16.勝って!
「前目でいく!」
地上に拳を突き立てて降り立ったジッキーが声を上げた。
僕は剣を振り上げ同じく剣を構えた彼に向けて飛び込む。
互いの刃先がぶつかり力が左右に逸れていく。僕は剣の流れに合わせて腰を捻り顔を狙って高い蹴りを放った。
「ちっ」
上体を逸らしていなされる。
不意にリーンと涼しげな音色が耳を掠めた。
背中から光が滲んで熱波が頬を掠め髪を揺らす。
僕らの横を通り過ぎた炎の道は奥で杖を構える相手チームへと伸びた。
お返しと言わんばかりに水の矢と炎の弾が頭上から降り注ぎ、僕らは咄嗟に距離を取る。
「おっらぁ!」
ジッキーが相手の懐に飛び込んだ。
激しい剣戟に金属同士のぶつかる高い音が鳴り響く。
互角の斬り合いの最中、互いの攻撃によってシールドが同時に割れた。
ジッキーの背後に向かって駆け出す。
「はっ!」
攻撃と攻撃の隙間に合わせて僕は剣を突き出す。
地面から水の壁が伸びて剣を何度か止められたものの、それでも二対一の圧倒的有利な状況。
何度か剣が肌を掠めた彼はあぶら汗を額に滲ませながらジリジリと後退を続けていた。下がり続ければ、いずれは壁にぶつかる。特に後ろから攻撃を飛ばしている相手のチームメイトが剣の間合いに入ってくれれば……
「くそっ……」
斬り込む僕の剣が盾を前に絡め取られるようにして横に流された。重心が傾き姿勢を崩す。地面に手をついた。
追撃は、と顔を上げるとエーデさんの魔道具『蠢く砂漠の薔薇』が相手の片足に巻き付いて止めていた。ホッと息を吐く。
水の壁が僕らの前に立ち塞がり、相手は零によく似た加護を繰り返して張り直す。
仕切り直しか、と立ち上がり剣を構え直した。
「アル、大丈夫か」
「大丈夫」
手に刺さった小石を払い飛ばす。
それよりも……思った以上に彼が下がっていない方が問題だ。
僕らの攻撃は何度か彼の肌を掠めていたけど、まだ壁は遠い。
「……逃げ切られるかもな」
零によく似た加護を張り直したジッキーがボソリと呟いた。
同じようなことを感じたらしい。
彼を動けないと判断される状況に追い込めるかどうかが勝負の分かれ目だろう。
そして、それは前で戦う僕の役目だ。
──より激しくいくか。
剣身を撫でて構える。
水の壁が落ちた。
盾の無い側面に向けて走り込む。
盾の前で揺らぐ風はさらに強くなり吹き荒れていた。
踏み込み素早く斬り込む。
盾にさえ防がれなければ少なくとも剣の技術で遅れを取ることはないと思う。彼の剣技は教本のそれによく似ていた。
「ちっ」
突如現れた水の壁に剣が沈む。
かなりの回数、水の壁を使っているはずなのにまだ出せるのか。
「岩拳の横殴り!」
盾に向かってジッキーが岩の拳を突き出す。
岩が破片となって弾け飛び、風が四方に走り出す。
相手は風に煽られ盾を上げて大きく仰け反った。
このチャンスを逃すわけがなかった。
「砕けろ」
剣を握り体を捻って飛び込む。
相手の零によく似た加護が割れる。
反動で下がりながら僕は胸元の結晶を握った。
「風の加護」
風の力が宿る。
それと同時に視界が霞み歪んだ。息がしづらく服を上から握った。
背中から風に煽られるまま再度近づく。
いつもより何倍も踏み込みが早い。一瞬で間合いを詰め直す。
「ううおおおおお!!」
彼が叫んだ。
再び盾に風が揺らぐ。これで思い出せる限りでも風呼びの盾は三回以上起動させている。
「がはっ……」
吐血。地面に赤黒い血溜まりが出来た。
既に魔力欠乏症による強烈な眩暈や痛みに襲われている筈だ。
内臓の破裂。最悪の場合……死。
「農奴なんかに……負けるわけには……いかない」
彼は口元を拭いながら僕を睨んで言う。
ジッキーが斬りかかる。
素早く剣で受け止められた。荒々しくジッキーが蹴りを放つ。
彼は一歩後ろに引いて躱す。彼の視線は定まっていない。時々虚空を見つめながらも僕らの前に立ち塞がり盾を構えていた。
「端くれでも貴族に、生まれた。僕は……君の上に、立つ……義務がある」
「そう」
僕は風の加護に集中して風を吹かす。
なら、僕も僕の役目を果たそう。
ジッキーが動くと同時に斬りかかる。
風に乗った剣が盾に向かってズンと深く沈む。風と風がせめぎ合い反発し不安定に揺れた。
「うあああああ!!」
彼は叫び大きく盾を横に振った。
風が僕らを横薙ぎにする。宙に浮いた。
着地して再び近づこうと靴の裏で土を抉った時だ。
「勝って!!」
彼の後ろから高い声がした。
──了解!
そう言って壁の後ろに隠れた支援役の声だと思う。
「ダウン」
はっきりと試験官が言った。
観客の視線は彼の後方、支援役のいる方へ向けられている。
「おおおおおお!!!」
彼が盾を構えて僕らに突っ込んで来る。
避けるためにも、まずは距離を離す。
「え」
背中が冷たい水に触れた。
浸かったところから全身に向けて一気に寒気が襲う。鳥肌が立った。
何か……狙っているんだ。
「岩拳の横殴り」
掠れたジッキーの声がして横を見る。苦しそうに歪めた口元の端が持ち上がっていた。息が荒く顔色も悪い。
それでもジッキーの岩拳の横殴りは正確に彼を真正面に捉えて繰り出されていた。
僕は拳の先を目で追う。
彼の表情がくしゃりと歪んだ。
「負けたくない……」
足を蠢く砂漠の薔薇に捉えられ、目元に涙を浮かべたまま彼は──僕らに向かって盾を投げた。
「うっ……」
風に吸い込まれるまま全身が水に浸かる。いつもよりもずっと広範囲の水の壁らしい。
剣を握りしめる。 風の加護を使い前に進んだ。
さっきの感じジッキーの限界が近そうだった。相手がどんな作戦か知らないけれど僕が止めないと。先に顔だけ水から出た。
「プハッ」
彼は石像のような姿に変わり手を伸ばしたまま地面に倒れていた。
「えっ?」
ダウン、の声と共に──天に掲げた青い光が遠くに見えた。
「穿つは雨の雫」
僕らを捕まえている水の壁がゆっくりと動き出す。
形を変えて渦を巻き空に浮かぶ。渦の中で回され、体から上下の感覚が飛んだ。
視界の端でジッキーが水底に沈んでいく。
──いやだ。止めないと。
水から顔を出す。
口を開くと同時に渦に流され水の中に引き戻される。水を飲み込み激しく咳き込んだ。空気が泡となって出て行く。体が冷たかった。苦しかった。
回る視界の中で辛うじて水の中から剣を突き出す。
──届かない剣なんて、いらない。
風に乗せ揺らぐ光の方へ剣を飛ばした。
事前に担任から渡されていた安全装置が熱を帯びドクンと脈動する。
あっという間に、体が、意識が──




