不正義があっても秩序ある国家と、
不正義があっても秩序ある国家と、正義はあっても無秩序の国家のどちらかを選べと言われたら、私は前者を選ぶだろう。
「手紙」
マキアベリ氏の政治観である、「正義より秩序が国家の存続に不可欠」を端的に示す言葉である。
マキアベリ氏は現実の政治実務に深く関わった人物であり、理想論ではなく、 国家の安定 を最優先とする。
実例①:1513年頃、フィレンツェ共和国の混乱を嘆く書簡がある。
マキアベリ氏は、メディチ家復帰後の政治混乱を見て、友人宛にこう述べている。
(要旨):「国家にとって最大の悪は無秩序である。多少の不正義があっても、秩序が保たれる方がまだましだ。」
背景:フィレンツェは共和政、メディチ家追放、再度メディチ復帰と激動が続いた。派閥争いやそれぞれの利益を追求するための対抗勢力の粛清、財政混乱が続き、街は不安定の極みだった。
マキアベリ氏も、その混乱に巻き込まれ失職し、政治から排除されてしまった。
彼は「正義」を掲げた派閥争いが、かえって国家を破壊していると見ていた。
実例②:サヴォナローラ政権への批判
マキャベッリは、宗教的「正義」を掲げたサヴォナローラ政権を批判し、「正義を叫ぶ者ほど秩序を乱す」と書簡で述べている。
(要旨):宗教的道徳を強制し、贅沢禁止・焚書・処刑などを行った結果、街は混乱し、経済も停滞した。
実例③:『君主論』と同時期の書簡。
『君主論』執筆と同じ1513年頃の書簡では、彼は「善良な政治家より、有能な政治家が必要」と述べ、「国家の平和を守るためなら、多少の非道も許容される」という現実主義を示している。
彼の生きていた500年前のフィレンツェは常に派閥争い、それぞれの主張する「正義」を掲げた革命が何度も失敗した。
結果として、無秩序が市民の生命・財産を直撃し、外国勢力に付け込まれる事態が発生した。
そのため彼は、「多少の不正義は国家を滅ぼさないが、無秩序は国家を滅ぼす」という結論に至った。
国際政治、国内政治、宗教、その他の現実問題として、「正義」は、各国家、各政党、各宗教ごとに存在している。
敵対国、敵対政党、敵対宗教、敵対企業の「壊滅が正義」を公言する指導者、思想、宗教的厳命もある。
それが国家間の戦争、国内の政治闘争、法を犯しても敵対企業攻撃、宗教戦争につながり、無秩序状態を起こし、老若男女問わず、惨い被害も起こして来たのである。
マキアベリ氏は、それぞれに異なる正義や理想など、評価しない。
それ以上に、身体と財産が守られる秩序ある国家、社会を優先した。
確かに、自分の身体と財産が守られない国家、社会を、わざわざ選ぶ理由は、何もない。




