第二話:ポークソテー
壮一郎が帰宅すると、キッチンから紡が出てきた。
「おかえりなさい?」
「帰りました。……なぜキッチンに?」
へへ、と紡が笑う。
「キャベツだけ」
「……ゆっくりしていて良かったのに」
「だって」
紡はふふ、と笑った。
「すきなもの、作ってくれるから。お手伝い、キャベツなら大丈夫かなって」
キッチンに、ボウル一杯分のキャベツ。
壮一郎は、食材の在庫を思い浮かべる。
「豚肉のソテーと、鶏肉の照り焼き。どちらがいいですか」
「わ、どっちも美味しそう…! うーん…」
紡は目を閉じ、暫く迷ったあと。
かっと目を開いた。
「豚肉のソテーでお願いします!」
「分かりました」
ジャケットを椅子にかけ、シャツの袖を捲る。
洗った手をタオルで拭いているところで、リビングにいる紡と目が合った。
「……どうしました?」
「へへ、なんでもありません!」
とても機嫌が良さそうだ。
壮一郎は、林檎を手に取った。
半分はすりおろし、豚肉を漬け込む。
残り半分は、ソースに。
ソテーを口にした紡は、目を輝かせた。
「なにこれ! めちゃくちゃ美味しい!」
「お口に合ったようで、良かったです」
壮一郎は、ほっと息をついた。
ちら、と鞄を見る。
正方形のチョコレート。
渡すなら、食後だろうか。
そこで、「話がある」と切り出すか。
いや、無駄に気を煩わせるだろうか。
ほう、と紡のため息に意識を戻した。
「この味、たぶん初めてです…」
「……そうですか」
いつだったか、味も記憶できないと言っていた。
塩加減が、覚えられないと。
初めてと、二度目以降は区別できるのか。
紡の記憶に関しては、まだ謎なことが多い。
それよりも今は。
いつ、話を切り出すか。
「これ、なんて料理ですか?」
「ポークソテーの林檎ソース掛け、です」
紡がポケットからスマホを取り出した。
メモを取ったということは、また作品に登場するかもしれない。
壮一郎は、話は食後にすることに結論付けた。
夕食後、食器を一緒に片づけて。
それぞれに風呂など、自分の時間を過ごす。
チョコレートは、まだ鞄の中にある。
切り出すタイミングが、見つからない。
渡したら、喜ぶだろう。
その後に話をしたら、どう感じるだろうか。
話の後に渡しても、喜ぶだろうか。
壮一郎はソファに背を預け、目を閉じた。
ソファが軋み、柊は目を開けた。
紡が隣にいる。
「おつかれですか?」
「……いえ、大丈夫です」
近くへと促すと、紡は素直に体を預けてきた。
「……また一つ、作品が完成しましたね。お疲れ様でした」
「ありがとうございます! いい形になるの、柊さんのおかげです!」
一瞬止まった息を、ゆっくりと吐きだす。
「……そのこと、なんですが」
紡が見上げている気配がする。
目を合わせないまま、壮一郎は口を開いた。
「あなたの担当編集を、外れることになると思います」
沈黙。
動けば衣擦れの音が響くほどの静寂の中、紡が口を開いた。
「…どうして?」
ただ、不思議だという響き。
「感情で、判断が歪んではいけないからです。だから、個人的な関係は、報告する義務がある」
「…そっかぁー……」
納得だろうか。
諦めだろうか。
その響きを、壮一郎は上手く読み取れなかった。
すり、と紡の頭が腕に寄せられた。
「義務なら、ちゃんとしないと、だね?」
「……すみません。仕事以外は、何も変わりません」
謝った壮一郎に、紡は笑顔を見せた。
「なら、たぶん大丈夫!」
柊は、小さく息をついた。
関係を隠して、情報が漏れた場合。
作品に影響が出た場合。
お互いのためだと、何度も自分に言い聞かせながら。
壮一郎はそっと、紡の髪を梳いた。




