最終話:もう一度
助手席から、紡の寝息が聞こえる。
空色の硝子を持つ紡の左手の指先には、絆創膏。
いつ切ったのか、分からなかったらしい。
救急箱を持ってきておいて良かった。
帰ったら、風呂の準備をして。
夕食と風呂を終えたら、今日もいつもより早く寝てしまうはずだ。
起きていても、寝ていても。
そこにいるだけでいい。
だから、まだ。
壮一郎は静かにハンドルを切った。
夕食は、天ぷらを乗せたうどんを出した。
「海、楽しかったです!」
紡の手元に、空色の硝子がある。
また、物語に出てくるかもしれない。
「また、行きましょう。海も、他のところも」
「楽しみです!」
笑った紡に、自然と笑顔を返す。
何度でも、何処へでも。
一緒に行きたいと、思っている。
早々に寝落ちした紡の寝息を聞きながら、壮一郎は本を眺めていた。
聞いたら、変わってしまう。
答えがどちらだったとしても。
区切りをつけられないまま、先延ばしにしている。
「んー…」
何かを探すように動いた紡の手に、そっと触れる。
紡は壮一郎の指を握り、穏やかな寝息に戻った。
指先のぬくもりが、離し難い。
ずっと、このまま。
けれど、聞きたい。
壮一郎は本をテーブルに置き、紡を抱き上げ立ち上がる。
先に寝室で寝るように言っても、ソファから動かず寝てしまう。
いつの間にか、紡を寝室まで運ぶのが日課になっていた。
触れているところから感じる体温。
首元にかかる寝息。
ベッドにゆっくりと下ろし、布団を掛ける。
リビングの片づけを終えてから、壮一郎はベッドの反対側に横たわる。
明日も、ゼロから。
そう思いながら眠りについた日々があった。
明日も、もう一度。
起きるたびに、そこにあることを確認している。
紡が寝返りを打ち、腕にすり寄って来た。
腕が、暖かい。
紡の髪を梳き、唇に触れない位置で手を止めた。
数秒の後、壮一郎は手を下ろし、目を閉じた。




