10.パーティーホール
僕らの席から一番遠いラヒトー卿のところからメインディッシュの説明が始まる。
どういった調理なのかを一人一人の横で丁寧に説明しているためそこそこ待ちそうだ。
もう少し近ければ匂いでも嗅げたのに、と口を尖らせていると……
「失礼いたします。こちら前菜になります、若鶏とローリエのガランティーヌ、ゼリー寄せでございます」
僕とジッキーの間に使用人の方が入り前菜を置いた。
琥珀色のゼリーの中で鶏肉に巻かれた野菜と肉が見える。
「「……へー」」
「「「え?」」」
使用人と僕らの声がハモる。
驚いて顔を上げ、ジッキーと目があった。
「失礼いたします」
僕の横に人が立つ気配がある。
「あっすいません。はい!!」
急いで振り返ると鼻先に白いキャップと後頭部があった。
仰反って避ける。隣の人への説明中に邪魔はできない。
振り返るとどうやら先ほどの僕の担当だったらしい使用人の方が苦笑いで待っていた。
「すいません……」
頭を下げた。
「いや、うめぇなこれ」
前菜の鶏肉を頬張りながらジッキーが言う。
「うん。このなんとかのゼリー美味しい。これが前菜ってすごいね」
「メインディッシュはさらに美味いってやばいな」
ダハハハ、とジッキーが口を開けて笑う。
既に相当お酒が回っているらしい。
辺りを見ればフラフラと立ち上がって他の卓で話し始める人もいる。
「結構自由行動が増えてるね」
「まぁ格式高い貴族様たちだけの夜会じゃねぇからな。軍の奴らなんて外で飲むのが当たり前だし」
確かに、と僕は頷く。
戦場にこんなパーティーホールなんてないだろうし。
視線を動かしルヴィの方を見る。教室と違い囲われるほど注目されているわけではなさそうだ。
ふいにルヴィがこちらを見て、目が合った。ちょいちょいと僕を手招いている。
「ちょっといってくるよ」
「んー、俺も同期のところ遊びに行こうかな」
僕がルヴィの元へ行くとルヴィは誰かと話している最中だった。
「紹介するわ。彼女はエーデ・ヴァイズ。大手宝石商のところの子よ」
「やっほー、よろしくーアルケムくん。こっちの卓から見てたよー、わたくしはアルケムツォーリってしてるところ」
真っ白の長い髪に所々緑の毛束が混じる不思議な髪。目元はキラキラと輝いているように見えるし唇も鮮やかな桃色をして爪の先まで磨いているのか光っていた。話し方といい全体的に眩しい女性だ。
「よっよろしくお願いします。エーデさん」
「あはっ敬語じゃなくて良いよー、うちもそう言う話し方苦手だし、マジで」
エーデさんはヒラヒラと手を横に振った。
これはなんて返すのが正解なのだろう。
しばらく考えて──
「……うん」
「より遠くなった気がするんだけどっ!?」
「いっいえ、そんなことはないっ!」
「どんなテンションだし!?」
アハハハハとエーデさんは手を叩いて上機嫌に笑った。
横でルヴィがため息をつく。
「こんなに騒がしくて粗野な夜会をわたしは知らないわ」
周りを見ると適当なところで立ち話をする人や酔い潰れて壁にもたれかかっている人がいる。
初めの僕が気圧された厳格な空気はもう感じない。ほとんど酒場と同じ雰囲気だ。
「いーじゃん。ルヴィっちも、ほら楽しも?」
持って持って、とルヴィにグラスを渡そうとするエーデさん。
「あーもう、この酔っぱらい」
それを躱すルヴィを見て僕とサラさんが顔を見合わせ互いにどうしようと眉尻を下げて曖昧に笑った。
「えーうちらおんなじチームじゃんねー」
「今それは関係ないでしょ」
「あるよー。もっとみんな仲良くなっとかないと」
チーム、と考え思い出す。
──月末、四人一組のチームで実技テストが行われる。
そうか。僕もチームメンバーを探さないといけないんだ。
誰か、どうしよう……
「ルヴィは「失礼します。わたくし──
商人の端くれを名乗る生徒が僕らのところにやってきた。
「ここで一つ、お二方に是非とも聞いてほしい耳寄りな情報がございまして」
と、手を擦りながら話し出した。
ルヴィが姿勢を正す。
ぶーぶー言いながらエーデさんも聞く姿勢をとった。
どうやらこの場に僕はお呼びではないらしい。
「じゃあ、失礼します」
サラさんに頭を下げて僕はホールを見渡せる場所へと歩く。
いつの間にか座ったままなのは貴族の家の子たちだけとなっていた。
黄色い声が聞こえてくる。
見るとヴィッグの周りには女性の人集りができていた。
騎士団に所属する赤いコートの集団はホールの端の卓に全員集まって大騒ぎをしていた。
商人側の生徒は貴族の子相手に商談をしたり、同じ商人側の人と立ち話をしている。派閥ごとにグループを作って固まったみたいだ。
「何か必要な飲み物などはございますか?」
使用人の方に話しかけられて首を横に振った。
「かしこまりました、失礼いたします」
丁寧なお辞儀をして去っていく。
使用人の方たちはホール内を忙しなく動き給仕に励んでいた。
僕はなんとなく元いた席に戻った。
ラヒトー卿の周りには生徒たちが集まっているものの僕の両隣は空席だった。どちらもどこかに行ったらしい。
「……美味しい」
メインディッシュの子牛の肉は柔らかく変な牛の臭みもない。そもそも牛自体村にいた頃には滅多に食べられない代物だったのに。顔を上げると他の卓にはまだまだ残ったままの料理が沢山あった。
──もったいない。
一人、パンを齧る。
騎士団の集まりのところから大きな笑い声が響いた。
ルヴィたちのところには更に別の商人の生徒がきたようだ。
人気者は大変だと小さく笑う。
「さすがですな。ラヒトー卿」
目の前で盛り上がっているラヒトー卿の席を軽く見てからテーブルへと目を落とす。
帰ったら何をしようとか買った剣の教本読まないと、とかを考えながら残った料理を食べ進めた。
自分の皿から料理が無くなる。
ホールの様子は変わらず、僕は正面の扉の方を見た。
「まだか……」
扉は閉まったままだった。
向き直る。皿の中で茶色のソースに照明の光が反射していた。
美味しい料理で満腹のはずなのに、どこか胸が痛い。
膝の上で拳を握る。
僕はいつまでいるのだろう。
ここに。




