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勇者の席は誰の手に〜今はまだ幼き村の少年が無型の剣聖と呼ばれるまでの英雄譚〜  作者: 夏草枯々
第三章 『実技試験 前半戦』

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14/20

14.現実

「やばっ、うちもう行かないと。じゃあみんなバイバーイ!」


 ルヴィの迎えが来るまで勉強を教えてもらっていた僕は手を止めて顔を上げた。

 エーデさんが教室のみんなに手を振りながら出て行く。


「なんだろ。習い事かな?」


「そーそー、ダンスしてるらしいよ」


「凄!? お嬢様じゃん」


 エーデさんが居なくなった後のグループからそんな会話が聞こえてきた。

 ダンスレッスンしてるんだ、と僕は素直に感心する。


「ほら、よそ見してないで早く」


 ルヴィに急かされ僕は筆記用のペンの後ろをこめかみに突き当て唸った。


「分からないんだもん……」


 入試では簡単だった算術の問題が急に難しくなったのだ。

 何、三角法って。


「ねえ、ルヴィはこの後、何するの?」


「無駄話してないで、ここの答えは」


 ルヴィが問題の部分をペンで刺しながら無表情に言う。


「この後は外国語の勉強です」


 僕の答えにルヴィは「はい、正解」とため息をついた。

 ルヴィの生活は寝るまでの間、常に管理されていた。日替わりで色々なことを専門の先生がやってきて教わっている。大変そうだ、と居候していた頃に僕は勉強するルヴィを見て思った。


「だから迎えが来る前に早く解いて」


「はーい」


 僕がようやく一問目を解いた頃に、


「失礼いたします」


 紫紺のドレスを着たメイドが教室の扉のところで立っていた。

 来たわね、とルヴィは小さく呟き立ち上がる。


「ごきげんよう皆様、それではこれにてお先に失礼いたします」


 短くカーテシーをしてメイドと共にルヴィは去って行った。

 僕も荷物をまとめて立ち上がる。

 重たい扉を開くと独特の獣臭さと鉄とホコリの匂いがした。

 ゲートの先には壁一面の本棚にズラッと並んだ革張りの本が見える。


「ん……いつも通り入館手続き書いといてー」


 図書館のカウンターに寝そべっていた係の生徒が軽く顔を上げて言う。

 本来は学生証を見せないといけないのだけど最近僕は顔パスになっていた。


「お願いします」


「はいよー」


 あくびをしながら入館手続きを受け取った係の生徒がゲートを開けた。


「魔法……の歴史」


 本棚から教本を取る。

 本に繋がれた重々しい鎖が静かな空間に向かって激しく音を立てた。


「……すいません」


 誰に言うでもなく一人縮こまりながら呟く。

 魔道具について調べれば調べるほど生まれの重さを感じた。


 ──魔力量は第一子が両親の魔力を引き継ぎやすい傾向にある……か。


 紙を捲る手を止めた。

 貴族が魔道具を推し進める理由の一つに貴族の制度が関係していることを知る。

 長子相続制。男性の第一子が爵位を受け継ぐという制度が貴族の魔力量を増やすことに繋がっていた。長女の方も一番結婚する時の持参金が多くなるため良いところ、つまり貴族の家に嫁ぎやすい。


 ──だからルヴィの魔力量が僕の倍くらいあったんだな。


 魔力の出力量は子供の頃にどれだけ魔力を使ったかに大きく左右されるし、得意な属性は生まれつきのもの、らしい。


 ──魔法はほとんど才能の世界なんだ。


 本を閉じて、自習用の机に移った。

 僕以外数名の生徒がいるものの図書館はいつも人が少ない。

 こんなにも設備が整っているのに、もったいない。


 日が沈み始め図書館を閉める時間となり、僕らは立ち上がる。

 寮へと帰る途中で紋章付きの馬車が道の脇に停まっていた。面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと抜けようと僕は足を早めた。


「え」


 馬車から降りてきた四十代程度の男性の顔に見覚えがあった。

 剣術の稽古場に飾られている英雄の自画像によく似ていたのだ。

 まさか、と立ち止まって目を凝らす。


「今日も大変お疲れ様でした。若君の類まれなる剣技の才が輝いておりました。次の稽古でお会いできる時を心待ちにしております」


 僕と同じくらいの年齢の生徒に英雄が腰を折り深々と頭を下げた。

 その生徒は「うむ」と言い残し寮への扉をくぐっていった。

 ポカンとする僕の前で馬車は動き出す。


「嘘……」


 僕の自室に置いてある剣の教本は彼が書いたものだ。構え方、軸の移動、足の踏み出し方。何も知らなかった僕に知識を与えてくれたのはあの本だったのに……

 別の馬車がすぐに停まった。


 ──相変わらず……


 降りてくる生徒は派手なドレスと帽子で着飾っていた。普通の道にいるとやけに目立つ格好だ。

 横に立つ教師の方は真っ直ぐ背筋を伸ばしたまま簡潔に言葉を述べていた。きっと僕が知らないだけで二人とも凄い方なのだと思う。

 寮の前の道は馬車の往来が王都の中心地よりも多い。騎士団の赤いコートを身につけて仕事仲間と思わしき大人と握手を交わしているところを見たこともあった。


「さすが勇者の学校の生徒だ」


 夕暮れに染まった寮を見上げながら自嘲気味に呟いた。


「これで、七百……」


 息を切らしながら僕は自室の鏡を睨んだ。

 動きを確認しながらの素振り。毎日、千回は欠かさない僕の日課だ。

 月明かりの差し込む自室で額に浮かんだ汗を拭う。

 顎の先から汗が滴り、服が肌に張り付くくらい濡れている。


「まだ」


 部屋の床に杖のようについていた剣を持ち上げ、構え直す。

 腕は熱を放ちプルプルと震えていた。


 窓のそばに広げた剣術の教本を眺め、息を吐く。

 あの子のような師範のいない僕に出来ることはこれくらいしかないから。


「おっ終わったぁ……」


 千回振りきった僕はベッドに震える手をついて座り、水差しと布をとって汗を拭う。

 ゆっくりと息を吐き出して天井を見上げた。


「明日か」


 明日に迫るチームでの実技試験を考えながら僕は眠りについた。


 翌日、朝から僕たちは実技試験会場の方へと移った。

 普段は騎士団の練習場となっている場所らしい。


「デッカ! うわー! すごー、ここでうちらやんのかー」


 手で日差しを遮りながら会場を見上げてエーデさんが楽しそうな声を上げた。


「楽しみですね」


 ねー、とエーデさんと頷いているとルヴィが一枚の紙を持って僕らの方へとやってきた。


「わたしたち()()されたみたいよ」

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