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15

 アルフレッドの授爵式は、昼の爵位授与式と午餐会、夜の祝賀会の二部に分けて催される。

 式典と午餐会には、王家と他領地からの来賓に加え、オーウェン公爵領の分割統治者夫妻が招かれる。夜の祝賀会には、アルフレッドがオーウェン公爵から引き継ぐアズウェル領の貴族達が招待されている。

 リリーの両親は、分割統治者として朝から参加するが、姉夫妻とリリーは祝賀会にのみ出席する算段となっていた。そのため、リリーは昼過ぎになっても自室の寝台で怠惰に寝転んだままでいた。

 婚約を解消して以来、だらだら過ごすとこのまま廃人になってしまう気がして、規則正しい生活を心がけていた。しかし、王都に行って以来、そのサイクルは狂い始めて、特に一昨日からは、急になにもやる気がしなくなって、食っちゃ寝食っちゃ寝して過ごしている。アーサーと母の言葉を考えると、アルフレッドの言動にいちいち辻褄が合って、脱力してしまった。幸いなことに、両親は、他領地からの来賓達に、視察の同行を求められて出かけていたし、姉夫妻は敷地内別居であるため顔を合わせておらず、注意されることもなかった。けれど、本日の祝賀会には、アマリエ伯爵家の娘として絶対に出席しなければならない。


――行きたくないなぁ。


 リリーは大きくため息を吐くと、寝台に仰向けになったまま、


「リリー、明日も来るか?」


 と右手を天井に向けて伸ばしながら言った。窓から差し込む光が掌を覆って血管がうっすら透けて見える。


「……なら、お前を家来にしてやるよ」


 かつてアルフレッドが口にした言葉を、リリーは続けた。

 遠い昔。むかしむかしの話だ。

 エマ夫人が亡くなって、ほどなくしてからだった。アルフレッドは、リリーではなく領民の男の子達とばかり遊ぶようになった。二人の秘密の隠れ家に、勝手に男の子達を入れて「お前は入ってくるな」と突然除け者にされた。走ってついて行っても、置き去りにされたし、お菓子も分けてくれなかった。それでも、毎日欠かさず遊びに行っていたのは「アルフレッドに寄り添うように」と、母に言われたからじゃない。だって、仕方ないと思ったからだ。こんなに屑で、こんなに性悪で、こんなにどうしようもない奴なのに、エマ夫人まで亡くなってしまった。一体これから、どうなるのか。もう自分しか堪える人間がいない。アルフレッドが、あんな男の子達の手に負えるわけない。そう思ったからだ。そして、実際にその通りになった。ある日、男の子達がアルフレッドを悪し様に罵って小屋から飛び出して行った。リリーは、ほらね、と思った。ほらね、ほらね、と。同時に、男の子達に物凄く苛ついた。偉そうだとか、親の力がどうこうとか、なんなんだ。アルフレッドは元々ずっと偉そうじゃないか。何も隠してない。一貫して潔く嫌な奴なのに、今更何言ってるんだ、バーカバーカ。追いかけて行って言ってやろうかと思った。でもやめた。アルフレッドが隠れ家から出て来ないから。きっとあいつらは、アルフレッドのよく言う「雑魚」だから、もうどうでもよいのだろう。そう思って、リリーは、小屋の中を覗いた。アルフレッドは、テーブルの上の大量のお菓子を、一人で食べている。「お前の分なんかないぞ」と腹の立つ言葉が飛んできた。だけど、声がわずかに震えている。だから、黙って引っ込んで、ドアの横の外壁に背中を預けて座った。早くいつものアルフレッドに戻ってほしい。まだか、まだか、とちらちらと様子を確認するけれど、アルフレッドは動く気配がない。何度かそれを繰り返しているうちに、名前を呼ばれた。お菓子を食べていいぞ、と言われて中に入った。でも、アルフレッドの顔は見なかった。せっかくのお菓子がぐちゃぐちゃなので、種類ごとに並べて、一番好きなクッキーを食べた。ディガールのクッキーだった。甘くて甘くて美味しい味。いつもと変わらない味。エマ夫人がいなくなっても。それで、隣のアルフレッドがごちゃごちゃ言ってくるので、仕方ないから家来になってあげたのだ。それなのに……。そこまで考えて、リリーは、もう一度深く息を吐いた。

 アルフレッドと疎遠になったのは、アーサーと婚約してしばらく経ってからだ。アーサーと勉強するから、もう一緒に遊べない、と断ったら頭を殴られた。人に殴られたのなんて、後にも先にもあれきりだ。痛くて、泣いて、そしたらエリスが屋敷から飛び出して来て抱き上げてくれた。アルフレッドは謝罪もせず帰った。そして、その後も謝りに来なかった。それどころか別れの挨拶もせず、王都へ引っ越していった。完全な屑だ。今更どの面下げて会いに来たのか。オーウェン公爵が、チャンスをやって欲しい、と頭を下げるから、わざわざ会ってやったのに、再会してもあの態度だ。平身低頭詫びろという感情しかない。


「ずっとこのままかぁ……」


 母が昨日言った言葉と、ダンスホールでアルフレッドが言ったことが重なる。確かにアルフレッドは、俺達は同類で、公平で、ずっとそれでいいんじゃないか、と言っていた。意味不明すぎて笑える。二人とも生涯独身で、王様と家来のままで? 常識的に考えろよバカ。そんなことできるわけがない。大体、王様と家来は公平じゃないし、アルフレッドと自分は全く同類じゃない。でも、アルフレッドなら、きっとやる。多分、本気で。母の言うように、変えたいなら、こっちが動くしかない。仕方ない。その代わりに絶対に頭を殴ったことを謝罪させて、跪かせてやる、とリリーは憤然と思った。

 まだ日は高く、祝賀会まで時間がある。腹は決めた。だから、もう余計なことを考えないように、リリーは目を瞑り、ひたすら眠ることにした。

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