幕間 ~ユーリ視点~
正真正銘の最終回です。
目の前にはあの夜の惨劇がよみがえっていた。
血に染まる自らの手、その血の持ち主の男、そして男の娘。娘の驚きと絶望に満ちた顔。
男は血を流してはいるものの、絶命までは至っていない。この男の命を奪わなければならない。
一方で目の前の娘から一秒でも早く逃げたい。自らの行為を映す鏡から、一刻も早く自分の姿を消したい。
私はその場を離れた。その先にはキヅカがいた。突然現れ、父であるジョナンドに取り入った男。
彼は盗賊に襲われていた。私は迷わず服の裏に仕込んだ短剣を取り出し、盗賊に切りつける。盗賊はものも言わずに倒れた。
私はキヅカのほうを見る。彼の顔は、恐怖でひきつっていて・・・
私は飛び起きた。冷たい石畳に申し訳程度に敷かれた藁。この部屋を区切るのは床に広がる石畳と同じ石壁と、鉄格子であった。
また、この夢だ。何回目だろうか。地下牢に捉えられてからは毎日のように見る夢。私の辿ってきった罪。その報いがいま、自分に降りかかっている。
頭を振り、今の光景を振り払う。
その時、地下牢に誰かが入ってくる音が聞こえた。食事の時間ではない。しかも、どうやら複数人のようだ。
「ジョナンド様、我々はこの女性を危険人物と聞かされています。本当にお二人を残してよろしいのでしょうか」
おそらく騎士であろう、その言葉を聞いて、私は思わず奥歯をかみしめた。私が苦しんでいた時、助けてくれなかった父が、いまさら何をしにきたというのだろう。
「ああ、構わん」
「・・・私はジョナンド様を尊敬しております。しかし、何か良からぬことがあれば、私は貴方を捕縛しないといけません」
「わかっている。お主の想いを裏切ることはないと断言しよう」
会話を終え、騎士が出ていく様子がうかがえた。私は父に顔を向けないように壁のほうを向く。
「ユーリ」
私の本名を呼ぶ。父にはその名前をあまり呼んでほしくはない。母と私の大切な想い出なのだから。
その後も父は私に「どうしたんだ」「何があったか話してみろ」と話しかけてきた。こっちが笑ってしまうくらい必死に。それでも私は無視し続けた。だんだん声を荒げる。この程度の感情もコントロールできないのか、と呆れる。私のほうがよっぽどうまい。
「ジョナンドさん、今日はこれくらいにしておきましょう」
聞き覚えのある、わずかな訛り。忘れるはずもない。夢にまで見る人物だ。その夢は悪夢だが。いずれにしても顔を合わせないように壁を向いていたのは正解だった。今はどういう顔をすればいいかわからない。
幸い、2人は早々に地下牢を後にした。
これでいい。若干の寂しさはあるが、彼らに迷惑をかけることはない。私は心の底からホッとした。
だが、それは間違いだった。ジョナンドもキヅカも、事あるごとに地下牢に入ってきては私とコミュニケーションを取ろうとした。特にキヅカは毎日来ては食事を置いていく。
食事を摂らないのは食事が合わないのではない。私の意地だ。死刑を食らうくらいなら、一人で餓死してやろうと思っていた。だから彼の料理は一切手を付けなかった。それでも彼は毎日来た。
数日後。いつものようにキヅカが地下牢に入ってきた。本当に学習しない。
「今日は肉じゃがを作ってきました」
ニクジャガ。これも聞いたことがない料理だ。彼の料理は奇天烈で、それでいてうまい。
「ガジャイモとフービモーの肉を醤油とブコンで取った出汁だよ。新しく作ったからうまくできたか味見してほしいんだ」
味見なんて誰でもできるだろう。
いつものようにキヅカの言葉を無視しようとしたが、本能がそれを許さなかった。キヅカの持ってきた皿からいい香りが漂ってくる。それは私が忘れようとして、実際に今まで忘れていた腹の虫を刺激した。こうなるともう止められない。
私はフービモーの肉を口に入れる。上質な肉の甘みと、ショーユの塩気がいい塩梅だ。つづいてガジャイモ。ホロホロと口の中でほどけるその芋は味が染みてうまい。ショーユ、というものは私も知っている。塩気が強く、それだけではとてもじゃないが飲めたものではない。だが、この料理の味付けは非常に優しい。ダシ、というものが効いているのだろうか。どこか懐かしい感じもする。
「おいしい」
私は素直に料理の感想を述べた。すでに皿は空になっている。
「よかったです。何も食べてないと聞いたので、心配していました」
キヅカは屈託のない笑顔を私に向ける。その笑顔は私にはまぶしすぎる。思わず私は目をそらす。
「用事は終わったんでしょう?早く帰って。そしてもう二度とここには来ないで。私に関わるとあなたまで疑われるわよ?」
「用事はまだ終わってませんよ」
私が地下牢から出るように言うと、キヅカはそういった。こいつも父と同じなのか。料理という餌をもってくるから、父よりもたちが悪い。
私はため息をついたが、キヅカはここでも私の予想を裏切ることを言った。
「僕はまだ、テンコさんにお礼を言っていません。僕を助けてくれてありがとうございました」
キヅカは深々と頭を下げる。
「・・・やめなさい。私は貴方に礼を言われるほど、きれいな人間じゃない」
「僕はユーリさんという人間を知りません。ですが、テンコさんという人間は知っています。彼女はちょっと人見知りをしますが、本当は優しい人です。そして僕の命を救ってくれました。その事実は変わりません」
「・・・やめて」
「やめません」
「やめてって言ってるでしょ!!」
私は思わず大声を出す。騎士が慌てて駆け寄ってくる。
「・・・気分を害されたらすいません」
そういって騎士とともに去っていく。
これでさすがにもう来ないだろう。胸がチクリと痛むが、気のせいだろう。
私の予想は三度裏切られた。怒鳴られたというのに、性懲りもなくキヅカは私のところに来た。もちろん、無視した。その後もキヅカは連日、ニクジャガとやらを持ってきた。少しずつ味を変えているのだと言ってくるが、無視した。
そんな日が続いて3日目。とうとう私は根負けしてしまった。
「私のこと、怖くないの?」
キヅカは一瞬だけ返答に詰まった。一縷の望みをかけて聞いたことだったが、その望みを打ち砕く間だと感じた。
「まったく怖くないですよ」
ケロッとした顔で答えるキヅカ。信じられることはできない。
「私の手は血まみれよ?貴方なんて一瞬で命を奪うこともできるわ」
「でも、それはしないでしょう?」
キヅカは不思議そうな顔をしている。こちらが不思議だ。
「私はこれまで、何人もの命を奪ってきた。でも、最後に奪ったのはホズ卿の娘。彼女から未来を奪ってしまった。ホズ卿は私に襲われた傷が元で王宮を離れたと聞いたわ。きっと、娘さんの生活も一変したでしょうね」
気付くと私はキヅカに対して自分のことを話し始めた。これは父にも話したことがない。
「その時の私はそれしか生きる術を持たなかった。ブロム様に助けられてからも、私は傭兵として様々な人をこの手にかけてきたわ。犯罪者から、善良な市民までね。仕事は選ばなかった」
キヅカは黙って聞いている。
「父さんと再会して10年。といっても私にはほとんど父さんの記憶はないの。それに、どっちでもよかった。父さんと過ごしたのはあまりにも父さんが一緒に暮らしたい、というから。私の希望問よりも、父さんの希望ね。私にとっては雇い主と店員以上の関係じゃなかったわ」
私はふぅと息をつく。
「まあ、怖くないのは当然かもしれないわね。あなたを助て、目を覚ましたあなたが私を見たとき、貴方は恐怖で引きつっていた。その表情は何回も見たのに、なぜか脳裏に焼き付いて離れなかった。そして私は人を傷つけることができなくなった。傭兵で敵を倒せないのは致命的。おかげでこのざまよ」
「僕はユーリさんのことを怖いと思ったことは一度もありません」
キヅカは私のことをテンコではなく、本名のユーリと呼んだ。
「じゃあ、あの顔はなんだったの?」
「あれは・・・」
キヅカは答えに困る。だが、これは嘘をつこうとしているわけじゃない。純粋に言いにくそうな顔だ。
「恥ずかしい話、非常に怖い夢を見てしまって。でも、本当に怖いと思ったことはないんです」
なんだ。私の早とちりだったのか。
そう思うとなんだか笑えてきた。
「そう」
私はそう呟いた。
「あ」
「え?」
「今、ユーリさん、少しだけ笑っていました」
笑っていた?私が?なぜ?
「僕が料理を作るのは、食べた人が笑顔になってほしいからなんです。だから僕はユーリさんを笑顔にしたい。もっと笑顔がみたい。これは僕だけではありません。ジョナンドさんも同じです」
笑顔なんていらない。私は冷酷な少女。人の命を奪った人間に、幸せに笑う資格なんかない。
「みんな、幸せに笑う権利はあります。もちろん、罪は背負わなければなりません。それは時間が経ってもかわりない。それでも幸せになる、なろうとする権利はあるんです」
それに、とキヅカは続けた。
「ジョナンドさんはたぶん知っていましたよ。ユーリさんのことを」
「・・・嘘」
「ジョナンドさんはあなたに日の当たるところで生きていてほしくて、一緒に店をやってたんだと思いますよ。ユーリからテンコに名前も変えて。もう一度家族として幸せな日常を過ごしたかったのではないですか」
私は答えることができなかった。
「もう一度、みんなで暮らしましょう。そのために、僕はできることをします」
キヅカはそれだけ言い残してその場を去った。私は彼の背中を見送ったが、その背中は滲んでよく見えなかった。涙、という存在は知っていたが、それが私にも流れることは初めて知った。
それからさらに数日後。私の裁判が開かれることになった。キヅカは毎日料理をもってやってきた。私も少しだけ話をするようになった。裁判当日になって、私は憂鬱になった。地下牢での生活は満足ではなかったが、キヅカと話をする時間は楽しかった。もうそんな日は来ないだろう。
地下牢に入るときと出るときで、真逆の気持ちになっていることに気づき、と自虐的に笑った。もう一度、みんなと一緒に暮らしたい。そう思うことも、許されるのだろうか。
裁判ではまさかの展開であった。父さんとキヅカはもちろん、第1王子であるブロム様に、面識がほとんどないルーツ様まで加わり、私の罪は証拠不十分で咎められることはなかった。
「依頼は失敗したかもしれないが、気にすることはない。お主の罪は問わぬ。すまなかったな」
国王は私に向かって頭を下げた。そして後ろ手に縛られていた縄が解かれる。元凶でもあるプロップが抗議の声を上げるが、国王には届かない。
すべてが終わると、父さんが私の近くに歩み寄ってきた。そして、言いにくそうに一言、つぶやいた。
「おかえり、ユーリ。無事、でもないが、よく帰ってきてくれた」
その言葉を聞いて、私は胸が暖かくなった。
「ただいま、父さん」
そういうと父さんは驚いた顔で私のほうを見つめた。そういえば父さんと呼んだのは初めてかもしれない。
それから15年の月日が流れた。私は今、「地球」という店で働いている。この店のオーナーはキヅカだ。そしてキヅカは私の夫でもある。
「ぱぱ!ちゅもんきたよ!」
「きたよ!」
2人の間には6歳になる娘と4歳になる息子がいる。幼いながらも店を手伝ってくれる働き者だ。
「あいよ!」
キヅカが厨房で返事をする。
「しかし、キヅカの子どもも少し見ないうちにすっかり大きくなったなあ」
「本当にな。儂も歳をとるはずだ」
「何を言ってるんですか。まだまだ頑張ってもらわないと」
「・・・」
テーブル席でそういいあうのは、すでに常連となった王族一家だ。今では国王陛下を始め、3兄弟すべてがお忍びとしてこの店に来る。あまりにも溶け込みすぎてほとんどの人が王族とは気づかない。
他の席も満席だ。出来上がった料理を娘が慎重に運んでいる。その後ろから弟も取り皿をもってついていく。その様子を客が暖かく見守っている。
「変なことを考えていたろう?」
いつの間にか厨房から出てきたキヅカが私の頭をポンと叩く。
「幸せになる資格は、誰にでもあるんだ。俺も、ユーリも、ここにいるみんなも、な」
「・・・うん」
私は小さくうなずいた。
人を殺めたという十字架は消えない。だけどそんな私を「幸せになっていい」と言ってくれる人がいる。その都度、私は思い出す。
私は幸せであるということを。
正真正銘の最終回です。
特に第10章は駆け足になってしまいましたが、ちゃんと完結できてほっとしています。
結局、主人公は成り上がることなく終わってしまいましたが、キヅカは成り上がる気はなかったようですね。登場人物がこの世界で幸せになってほしいなあ、と心の底から願っています。
本当に最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。またいつか、どこかの作品でお会いできることを楽しみにしています。
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