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最終話:何度でも

「……お弁当、作らなきゃー」


壮一郎は、目を開けた。

時計を見る。

5時09分。

紡が、身を起こそうとしている。


壮一郎は、紡を見た。

紡が、壮一郎を見た。

ほんの一瞬、紡の視線が揺れた。

いつもの朝が、始まった。


「……おはようございます、紡さん」


壮一郎は、笑顔を浮かべ、静かに言った。

テーブルの上のノートを、そっと手渡す。


紡は、ノートを開いた。

最初のページ。

『柊壮一郎。あなたの恋人です。おはようございます、紡さん。今日も、ここから始めましょう。』


紡が、壮一郎を見た。


「……柊さん」


紡の中で、壮一郎という存在がつながったらしい。

肩から、力が抜ける。


「……おはようございます、紡さん」


壮一郎は、もう一度言った。

先ほどより、柔らかい声が出た。


「おはようございます」


挨拶をした後。

紡は、ノートをリズミカルにめくる。

速読。

彼女の特技だ。


読み終えた紡が、ノートを閉じた。

これで紡の中に、関係性が再構築されているはずだ。

紡は微笑みを浮かべ、表紙をひと撫でした。


「お弁当、作ってきます」

「……10分だけ、待ちなさい」


壮一郎は、紡を腕の中に閉じ込める。


「今のあなたはまだ半分眠っている。そんな状態で包丁を握るのは、許しません」


紡が、小さく笑った。


「……かほご、です」

「何とでも言ってください」


壮一郎は、視線を逸らした。


「あなたが怪我をしないことが、最優先です」


壮一郎は紡の髪を、慈しむように撫でる。

紡はされるがままに、体重を預ける。

ノートが、この関係性を支えている。

途中で、ふふ、と紡が笑う気配がした。


あっという間に、10分が経ち。

壮一郎は、ブランケットを持ち上げた。


「……では、行きなさい」


紡が立ち上がる。

まだ紡の体温が残る場所に、そっと触れた。


キッチンへと向かうその背中を、壮一郎は見送る。

距離が、開いていく。


紡がふと振り返った。


壮一郎は、紡を見た。

紡も、壮一郎を見た。


紡が、少し眉を下げて微笑んだ。


紡が駆け足で、壮一郎に近づく。

そして——

頬に、柔らかな感触。

一瞬。


紡は、身を翻して扉へと駆ける。


「……っ!?」


壮一郎は、ただ、呆然と紡を見送った。

静まり返った部屋に、バタンと扉が閉まる音だけが虚しく響く。


「……なっ……」


壮一郎は、紡が触れた場所を指先でなぞった。

抑えきれず、口角が上がる。


「……紡さん。……ずるい人だ」


壮一郎は目を閉じ、一度だけ深く息を吸い込んだ。

ゆっくりと吐き出した後、穏やかな笑みが浮かぶ。


キッチンから、規則正しい包丁の音が聞こえている。

壮一郎は、ノートを開き、記録をつける。


『5:09 — 起床。お弁当を作るとのこと。「過保護ですよね」と言っていた。』


ペンを置こうとして、止まった。

もう一行、書き加える。


『備考:不意打ちでの口付けは、破壊力がえぐいです』


心臓の音が、まだ少しだけ、いつもより高いリズムを刻んでいる。


「……この『お返し』は、どう差し上げましょうか」


壮一郎は、椅子から立ち上がり、窓を開けた。

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