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第三話:USBとファイル

翌朝。

柊は、扉の前で重いため息をついた。


数日中に、白雨紡の担当編集を外れることになるだろう。

しかし、これが最善の行動であることは間違いない。


柊は、目の前の扉をノックした。


「失礼します、瀬川編集長――」

「柊君」


白髪交じりの男性が、柊を見て柔らかく微笑んだ。


「どうしたんだい?」

「……報告が、あります」

「コーヒーでも飲みながら聞こうかな。君のその顔、久しぶりだ」


応接用のソファを促され、柊は瀬川と向き合って座る。

出されたコーヒーを一口飲んで、柊は口を開いた。


「担当作家の白雨紡と、個人的な関係になりました」


目を伏せたまま、一気に言い切った。

どんな反応でも受け入れる、そう覚悟していたのに。


「あー、やっぱり?」


いつも通りの声に、思わず目を上げた。


「…やっぱり?」

「うん。そんな気がしてたよ」


そんなに、分かりやすく態度に出ていただろうか。


「いや、君の態度からは分からなかったよ」

「……心の声を読まないでください……」


はは、と笑った瀬川に、柊は肩の力を少しだけ抜いた。


「君が新人の頃から、見ていたからね。最近、君が担当した作品、少し変わったなと思ってた」

「瀬川さん……」

「ちゃんと報告してくれて、ありがとう」

「……支障が出ては、いけないので」

「それもそうだ」


柊は、瀬川を見た。

言動の軽さとは裏腹に、人をよく見ている。

おそらく今も。

見せまいとしている裏側まで、見られている。


「規定通りで、いいのかい?」

「……はい」

「じゃあ、そうだね……村瀬君をつけてみようか」

「村瀬、ですか」


柊の後輩。

より多くの人に届けたい、とよく口にしている。


「どんな反応を起こすと思う?」

「…ハマれば、より多くに刺さる作品に化けるかもしれませんね」


柊は、立ち上がった。


「では、引継ぎの準備をします」


柊は、編集長室を後にした。



数日後、編集部の奥。

小さい窓がある会議室に、柊は紡を案内した。

扉を開けると、村瀬が立ち上がり、会釈した。


「村瀬航平です。よろしくお願いします」

「白雨紡です、よろしくお願いします」


向かい合って座る二人の横に、柊は立った。


「では、引継ぎを始めます。よろしくお願いします」


柊はデータの入ったUSB、ファイルを村瀬へと手渡した。


「現在、校閲に回しています。次のテーマについては、まだ決まっていません」


これまでの締め切りスケジュール等、淡々と説明する。

いつもと変わりなく見えるよう、自然に振舞うことを意識しながら。


「連絡手段については、主にメッセージを使用します」


ちら、と紡を確認する。

紡は柊を見て、頷いた。


「…私からは、以上になります」

「ありがとうございます、柊先輩」


頷きながら聞いていた村瀬が、紡へと笑顔を向ける。


「白雨さんの物語が、より多くの人に届くようお手伝いさせていただきたいです」

「よろしくお願いします」


軽く会釈する紡から、柊は目を逸らした。


「では、私はここで失礼します」


続けて打ち合わせに入る二人を残し、柊は部屋を出た。


村瀬の声のあと。

紡が何か答えているが、聞き取れない。

聞き取る必要も、ない。


閉じた扉の前で、一瞬目を閉じ。

柊は自身のデスクへと戻った。


スマホの黒い画面を、見た。

日中、紡にメッセージを送る用事はない。


打ち合わせが終わった白雨が、編集部を去る時も。

駅まで送る理由がない。


他の担当作家には、しないことだった。

彼女の記憶の特性を、言い訳に。


「……公私混同、していないと思っていましたが」


規律が存在する理由に、納得せざるを得なかった。

納得しても、胸のざわつきは収まらない。


柊は、コーヒーを口に運んだ。

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