第一話:区切り
柊壮一郎は、扉の前で重いため息をついた。
数日中に、白雨紡の担当編集を外れることになるだろう。
しかし、これが最善の行動と信じて――柊は、目の前の扉をノックした。
昨日。
昼下がりの編集部に、キーボードの音、紙をめくる音が響く。
コーヒーの匂いの中、編集者達は各自の原稿と静かに向き合っていた。
柊もデスクで、パソコンを前にコーヒーを口に含んだ。
画面には、白雨紡の原稿。
内容を反芻し、想定読者への届き方を最終確認する。
誤字脱字なし。
表現に問題なし。
「……完成、してしまいましたね」
小さく溢れた囁きは、誰にも届くことはなく。
柊は、原稿を校閲者にメールで送付した。
白雨紡の記録ノートを開く。
15:30 原稿完成。
そして、紡へのメッセージを打ち始めた。
『お疲れ様でした、白雨さん。 あなたの物語は、完成しました』
柊は、少しだけ首元を緩めた。
「命令です。まずは、自分を褒めなさい。甘いものを食べてもいいですが、夕食はあなたの好きなものを作る予定なので、食べ過ぎには注意すること」
送信。
柊は眼鏡を外し、眉間を抑えた。
今夜、紡が好きなものを準備する。
それは、小説の完成の祝いだけが理由ではない。
その後にしなければならない、気が重い話。
柊自身、少しでも軽くしたいという理由が隠れている。
紡の担当となり、付き合い始めて数ヶ月。
担当編集と作家が個人的な関係になった場合、上司へ報告。
感情で判断が歪むことを防ぐための、至極真っ当な規定だ。
最初から、分かっていた。
この作品が完成してしまったからには。
今夜、紡に話をして。
明日には、上司へ報告する。
柊は眼鏡を掛けなおし、別の担当作家の原稿へと向き合った。
柊は、定時で仕事を切り上げた。
首元を緩め、意識を切り替える。
帰り道、いつもとは違う道を選ぶ。
並木通りにある、チョコレート専門店。
店内を一回りし、壮一郎は決めた。
正方形のチョコレートが並ぶ箱。
「あまあま」という声が聞こえた気がして。
壮一郎はふっと息を漏らした。




