖心が僕の足を止めていた。

 多分、二人が怖いわけじゃない。

 でも……


「おっ! アルケムくん!」


 突然、後ろから肩を叩かれ心臓が飛び出しかけた。

 力が抜けて膝から崩れ落ちる。


「どうしたの? こんなところで」


「……エーデさん」


 僕は地面に座ったまま顔を後ろに向ける。


「ん?」


 首を傾け、いつも通りの微笑を浮かべるエーデさんを見上げて僕は……また涙が溢れた。


「ちょいちょいちょーい!?」


「ずみまぜん……でした……」


 視界が歪み、エーデさんの顔が見えなくなる。

 僕は服の袖で涙を拭う。抑えようと、ちゃんと話そうとするたびにとめどなく溢れる涙が邪魔をした。鬱陶しいと乱暴に目元を擦る。


「ええ!? どしたどした!? ルヴィっち、ジッキー! 助けてー!」


 バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 角から二人が飛び出してくる。


「どうした。どうした」


「ずみまぜんでした。余計なこと……言っぢゃって。みんなで頑張ろうって話じてたのに」


 あの時、一人で横道から進むのではなく、一緒にみんなで前からいっていれば……もっと押せていたかもしれない。


「大丈夫」


 ジッキーが優しい声で僕の頭に手を置く。ずしっとした大きな手だ。


「そーよ。あっちのチーム、連携凄かったし! うちらもこれからっしょ?」


 エーデさんはふんっと鼻息を荒くしていた。

 みんな、優しい。知っていた。情けない自分の下唇を強く噛んだ。


「やあ、ルヴィ嬢。あと周りの端役たち、ごきげんよう」


 ふいに声がして顔を上げる。

 濃紺の長いコートに白いベストを着たヴィッグ卿が居た。青い髪を手でかきあげている。


「「閣下。ご機嫌麗しゅうございます」」


 ジッキーは真っ直ぐ立って敬礼を返し、エーデさんは目を伏せカーテシーで対応した。


「ルヴィ嬢も今回は全く災難だったねえ。役者の中に使えないのがいると足を引っ張って引っ張って大変だろう。僕にも若い頃だけど覚えがあるものさ」


「……ヴィッグ卿がなにをおっしゃっているのか、わたしにはわかりかねますね」


「ああ、そう」


 じゃあと小さく言って、僕は髪を掴まれ持ち上げられて膝立ちになった。

 一瞬息が止まり、おでこのあたりから引きちぎられるかと思うほどの激痛が走った。顔の皮が全て持ち上げられて引きつる。


「これだよ。これ。なんの間違いか紛れ込んだ一般客。周りのも考えが足りてないんじゃないかい。ウロウロさせるだけじゃなくチームに入れるなんて、ルヴィ嬢を困らせるなよ」


 ジッキーが敬礼を崩し「閣下。お戯れは」と手を伸ばして一歩前に出た。


「おっと、僕の台詞に割り込むなよ。端役」


 バンッと音が聞こえるほど強くジッキーの靴を踏んだ。


「失礼いたしました」


「ルヴィ嬢ならばもっと相応しい役者を集められたでしょうに。こんなのを使わずとも」


「わたしの気性を知って尚、共にいてくれる仲間です。これ以上はありませんよ」


 ヴィッグ卿は高らかに笑った。

 髪を掴む手に向けて手を伸ばす。固く閉じられていた。

 指が髪に引っかかるばかりで上手くいかない。


「ルヴィ嬢がまさか適当に送り出したあれに負けるとは思いもしませんでした。予行演習にもならないと思っていましたので」


「彼は、立派でした。それで多忙であられましょうヴィッグ卿が我々になんの御用でしょうか。負けた試合の振り返りをしていた最中なのですが」


 ルヴィは「彼は」を強調するように言った。


「ああ、それは失礼。まぁ負けた理由は一つでしょうが……」


 飄々とした調子で言って髪から手が離れ、地面に落ちる。

 痛みにうずくまったまま荒い息を吐く。髪を手で抑えた。


「四日後の対戦の指名です。試合中、不慮の事故があるかもしれませんが、その時はどうかご容赦を、あくまで事故ですので」


「考えておきます。受けた側にも受ける権利というものがありますから」


「あーそうかい。まあいいさ。じゃあ僕はそろそろお暇させてもらおうかな。次会う時はこれが居ないと僕も嬉しいんだけど。つい手を抜いてしまうかもしれないくらいには、ね?」


 そう言い残しヴィッグ卿は軽く手を振り去っていった。


「アルケムくん大丈夫!?」


 エーデさんが慌てた様子で駆け寄り、僕の髪に触れて頭を見た。


「貴族連中の中でも群を抜いてヤバいやつだな」


 ジッキーが呆れたように言い「そうね」とルヴィが合わせた。


「ごめん。みんな」


「全然アルケムくんが謝ることなんて無いんだから」


 エーデさんは僕の手を地面から掬い上げて包むように握った。


「そうそう。仕方ねぇよ、変なのはどこでもいるし」


 僕は俯きながら首を横に振った。

 違う、と喉から言葉を絞り出す。ちゃんと発音出来たかは分からなかった。

 それでも僕はこれだけは伝えようと強く思い顔を上げる。


「ヴィッグ卿の試合は受けてほしい。それで……僕は」


 今、最もチームの為になれること。


 ──つい手を抜いてしまうかもしれないくらいには。


 その言葉を信じる。

 手が震えた。考えるな、といつもの癖で拳を握りそうになった。

 今日はそこにエーデさんの手があって……言葉が止まった。


 鞘を擦る剣の音がする。

 青く煌めく剣が僕の首元にはあった。


「それ以上、先を言ったら許さないから」


 ルヴィが怒気をまとった声で僕を睨んでいた。

 下唇を上に引き上げ、剣を握る手は震えていた。


「顔を上げなさい。アルケム・ツォーリ」


 エーデさんが「ちょちょちょ! ルヴィっち! 落ち着いてさ」とルヴィの方へと駆け寄り、剣を握る手に手を重ねて置く。


「まあルヴィ嬢の気持ちも分かるよ。何言おうとしてんだって感じだし」


 ジッキーの声にも怒りが滲んでいた。


「負けて落ち込んで泣くのも良い。身分のことで嘲られて怒るのだって良い。それをわたしたちにぶつけるのだって、構わない」


「それでも」と強く言ってルヴィは剣をしまう。

 僕は項垂れた。


「あなただけが一番悔しいなんて思い上がりだわ」

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