第10章 ほっとする味 ⑦
本編の最終回になります。
国王は目の前のエリーもしくはユーリの名前を持つ女性に聞いた。
「それは真か」
エリー改めユーリはしばらくの沈黙ののち、身を縮こませながら「はい」と小さくつぶやいた。それは小さな声だったが、静寂を保っていた部屋の中にいる人間の耳に届くには十分だった。
プロップはギリ、と奥歯をかみしめる。だが、まだ反撃のチャンスはある。
「国王様。そのような戯言に耳を貸すおつもりですか。今、口裏を合わせたに違いありません。仮に本当だとしたら、なぜすぐに言わなかったのですか」
「それは当然でしょう」
ルーツがプロップの声を遮った。
「依頼を失敗した彼女を反逆者として王宮に捉え、さらには10年前の罪までかぶせようとしている。普段ならいざ知らず、依頼を失敗して傷心している彼女には荷が重すぎるでしょう」
「確かに、一理あるな」
国王はルーツの意見に賛同する。さらにルーツはプロップに対して追い打ちをかける。
「それに、本当に罪を償うべきはプロップ卿、貴方では?」
「な、なんのことですか?言いがかりはやめていただきたい」
プロップは平静を保ったまま、答える。ルーツはそのまま、懐に手を入れると、書類の束を取り出した。
「しらを切りますか。いいでしょう。貴方が国庫から横領した詳細です」
「な!?」「ふむ」
プロップと国王が同時に声を上げる。なぜかブロムも驚きの表情をしている。
「たしかに、これは確固たる証拠だな。しかも結構な金額じゃないか。プロップ、どういうことだ?」
「い、いえ!言いがかりにもほどがあります!ルーツ様は私を失脚させようとして・・・!」
「まあ、よい。調べればすぐにわかることだろう」
そういうと国王は席を立ち、ユーリの前まで歩いていった。
「依頼は失敗したかもしれないが、気にすることはない。お主の罪は問わぬ。すまなかったな」
「こ、国王様!?」
「プロップ。10年前の事件と証言、そしてこの件とを結びつけるものは状況証拠だけだ。しかも、犯罪者の可能性があるお主の主張だな。否定する意見は我が息子2人とその教育係の2人だ。どっちを信用するか、わかり切っておろう。お主の処遇は追って伝える。それまでは自宅待機だ」
プロップはがっくりと肩を落とし、とぼとぼと部屋を出ていった。
「ルーツ様。助けていただいてありがとうございました」
ジョナンドは深々とルーツに向かって頭を下げた。
「いや、いいんだ。僕が勝手にやったことだからね。なんとなく出納長を見ていたらわずかに不自然な動きがあってね。調べたらプロップが出てきたんだ。プロップと一緒にいるブロム兄さまもちょっと疑ったけど、その様子なら大丈夫そうかな?」
ブロム本人の前でズバッと切れ込むルーツ。この様子ならブロム自身は無関係だろう。実際、こちらに歩み寄ってきたブロムの表情は穏やかだ。
「ああ。実はエリーからプロップの名前を聞いていてね」
チラリと、ユーリのほうをみる。ユーリはつながれた縄を解かれ、ジョナンドと何かを話しているところであった。
「プロップはああ見えて野心家でね。僕を襲ったのも自分の手下であるエリーと既成事実を作って国政に入ろうとしたんじゃないかな。ホズ卿も襲われたし、これ以上の被害を出したくなかったから何も知らないアホ王子のふりをして取り込んだんだけど」
ブロムはそういうと、ジョナンドとキヅカのほうに向けて頭を下げた。
「ジョナンド殿とキヅカ殿。店に行ったときはあのような態度を取ってすまなかった。遅くなってしまったが、謝罪をさせてほしい」
あまりの態度の変化に、キヅカはついていけなかった。一方、ジョナンドはさすがだ。すぐにブロムのほうにも頭を下げる。
「いえいえ。もったいないお言葉にございます。それにわざわざこの場にいらしていただいただけでも感謝でございます」
「おいおい。実際にプロップを追い詰めたのは私だぞ?」
「もちろん、ルーツ様もありがとうございます」
冗談めかしていうルーツに対し、深々と頭を下げるジョナンド。ユーリもそれに続いた。
「キヅカ殿は、どうだ?許してはくれぬか?」
ブロムはやや心配そうにキヅカのほうを見た。
「い、いえ。そういうわけでは・・・。ただ、あまりにもイメージが違いすぎたので戸惑っているだけです」
「それはよかった。これが僕の本当の姿だ。ただ、食事に関して興味を持っているのは事実だ。ぜひ、キヅカ殿に私の専属料理人になっていただきたいのだが」
「ブロム兄さま。彼は今、私の専属執事として働いてもらっています。私に許可なく引き抜くのは辞めていただきたい」
「ふむ。だが、国王になれない者に仕えても未来がないぞ。国王に一番近い僕に付けば、将来安泰だ」
「そんなことはない!私だって国王になれないと決まったわけではありません!」
ルーツの言葉に対し、ブロムはにやりと笑った。
「やはりルーツは興味がないふりをしていただけで国王の座を狙うんだね。じゃあ、僕のライバルだ。もっとも、僕のほうがよっぽどリードしているけどね」
ルーツは国王レースに参加することを公言するつもりはなかったが、売り言葉に買い言葉でつい言ってしまった。言ってしまったことは仕方ない。そのままの勢いでブロムに言い返す。
「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちです」
王子2人が半分笑いながら言い合っているとゴホン、と国王が咳ばらいをした。
「いつ俺がお前たちに継がすと言った?そのような小さなことで言いあうようでは、国王の座は落ち着きのあるバルガスにするしかないな」
『ち、ちょっと待ってください』
2人はきれいに言葉をかぶせた。一瞬ののち、ブロムとルーツは笑いあう。ブロムが一方的にルーツを敵対視し、ルーツがそれに嫌気をさしている時間が長かったが、打ち解けるのには時間がかからなかった。それが兄弟というものであろう。
「とにかく、こんなところからはさっさと出て、仕事に戻ろう。その前にちょっと甘いものがほしいな。キヅカ、作ってくれないか?」
「は、はい?いきなりですか?」
「キヅカならできるだろう?口に会えば俺専属の料理人にしてやろう」
「父さん!!」
ルーツの口から非難の声がでる。それに対して国王は笑いながら答えた。
「冗談だ。だが、甘いものが欲しいのは事実だな。ダンヒルに何かねだるか」
そういって一行は部屋から出た。もちろん、ユーリも一緒だ。
キヅカがユーリの顔をちらっと見ると、かすかだが笑顔が見えた。それを見て、心の底から無事に終わってよかったと、キヅカは思った。
それから3年。キヅカは王宮を出た。ルーツはもちろん、様々な人から引き留められたが、キヅカは一念発起して自らの店を立ち上げることに決めた。キヅカにとって王宮での暮らしは決して悪いものではなかった。主人であるルーツはキヅカにとって理想の上司であった。
だが、結局、キヅカは料理を作ることが楽しいと感じていた。その気持ちを抑えることができず、一念発起して王都に小さな店を構えた。本当はまだ売れていなかった、というよりも村長の意向で売りに出されていなかったノルプスクエの元フービ・ジョナを改装することを考えていたのだが、ブロムやルーツ、さらには国王までも「せめて王都に店を構えてくれ」と泣きつかれてしまった。さすがにお世話になった、それも王族の面々からそういわれしまっては仕方ない。キヅカは王都に店を構えることにした。
仕入れは基本的にハバネル商会に頼むことにした。仕入れの量などはわからなかったが、ハバネルとカムシロフが素人にも優しく教えてくれた。味付けに関してはフリップも手伝ってくれた。一念発起はしたものの、店の経営や料理自体は素人であったので、ハバネルはじめ、ハバネル家に仕える人たちの助けは非常にありがたかった。
店はカウンター8席とテーブルが2つの小さな店だ。家族経営だし、これくらいがちょうどいいだろう。店の規模に似合わず、冷蔵室も完備している。これはルーツが感謝と退職金代わりに作ってくれた。店の名前は「地球」にした。ルーツからは意味がわからない、と言われたが、自分の故郷の星を店の名前にすることは譲らなかった。
そしていよいよ開店の日。記念すべき最初の客はだれか。店の外の札を開店中にかけ替える。
しばらくは客も来ず、静かな時間が過ぎる。そしてとうとう、店の扉が開いた。
キヅカは大きな声で言った。
「いらっしゃいませ!」
これで本編の最終回になります。次回の投稿をもって最終回とさせていただきます。
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