第10章 ほっとする味 ④
休みをもらったキヅカは、その3日間で料理をすることはなかった。その代わり、毎日市場に通い、そこに並んでいる食材を見て回った。概ね同じ食材が並んでいるが、たまに変わった魚や加工品が並んでいることがあり、それを見るだけでもキヅカは楽しかった。
3日目にはさすがに顔を覚えられ、人によっては声をかけられることもあった。キヅカは「将来の勉強のため」とごまかしながら人との会話をかわしていった。3日連続で市場に来ているにもかかわらず、購入したものと言えば少年から買った魚醤3本だけだ。その魚醤も王宮厨房の冷蔵庫とハバネル邸の冷蔵庫に眠っている。癖のある調味料であり、なかなか使いこなすのは難しいようだが、とりあえず焼いた肉にかけるという使い方をしているようだ。
キヅカは市場を探索したのち、2-3軒の食べ物屋に入った。どのような料理が好まれるのかを見て回るためだ。味に関しては全体的に薄味に感じるものの、雑多な調理法が見受けられた。ただし、スープに関してはやはり発達していないこと、油が高価であり、揚げ物が少ないことが特徴として挙げられた。
午後からは文字の練習がてら、紙にレシピを書き連ねることをしていたが、一方でキヅカが休暇であることを知った王宮厨房の料理人たちへのレクチャーもしていた。最初はそのような料理の腕をしていないと断ったのだが、特にアンブラーの押しが強く、根負けしてしまった。
このように、3日間の休暇はキヅカにとっても王宮厨房の面々にとっても有意義なものとなったが、目的の一つであるテンコの捜索に関しては一向に進まなかった。
キヅカがルーツの執事としての職務に戻ると、ルーツはやややつれた様子であった。何をしていたのかは定かではないが、やや無理をしているようだ。現実を突きつけられ、ちょっとでも後れを取り戻そうとしているのだろう。身体を心配したキヅカであるが、「男に心配されてもうれしくないな」と冗談を飛ばす余裕があったようなので、これ以上は身体のことを聞くことはしなかった。
特に大きな問題もおこらずに7日が経った。キヅカはルーツの昼食後、いつも通りに部屋でお茶を淹れていると、部屋のドアがノックされた。ノックをした人物、おそらく騎士だろうが、彼が要件を伝える。
「キヅカ殿にジョナンド殿が会いたいと見えられています」
「僕に?」
キヅカは思わず聞き返した。確かに、ルーツに来客の予定はなかったのだが、かといってキヅカにもあるわけがない。ただ、わざわざジョナンドがキヅカに会いに来る、ということは緊急の幼児なのだろう。
「わかった、すぐに行く」
そう答えたのはキヅカではなく、ルーツであった。
「あの、申し上げにくいのですが、キヅカ殿のみで、とのことです」
「ふむ。2人で聞かれたくない話か。それとも、キヅカを私の元から離して1人にするつもりか」
「そ、そんなことはないと思いますが!」
キヅカはあらぬ疑いをかけられ、慌てて否定する。
「冗談だ。ただ、キヅカにとってはどうかしらないが、私にとってキヅカは大事な人物。何かあれば相談してくれ」
「ルーツ様とはいえ、男の人に『大事な人物』と言われても、あまりうれしくないですね」
キヅカは冗談めかして言う。案内に来た騎士が何か言いたげに眉を顰めるが、言葉を発する前にルーツが笑った。
「違いない。だが、何かあれば相談してほしい、というのは本音だ」
「承知しております。ありがたきお心遣いにございます」
キヅカは深々と頭を下げ、部屋を出た。
休暇が明けた直後、ルーツの体調を心配を笑った彼の言葉をそのまま使って意向返ししたわけだが、ありがたかったのは事実だ。そのうち、彼の元を離れるとしても、傍にいる間は大いに頼り、頼ってもらいたいとはキヅカも思っている。
「キヅカ、すまないな」
応接室に入ると、扉が閉まる前に中にいたジョナンドがキヅカに声をかけた。キヅカは騎士に礼を言った後、ジョナンドのほうを向いた。
「いえ、ちょうど次の予定まで時間があり、食後の休憩をしているところでした。それよりも急に呼び出すなんて、何かあったんですか」
「早速本題だが、今朝、テンコが牢屋に入れられた」
「・・・本当なんですか?」
テンコの話であろう、というのはうすうすわかっていた。おそらく、見つかった、という内容だと思ってはいたが、まさか捕まっていたとは思わなかった。それに、彼女が捕まる理由は、一つしか思いつかない。
「まさか、盗賊を殺した罪で、なんてことは・・・」
キヅカが知っている唯一の懸念材料は、キヅカが盗賊に襲われたときに助けてくれたときのテンコの姿であるが、ジョナンドは首を横に振った。
「それは問題ないだろう。詳しくは知らないが、少なくとも市民権を持たない人間が街の外で殺されても問題視はしまい」
「じゃあなんで?」
「俺も詳しくは知らないのだが、どうやらどこぞの貴族の馬車の護衛任務に失敗したらしい」
「護衛任務?」
「ああ。ここからはテンコ、いや、ユーリとの関係を話す必要がある。そもそも、俺とユーリは親子だ」
「ええ!?そうなんですか!?」
ガタイのいいジョナンドと、華奢に見えるテンコ改めユーリ。顔も雰囲気もあまり似ているとはいいがたいが、その理由は直後にジョナンドの口から明らかになった。
「驚くのも無理がない。俺とユーリは似ても似つかないからな。ユーリは妻の連れ子なんだ」
ジョナンドの言葉を聞いてキヅカは納得した。その後もジョナンドは自分とユーリの関係について話をつづけた。
父親と死別したユーリは母親とともに辺境の地に住んでいた。辺境といっても比較的栄えており、ユーリの母が仕事に困ることもなかったという。慎ましやかに過ごしていたユーリの母に、巡回にその街を訪れたジョナンドは一目惚れした。ジョナンドは巡回が終わると即座に休暇を取り、ユーリの母にアタックした。彼女も最初は身分の違い等、理由をつけて断っていたが、最終的にジョナンドの熱意に負け、ジョナンドのプロポーズを受けた。彼女の連れ子であるユーリも、徐々にジョナンドに慣れていった。
彼女は仕事を辞め、身辺整理をした。そして、ジョナンドの迎えとともに王都に向かうわずか数日前、ジョナンドに信じられない報告が入ってきた。ある街が落とされた、と。
「俺はその街の名前を聞いて、信じることができなかった。いくら、この国の連絡網が優れていて、誤報である可能性がわずかであったとしても、だ。ゼロじゃない。だが、その願望は、街に着いた時に絶望に変わったよ」
ジョナンドが目を瞑る。思い出しているのだろうか、あるいは思い出さないようにしているのか。
予定よりわずか数日、早くその街を訪れたジョナンドの目に飛び込んできたのは、数日後に目にするはずだった街並みとは大きく異なっていた。街を守っていた壁はボロボロになり、建物も原型を残しているもののほうが少ない。
ジョナンドはそれでも自らを奮い立たせた。妻と娘になるはずの女性が住んでいた家へと急ぐ。だが、その場所にはがれきの山しかなく、とても元の面影を残していない。ジョナンドはとうとう膝をつきそうになったが、なんとか踏みとどまる。その顔は、一人の男性から騎士の顔に変わっていた。
「残念ながら、わずかにいた生存者の中にも妻も娘の名前もなかった。数年後、王宮内で彼女の姿を見るまでは、死んだものと思っていた」
ユーリは当時10歳のブロム付き侍女としてわずか12歳で登用されたと王宮内で話題になった。
「ユーリは誰に教わったのか、武術の腕も優れていてな。新兵程度では相手にならなかった。俺は何かと理由をつけて相手にはしなかった。いや、できなかったというほうが正しい。むこうが俺のことを認識していたかはわからんが」
評価がうなぎ上りだった彼女が姿を消したのは、わずか数か月後のことだった。
「俺はブロム様を問い詰めたが、頑なに『わからん』と返されてしまった。結局、俺は騎士を辞め、情報が集まりやすいノルプスクエで肉屋を始めたんだ」
ジョナンドの予想通り、情報はすぐに集まった。その中でも注目したのが「伝説の傭兵」である。腕の立つ傭兵らしいのだが、その素顔はフードを被っていて不明。男か女かもわからない。傭兵は腕が立つほど仕事も多く来る。裏の仕事しかしていなければ可能性はあるが、噂で出るくらいだ。表の仕事もやっているはず。
何かある、と感じたジョナンドは伝説の傭兵にメッセージを残した。母の名前を入れて。
「俺は彼女に父親になるはずだったと伝えた。母を守れず、王宮でも名乗らず、本当に自分勝手な男だと思う。だが、ユーリは許してくれた。そのあとはお前の知ってる通りだ」
ジョナンドは話を終え、ふぅ、と息を吐いた。すでにルーツの元を離れて半刻ほど経っていた。
「なるほど、そんなことがあったのですね」
キヅカはあくびをかみ殺しながら、真剣な表情で答えた。ジョナンドとユーリの話は涙なしには聞けない内容では確かにあったのだが、さすがに長すぎた。
「おそらく、王都で別れてからは傭兵として働いていたのだろうが、何の因果か王宮の仕事を請け負い、失敗したらしい。もっとも、盗賊に襲われただけで被害は軽微だったらしいのだが」
「ふーん。それだけで捕まるもんなんですか?」
「いや、そうはならんだろう。おそらく、何かの陰謀がある。何か知りえない情報を持ってしまったか、あるいは王宮にいたころのことか。俺はどっちかというと今回のことはたまたまな気はしてるけどな」
「ジョナンドさんはこれからどうするんですか?」
「頃合いをみてユーリに面会を申し込んでみようと思う」
「僕も連れて行ってもらってもいいですか?伝えたいことがあるんです」
「もちろん、そのつもりだ」
「あと、このことをルーツ様にお話しても?」
「うーん。正直、話しても問題はない。というよりも、これだけ長い間、ルーツを連れ出したんだ。話さざるを得んだろう。だが、あまり首を突っ込んでほしくない、という気持ちもある。あくまで俺個人の問題だからな」
ジョナンドはそういった。キヅカも似たような気持ではある。ユーリを救いたいという気持ちもあるが、拘束されている理由もわかっていないのだ。もしかしたらまっとうな理由が原因かもしれない。そうであればルーツの立場は非常に苦しくなってしまう。
キヅカはうなずいた。ジョナンドは「日が決まったらまた伝える」といってキヅカと分かれた。
キヅカがルーツの部屋に戻ると、ルーツとともにアルフレドがいた。
「ルーツ様、ただいま戻りました。長い間、席を外してすいません。アルフレドさん。来られたんですね。今日は来られないかと思っていました」
「たまたま近くを通りかかったらルーツ様がおひとりでしたのでね」
「いや、この部屋の近くを通りかかるって、どんな生活をしてるんだよ」
ルーツがアルフレドにツッコミを入れる。確かにルーツを始め、王族の自室は王宮の中でももっとも奥まったところにあり、日常生活で通りかかるような場所ではない。
「まあ、いい。ルーツも大事な話だったのだろう。ところで、それは私に話せる内容か?」
ルーツはキヅカに優しくいった。てっきり、話せと命令されるかと思ったキヅカは面食らった。正直に話すかどうかを一瞬迷ったが、最終的には簡単にルーツに話すことにした。
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