第10章 ほっとする味 ⑥
いきなり名指しを受け、ジョナンドとキヅカの2人はたじろいだ。
「いきなり、何を言うのだ」
「とぼけてもダメです。エリーが姿をくらましたのち、王子の教育係を経て騎士団長としての立場を確立していたあなたが、急に王宮を去った。そして傭兵向けの店を始めた。そして、ほどなくして1人の女性を雇いました」
プロップの言わんとしていることがわかってしまい、ジョナンドの背中に冷たい汗が流れる。
「長年、その店は繁盛していたようですが、とある人物が来たのち、店を閉めてしまった。その直前には不穏な噂も耳にしていますよ。王宮のメニューを盗作したと。どこで知ったのでしょうかねえ」
ニヤニヤとプロップはジョナンドとキヅカを見る。いくらこの手のやり取りが苦手なキヅカでもプロップの言わんとすることはわかった。
「おやおや?反論はないのですか?では、続けますね。店を閉めた3人のうち、彼女、そのときはテンコ、と名乗っていましたか。テンコさんだけは姿をくらませました。そして2人は誰かの手引きで王宮内に入った」
「・・・・・・」
キヅカは答えることはできなかったが、ここにいる全員がその答えを知っている。
「そして、今回の件です。あまりにも話が出来すぎているとは思いませんか」
プロップは最後に国王に向けて言葉を発し、一礼した。言いたいことはすべて言ったのだろう。ジョナンドもキヅカも、プロップに返す言葉はない。
プロップの言葉に嘘はない。少なくとも後半はすべて正しい。それに、出自が不明であるキヅカがいるのだ。いくら王宮に対して不利益を起こすようなことはしていないと言っても、「油断させるため」「取り入れるため」といった言葉で一蹴されるだろう。そもそも、王宮に対しての忠誠心はあまりないのだ。先程同様、物的証拠がないことだけが頼りだ。
「ふむ。確かにできすぎではあるな」
「ええ。彼女とともに、彼女を弁護している2人も罪人に加えることを提案します」
「なるほど。弁護人の罪と、さらに我が息子の関与まで問う、というのか」
国王が威圧をかける。自分の息子と罪人との関わりを、あろうことか状況証拠だけで一介の貴族に問われ、不機嫌を露わにする。もっとも、それは一瞬ですぐに収める。国王たるもの、自らの息子であっても罪は罪として裁かないといけない時もある。
だが、プロップにはその一瞬で十分だったようだ。すぐさま先程の言葉を撤回する。
「い、いえ。あくまで誰か、でございまして。そこのものはさルーツ様付き従者ですが、騙されてる可能性もあります」
「ま、そういうことにしておこう」
国王は自らを落ち着かせるためにふぅ、と深呼吸をし、部屋にいる騎士に命じた。
「ブロムをここへ」
「はっ!」
騎士は敬礼をするとすぐに部屋を出ていった。しばし、沈黙が部屋を支配する。その支配は、意外と早く解かれた。
「父上、お呼びでございますか」
扉を開けてブロムが入ってきた。相変わらずでっぷりと太ってはいるものの、なんとなく以前にあった傲慢さがないようにキヅカは感じた。
「ブロムよ。10年ほど前にお前に従者がついておったな。名前はエリーと言ったが、覚えてあるか」
「ええ。覚えております」
ブロムの答えを聞いて、国王がユーリを捉えている騎士に合図をする。騎士はユーリを立たせ、ブロムの方に向ける。
「10年も経って、風貌も変わってあろう。父にはどうにも判別がつかぬ。彼女はエリーか?」
国王の疑問に、ブロムは力強く答えた。
「たしかに成長し、だいぶ痩せておりますが、エリーに間違いありません」
絶望的だ、とキヅカは思った。アルフレドの話を聞いても、国王に最も信頼のある第一王子ブロムの言葉だ。ジョナンドとキヅカが何を言ってもダメだろう。プロップの顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
だが、ブロムが放った次の言葉は、ジョナンドとキヅカの口をだらしなく開けさせ、プロップの笑みを凍り付かせ、さらに表情を変えなかったユーリの顔を驚きの色で塗った。
「私が襲われたようにして王宮の悪意から逃した、少女に間違いありません」
国王の眉がピクリと動く。
「ほう。ワシが聞いていた話とは違うようだが?」
「い、いえ!たしかに私はブロム様が襲われ、それを撃退し、肝心のエリーは逃げたと伺いました」
たじたじ、という言葉がぴったり当てはまるかのようにプロップは慌てている。
「それは事実です。ですが、真実ではない」
ブロムは全員を見渡すと、真実をいった。
「私は確かにエリーから夜伽を受けました。ですが、襲われたわけではありません。幼い私のために服を脱ぐのが侍女の仕事だと、とある貴族に言われたそうです」
ブロムはちらりとプロップを見やる。プロップは思わず目を逸らす。とある貴族が誰か、明言しているのも同然の行為である。
「夜伽が何か、知識では知っていました。ですが、その動機が間違っていると、恥ずかしながら私は知りませんでした。私は彼女の行為を受け入れようとしました。しかし、服を脱ぐ少女は手は震えてしました。改めて見ると、何かを決意した顔であり、到底その役割に納得してる様子ではありませんでした」
生々しい内容ではあるが、淡々とブロムは話す。実の父と言えど、国王の前では敬語で話す。その姿にキヅカは驚いた。身分の違いはあれど、あまりにも王子としての風格が普段とは違いすぎるからだ。
キヅカが驚いている間もブロムは話をつづけた。
「私もそういう行為に興味がないわけではなかったのですが、泣きそうな少女を抱くほど、私は落ちぶれていません。どうにかなだめ、話を聞くと誰かに言われてやったようです」
再度ブロムがちらりとプロップのほうに向く。今度はプロップも反応した。
「わ、私がその人物だというのですか!?第一王子と言えど、証拠もなしに疑うのは辞めていただきたい!それが事実だとして、なぜそれをすぐにおっしゃらなかったのですか!?」
「先ほど、証拠もなく私の息子を疑ったのは、どこの誰だったかな」
「僕が言ったところで誰も信じなかっただろうし、むしろ、その場で切り捨てられた可能性もあったからね」
ブロムと国王の言葉にプロップはぐうの音も出ない。それどころか、国王の威圧に縮こまってしまう。国王はごほん、と咳ばらいをして先を促した。
「いずれにしても状況証拠だけで裁くことはしない。今のところ、エリーの罪はないに等しいな」
プロップはその言葉を聞いて慌てた様子で最後の切り札を出した。
「エリーがホズ郷を襲った犯人であるというと、どうですか?」
その場の空気が変わったのがキヅカにもわかった。特にユーリの表情が明らかにこわばり、わずかだが震えているように見える。
とはいえ、キヅカにはホズ卿が誰かがわからない。
「10年ほど前に何者かに襲われた貴族様ですよ」
きょとんとしているキヅカの耳元で誰かの声が聞こえた。キヅカが慌てて振り返ると、そこにはアルフレドがピシりと背筋を伸ばして立っていた。いつの間に入ってきたのか、まったくわからない。1つしかない扉は、開いていないはずだ。キヅカも含めて、誰も気づかないことなんてあるのか。
キヅカはアルフレドの能力に冷や汗が止まらない。
「あ、私がなぜここにいるかですか。気にしないでください。じきにわかりますから」
アルフレドはにこやかに笑いながらキヅカに前を向くように促した。キヅカが視線を戻すと、国王が「どういうことだ」とプロップに問うているところであった。
「そのままの意味ですよ。ホズ卿は事件の後、『銀髪の少女に襲われた』と証言しています。まさに彼女のことだと思いますが?」
国王は「うーん」とうなる。たしかに状況証拠はできすぎだ。ただ、物的証拠はない。唯一あるのはホズ卿の証言のみだ。それも10年も前である。どこまで信頼性があるかどうか。
「父上、いえ、国王。私にも発言をさせてください」
キヅカがどうやって反論しようかと考えていると、突然声が上がった。そちらのほうに目をむけると、そこにはルーツの姿があった。
なるほど。アルフレドはルーツを連れてきたのか。キヅカはチラリとアルフレドのほうを向くと、アルフレドもキヅカのほうを向いて、ニコッと微笑んだ。
「ルーツか。いつ、どこから入ってきたかは気になるが、まあよい。それよりも発言を許可する」
「はい。実は先日、ホズ卿に10年前のことを尋ねました。さすがに記憶が正確ではないところもあるとのことでしたが、少年か少女は不明だということでした。彼の娘にも尋ねてみましたが、やはり不明とのことでした」
「お言葉ですが、10年前のことです。今の証言よりも当時の発言のほうが信ぴょう性があります」
ルーツがいつ、ホズ卿とやらと連絡を取ったかは不明だが、助け船を出そうとしてくれたのだろう。だが、プロップの発言は至極まっとうなものだ。国王もプロップの言葉にうなずく。
「いえ。問題は何を証言したか、ではありません。誰が証言をしたか、ということです」
国王を始め、キヅカもジョナンドもブロムも、そしてプロップでさえもルーツの言っている意味がわからない、という顔をした。平然としているのは当のルーツと、アルフレドのみである。
「ホズ卿は素晴らしい人格者です。犯罪どころか、嘘すらもつきません。彼の発言は正しいのでしょうが、それはすなわち、彼女がすぐに犯人であることを示していない」
「何が言いたいのですか、殿下」
プロップが怒りと恐れを抑えた声でルーツに聞く。
「ここで断罪されるべきはエリーではない。そもそも、彼女はエリーではない。そうですね?ジョナンド殿」
その言葉にジョナンドはハッとした。
「か、彼女は私の娘、ユーリと言います」
「ふむ。なぜ、それを言わなかった?」
「気が動転していたこともありますが、物的証拠がなにもありません。私が彼女を知ったのは王宮を退職した後です。エリーという侍女がいたことは知っています。娘とよく似ていたことは覚えていますが、娘はかの戦争で亡くなったものと思っていました。もっとも、エリーを見て、私のかすかな希望が芽生えたことは否定しません。実際、ノルプスクエで飲食業をやる傍ら、妻の名前と娘の名前を出して人探しをしていました。そこで見つけたのが彼女でした」
ジョナンドの言葉は、半分本当だ。だが、エリーが娘であると知らなかったという事実はない。だが、キヅカは乗り切れるのではないか、と感じていた。ジョナンドとエリーが話しをしているところはほとんどないはずだ。
次回がようやく最終回です。どうか、よろしくお願いいたします。
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