君主たる者は、ケチだという評判を怖れてはならない。
君主たる者は、ケチだという評判を怖れてはならない。
何故なら、この「悪徳」は、自国の金庫を空っぽにすることがない。
かといって、略奪者にもならず、それでいて統治を続けていくための、必要な「悪徳」だからである。
「君主論」
マキアベリ氏は、「ケチ」という悪徳は、君主が国家財政を健全に保ち、その後の重税(略奪)を避けるために「必要な悪」であると述べている。
気前の良さは短期的には美徳に見えても、やがて国家を破綻させ、民衆の憎しみを招く危険があるためである。
気前良く振る舞うには国庫から多額の支出が必要になり、それを続けると国家財政が破綻するリスクが高まる。
そのリスクが目前に迫ると、財政を補うために重税を課すようになる。
結果として民衆に憎まれ、国家は弱体化する。
逆に、「ケチ(倹約)」は悪徳に見えても、国家の金庫を空にせず、民衆に重税を課さずに済むため、長期的には善となると述べている。
◆ 具体例
① 歴史的な例:財政破綻を招いた「気前の良さ」
フランス王ルイ14世の宮廷の贅沢は、国威を示す目的で行われたが、莫大な支出が財政を圧迫し、後の重税・国家債務の増大につながった。
これはマキアベリ氏の言う「気前の良さが国家を貧しくする」典型例とされている。
② 逆の例:倹約が国家を救ったケース
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世は極端な倹約家だったが、その節約によって軍備を強化し、後のフリードリヒ大王の時代の強国化の基盤を築いた。
これは「ケチが長期的には国家への善になる」というマキャベリの主張に合致する。
③ 現代的な例:企業経営における「必要な倹約」
マキアベリ氏の警句は、企業にも応用が可能である。
過度な福利厚生や豪華なオフィス投資 は、 一時的に社員の満足度は上がるが、企業財務を圧迫し、後にリストラや給与削減を招くリスクが高い。
また、堅実なコスト管理(=ケチと批判されることもある) は、企業の 財務基盤が安定させ、景気後退時にも社員の雇用を守ることができる。
つまり、短期的な人気取り政策の実行より、長期的な安定を優先する姿勢が「必要な悪徳」として肯定される。
マキアベリ氏は、君主は“見かけの美徳”より「国家の持続」を優先するべきで、ケチと呼ばれても、民衆に重税を課さず、国家を守れるなら、それが真の美徳である、とする。。
確かに目先の快楽優先、放漫経営で倒産に陥った企業も実に多い。
家計や、自分の財布においても、全く同じ。
入って来る収入以上に使い続ければ、やがては当然、破産する。
「ムダな金を使うな」は、やはり時代を超えた警句と思う。




