おっかないもの
運が良かったのだろう。考えてみれば罠を仕掛けたとはいえ獲物が石ころに変わるのでは毎日見まわる必要も無いはずだし、最悪一週間、一月に一回の見回りという可能性もあったわけだ。それがあの後1時間もしない内に人がやってきたのだから、運がいいはずだ。
「で、記憶のないまま熊っぽいのに追いかけられて? 逃げてきたところで罠に引っかかって? 上手いこと罠が熊っぽいのを殺したと?」
運がいいついでにファーストコンタクトの相手の物分かりも良いと助かるのだが。いかにも猟師、というよりごつい鎧っぽい部分や手に持つハルバードを見るに戦士とかハンターとか言えそうな声から推定するに女性に、ありのままに起こった出来事を話した結果がこれだ。とりあえずこっちに向けるのやめてほしい。
「馬鹿言わないで。確かに罠が作動している以上ロープに中型以上の魔物が引っかかったんだろうし、魔石を見てもそうなんだろうなっていうのはわかるわ。でもそれを相手に逃げ切って? 罠を作動させた? それだけの強化術が出来るなら当然魔物にだって勝てるでしょうに」
どうやら勝てるそうだ。命がけで逃げ初める前に知りたかったというか、知らなかったから逃げたわけで。とはいえ強化術とは一体なんだろうか? そもそも記憶が無いからさっぱりわからないのである。
「だから、強化術が使えるのに記憶がありませんなんて、通用するはずが……あれ? あなた今なんて? まさか素の身体能力で中型の魔物から逃げ切ったと?」
少なくとも無意識の内にその強化術? とやらをしていなければその通りである。……なにかマズかったのだろうか?
「あのね、普通の人間はそんな速度で走ったり出来ないし、よしんば走れたとして引っかかって転びましたなんてなったら大怪我するの。……あなた本当に人間?」
いきなり人間かどうかを疑われた。記憶が無いから確かなことは言えないが、おそらく持っている情報的にも話が通じる現状からも自身が人間であると推測できる。……にんげんだよね?
「はぁ……まあいいわ。確かにわざわざ記憶喪失ですなんて嘘をつく必要も無いでしょうし、無意識に身体強化出来るって事でしょう。置いていくわけにもいかないからついてらっしゃい」
熊から出た石を回収し、杭を飛んできた方向の先にあったでかいバリスタと言えるようなものの弦を素手で一気に引く様は、彼女が主張する人間像をはるかに上回っているように思えるがそれが強化術とやらによるものなのだろうか。
歩く彼女に着いていきながら、そういえば先程魔石と言っていたが何に使うものなのか尋ねる。ついでにあの熊から出た大きさでどの位の価値なのかも。
「そんな常識……記憶が無いんだったわね。食べ物にしても、服にしても、人が生きるのに必要な全部は魔石によって生み出されているわ、常識よ常識。そうね、大体さっきの魔石で10人位の人間が一月食べていけるわ」
思ったより重要なアイテムで、想定していたより価値があるみたいだ。袋の中の石は単純に見積もっても熊石の数十倍以上はあるだろうし、人一人が生活するのであれば下手すれば一生分……なんでそんなもの持ってるんだろうか。
一生分の財産と身軽な荷物で森の中をさまよっているなんて、なんていうか、その、嫌な想像だがどこぞの集団からかっぱらって逃げてます的な可能性があるのでは無いだろうか? 記憶が無いからなんとも言えないが、もしそうだった場合捕まったりするのだろうか。
「へ? もし村から大量の魔石を持ち出すような奴がいたらどうなるかって? うーん、持ちだしたところで変換器が無ければどうしようもないでしょうけど、まあ村からしてみたら絶対に見つけ出して想像もつかないような目に合わせようとするんじゃないかしら?」
えっへへーですよねーそうなりますよねーと笑顔で答える。内心がくがくぶるぶるといった所だが、もしかしたらコツコツ自身が集めたものの可能性だって十分にある。いやきっとそうに違いない。そうであってほしいなぁ。
人の1食に必要なポイントが1として、1日3×30=900、中型の魔物から出た魔石がおおよそ1000±10%程度。




