第二話:37.7℃
「帰りました」
「おかえりなさい?」
いつも通りにリビングから紡が顔を覗かせた。
近づいてきた紡の顔の近くへ手を伸ばしたところで、止まった。
この手を、どうするべきか。
紡が手を見て、笑った。
そして――
手に、やわらかな感触。紡の頬が、手のひらに。
「……なぜ、くっつきました?」
「え、…あれ? そこに、手があったから…?」
へら、と笑った紡は、手の甲に彼女の手を重ねた。
「というか、手。あつくないですか?」
「…大丈夫です」
紡が不満そうな顔になった。
「むー…。よし、測りましょう!」
返事をする前に、パタパタと駆けていく。
柊は宙に浮いた手を、ゆっくりと下ろした。
洗った手を拭いたところに体温計が差し出される。
受け取って、脇に挟むこと数十秒。
ピピ、と鳴った体温計を、無言で見下ろす。
37.7℃。
「ほら、あります」
「喉の痛みなどもありませんし、…ちょっとした疲れです」
「疲れてるなら、休みましょ?」
「大丈夫ですよ」
色々あったせいだろう。
心配は不要だと、笑いかける。
紡が、袖に手を伸ばしてきた。
「めいれい、です。休みなさい」
袖を、掴まれて。
見上げてくる目は、真剣で。
自分がいつも、使っている言葉で。
「…はい、と言うしかないじゃないですか……」
「お利口さんですね、柊さん!」
柊は寝室のベッドへと、放り込まれた。
食欲を聞かれ、普通だと答えた。
紡のいない部屋で、目を閉じる。
その場で感情が発生しているとして。
毎日、同じ感情だとしたら。
あの不意打ちのキス、以外の時も。
いま、この瞬間も、もしかしたら。
小さくノックの音がして、扉が開く。
「夕食、できました。食べれますか?」
「ありがとうございます。行きます」
食卓には、食器が並んでいた。
おにぎりと梅干し、卵焼き、きゅうり、味噌汁。
「いただきます」
二人で食卓を囲み、しばらくした時。
はっ、と紡が顔を上げた。
「ちくわ、出すの忘れてる!」
斜めに切られた竹輪が、きゅうりの隣に追加された。
夕食後、再びベッドに戻された柊は天井を見上げる。
暗い部屋の中、キッチンの音が微かに聞こえる。
非常にシンプルな夕食だった。
切ってマヨネーズを乗せたきゅうり。
斜めに切った竹輪は、遅れて出て来た。
味噌汁と卵焼きは、今日も計量したんだろう。
塩加減が分からないからと、紡は計量を欠かさない。
シンプルで、紡そのものだ。
小さなノックがして、扉が細く開いた。
覗いた紡と目が合う。
「あ、起きてる。眠れませんか?」
「…まだ20時ですから」
「んー…。トントンしましょうか?」
「…大丈夫です、そのうち寝ます」
部屋に入ってきた紡は、壮一郎の隣に横になる。
「柊さんが寝るまで、ここにいます!」
元気よく、そう言ったのに。
15分も経たずに寝落ちした紡を見る。
行動に意味があるのか、ないのか。
分からないことが、増えていく。
規則正しい寝息を聞きながら、壮一郎は目を閉じた。




