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都市であろうと国家であろうと、規模の大きな共同体ならば、

都市であろうと国家であろうと、規模の大きな共同体ならば、時が立つにつれて欠陥があらわれて来るのを避けることはできない。

それゆえ、「医者」が必要になって来る。

つまり、時代の変化につれて変わって来る要求に対処できるような、制度の変革が必要になって来るのである。

ただ、この場合の「医者」もヤブ医者であっては困る。

改革の必要度が高ければ高いほど、それができる力量豊かな人物の登用が求められなければならない。

            

「政略論」


完璧な制度を作ったと思っても、国内情勢も国外情勢も、揺れ動くことを止めることは困難である。

過去の情勢に適合した完璧な制度であっても、現実の情勢に適合するとは限らない。

マキアベリ氏の警句は、民主制国家でも同様の構造問題が生じることを示唆している。


マキアベリ氏のこの警句は、現代日本における「制度疲労」と「改革の担い手不足」という二重の問題を、驚くほど鋭く射抜いている。

特に「医者=改革者」の質が国家の命運を左右する、という指摘は、今の日本で最も深刻な論点のひとつだと思う。


現代日本では、

少子高齢化により、年金制度は設計時の前提が崩壊した。

経済構造の変化により、税制が時代に合わない。

デジタル化の遅れで、行政手続きの非効率が顕在化した。

国際環境の変化により、安全保障制度が現実に追いつかない。

現代日本は今まさに「制度の自然劣化」が山積みの状況にある。


そのため「だから医者:制度改革の専門家」が必要になる。

マキアベリ氏の警句は、制度の病気には、制度を治す優秀な医者が必要だ

ということになるが、

現代日本での問題点として、

改革の必要性は高いのに、改革を実行できる力量を持つ政治家・官僚が不足していること。

そもそも、それぞれに、既得権益が強く、医者(改革者)が手術しようとしても、患者(利害関係者)が拒否反応を起こすことが、常態化している。

メディア報道も、短絡的で短期的視野に留まり、長期的な改革を評価する仕組みが弱い。

結果として、「改革の必要度は高いのに、改革者の質が追いつかない」 というギャップが生じている。


. 「改革の必要度が高いほど、優れた人物を登用せよ」と、マキアベリ氏は、危機の時代ほど人材の質が国家の命運を決めると強調するが、

現代日本での構造的課題として、

政治家のリクルートシステムが弱い、

若手が政治に入るインセンティブが弱い、

政党が人材育成機能を果たしていない。

官僚個人は優秀な人材が多いけれど、政治主導との摩擦、長時間労働による疲労蓄積、結果責任の不明確さがあるので、、改革の推進力が削がれてしまうのである。


また、民間からの優秀な人材の登用も限定的、消極的で、「制度改革のプロフェッショナル」が育ちにくい。


つまり、改革の必要度が高まっているのに、改革者の供給が細っている という逆転現象が起きている。

このような状況が続く限り、国家はゆっくりと衰退する傾向が強い。

(マキアベリ氏は、これを「病気の進行」と認定する)


どんな完璧な制度も、様々な情勢の変化により、必ず劣化する。

だからこそ、優れた改革者を登用しなければ国家は衰退する。

改革の必要度が高いほど、登用すべき人物の質は高くなければならない。

(「改革者の質」とは、単なる人気や派手さではなく、制度設計能力・利害調整能力・長期的責任を引き受ける覚悟を意味する)


これは、今の日本が直面している問題そのものだと思う。

制度維持の合理性は理解しつつも、短期的な利害調整だけでは限界がある。

いつまでも、利権関係者の利害調整に拘泥した政策を進めるべきではない。

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