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「リリー、アルフレッド様とチャリティーダンスを踊ったのですって?」
リリーが裏庭におかれた長テーブルでぼんやり日向ぼっこをしていると、お茶会から帰ってきたエリスが言った。本日、エリスは月一で開かれる婦人会に出掛けていた。既婚女性のみの集まりで主催は持ち回り制だ。今日は、ポット伯爵の屋敷で開かれた。ポット夫人は噂好きであるため、自分が参加しなければリリーについて勝手なことを言われかねない、と意気込んで出掛けた。しかし、予想に反してリリーを嘲笑するような噂話は耳にしなかった。それどころか、羨望の的となっていて、あれこれ尋ねられてしまった。アルフレッド・オーウェンの心をどうやって射止めたのか、と。
「なんか言われたの?」
リリーはエリスの質問に眉を顰めた。
「たまたまそんな話が出ただけよ」
エリスは肩を竦めて返した。
二人がダンスホールに出掛けてから二日経過している。あの日以降リリーがアルフレッドと連絡を取り合っている気配はない。アルフレッドが授爵式の準備に追われているのは想像できる。遠方から来賓が集ってきているし、オーウェン公爵家のゲストハウスに滞在している者も多くいる。ホストとしてあれやこれやに忙しいのだろう。だが、なんとなくそれだけが原因ではない気がしていた。敢えて尋ねることはしなかったけれど。
エリスはリリーの隣りの席に腰を下ろした。
春の日差しは柔らかく心地よい。庭には自生した白詰草の花が咲いている。雑草なので昔は除草していたが、リリーが「花冠を作るから抜かないで」とお願いして以来、刈るのはやめた。そうすると愛着が湧いて、リリーが花冠を作らなくなった現在でも、まるで植えられた花のように庭の一角を占拠している。
「婚約解消した後すぐに、別の男と噂になって、わたしのこれからはどうなるんだろう」
リリーがポツリと呟く。
アルフレッド様と結婚すればいいのでは? と返したら怒るだろう、とエリスはじっとリリーの横顔を見た。地位も名誉も容姿も整った男に熱烈に思われて女冥利に尽きるじゃないか、と言うのはあまりに他人事すぎる意見だ。リリーはアーサーと結婚すると思って生きてきた。九年間。人生の半分の年月だ。好条件の相手だから、とすぐに切り替えられるわけなどない。
「貴方の面倒くらいどうってことないわよ。うちには優秀な跡取り息子が二人もいるんだし」
エリスは、少し話題を逸らして答えた。
エリスには双子の男児がいる。二人とも優秀で、王都の学校へ通いたいと自ら志願して寄宿舎へ入った。読書好きの非常に落ち着いた子供達で、煩いと思ったことなどなかった。なのに居なくなると火が消えたように静かに感じるから不思議だ。そんな双子とリリーの仲は極めて良好だ。親に言いづらいことはまずリリーに相談するくらいに。双子が家督を継いでもリリーを追い出すことなどない。屋敷だって広い。別宅を用意する資産もある。
「わたし、見ていたのよ」
リリーがぼそっと呟く。脈絡のない発言に、エリスは「え?」と返した。
「お義兄様がプロポーズするところ」
エリスがぽかんとするのを見て、リリーは笑った。
十年前。まだリリーが八歳の時に、二十歳のエリスは結婚した。父に結婚の許しを得にきたレオナルドは、承諾を受けるや否や、エリスの元へ走った。丁度、この裏庭だった。屋敷中の人間が二人の邪魔にならぬよう離れた場所へ移っていたが、リリーだけはこっそり様子を見ていた。正確に言うと、アルフレッドの屋敷から悪魔召喚の儀式に必要な白詰草を摘みに戻ってきて、跪いて妻問いするレオナルドの姿を目にした。既に二人の間には結婚の約束はあった。しかし、両親に許可を得た後、正式に改めて愛を誓ったのだ。
「まるで絵本の中の王子様とお姫様みたいだった。いいな、と思って。だからわたしもお姫様になりたかったの」
「お姫様って、花嫁のことだったの?」
リリーは、エリスから視線を外して白詰草を見つめた。エリスはその横顔に幼き日のリリーを重ねた。確かに、昔、リリーはお姫様になりたいとよく言っていた。まだ、アルフレッドが領地にいた頃だ。あの当時、リリーとアルフレッドは二個一の存在だった。アルフレッドの気性が荒い分、リリーはのほほんと見えた。しかし、実際のリリーはそれほど穏やかな性格じゃない。アルフレッドに泣かされて帰ってくることはしょっちゅうだったが、それはリリーがズケズケ発言してアルフレッドの逆鱗に触れるからだ。リリーが泣く度、大人達は頭ごなしにアルフレッドを叱りつけた。けれど、本当はリリーの方が悪いことも多々あった。でも、アルフレッドがそれに関して抗議したことは一度もない。アルフレッドはリリーが他人に怒られるのを良しとしていなかったから。もちろん、アルフレッドが代わりに叱られた分、リリーは後で、きっちり報復を受けるのだが。奇妙な関係だった。足りない分を補い合うというより、出っ張った部分を削り合うような。何故離れてしまったのか。アーサーとリリーの婚約を認めたのはアルフレッドだった。あの時、リリーはアルフレッドに許可を得に行き、確かに了承を得てきたはず……。
そこまで考えて、エリスはふと思った。リリーは「お姫様になりたい」と言う度に、アルフレッドに鼻で笑われて大腹を立てて帰ってきた。なのに、何故あの日だけは、自分はアルフレッドの家来だから婚約していいか聞きに行く、と出掛けて行ったのか。
「……リリーは、」
リリーがこちらを向いた。エリスは、咄嗟に口にしかけた言葉を呑み込んだ。しかし、名前を呼んだまま黙り込むわけにもいかず、
「ずっと怒っているのね」
と代わりの言葉を言った。リリーが、また庭先へ視線を戻す。どんな顔をしているか、覗き込むことはしなかった。きっと笑うから。
「謝られてない」
「え?」
「頭殴られたこと謝られてない」
「あぁ……」
そういえばそうだった。あれがきっかけで二人は仲違いしたのだ。いつも悪くなくても謝りにいくリリーが決して折れなかった。
「謝ってもらいたいの?」
「当然」
「謝られたら許すの?」
「謝られ方による」
リリーらしくて、エリスは思わず笑った。では、一体どういう謝罪の仕方ならリリーが納得するのか。エリスには、全く想像できなかった。
「……リリーは、どうしたいの?」
「わからないわ」
「そうよね」
エリスが頷くと、リリーは急に立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる」
リリーがスカートの皺を気にしながら言う。
「何処に?」
「弱味を握られていたんじゃ、話にならないでしょ」
リリーが口の端をあげて笑う。まるでアルフレッドみたいに。何をするつもりなのか皆目見当もつかないけれど、多分、正しい。いや、たとえ間違いでも、自分は味方しようと思った。だから、
「弱味を握られているのは、確かに良くないわ」
とだけ、エリスは答えた。




