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冴えない僕が料理人になって成り上がったった  作者: 御節 数の子
第10章 ほっとする味
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第10章 ほっとする味 ③

ルーツが王位を目指すと決意表明をし、その決意を教育担当であったジョナンドとアルフレドにへし折られた翌日、キヅカは2日間の休みをルーツ自身から言い渡された。表向きはルーツに仕えてから数か月、一切の休みがなかったためということだが、ショックで寝込んでいないかどうか、心配であった。


キヅカがちらりとルーツの部屋を覗くと、早朝にもかかわらずルーツとアルフレドが真剣な顔で何かを話し合っている様子であった。ルーツはドアが開いたことすら気づいていない様子であったが、アルフレドと目が合ったので彼は気づいているようだった。アルフレドがわずかに首を横に振ったので、キヅカはそのままそっとドアを閉めた。


キヅカはそのまま自室に帰り、数少ない私服に着替えて街に出た。


昨日のアルフレドやジョナンドの言葉は、キヅカにも刺さった。今はまさにそうだが、キヅカも流れに身を任せて数か月を生きた。幸い、今は安定した生活を手に入れている。うぬぼれではなく、自分はルーツに気に入られていると思う。よっぽどのことをやらかさない限り、キヅカはルーツの傍にいることができるだろう。


アルフレドはこのままだとルーツは辺境の地へ赴任することになるといった。おそらく、キヅカもついていかざるを得なくなる。拾ってもらったルーツには申し訳ないのだが、正直、キヅカはあまり気が進まなかった。最悪のケースと捉えて、今のうちに自立の道を探るのがベストだろうと、判断した。


街に出てきたのは2つの目的があった。


まず一つは市場へ行って食材を見ること。王都に来て2日目に市場は見廻ったのだが、あのときは余裕もなかった。その時からキヅカは時間を使って市場を見廻りたいと思っていたのだ。


もう一つはハバネル邸の料理長フリップの言葉だった。


「なんなら自分で店を持つこともできると思うけどな」


自分の店、というのはキヅカの夢、というより憧れであった。残念ながらキヅカは料理の道に進むことも、それを目指すこともしなかったわけだが、この世界ではそれも可能かもしれない。


もっとも、漠然と店を構えるとしても、王都の店がどのようなものか、立地はどうか、あるいは土地代はいくらかかるのか。キヅカには知らないことが多すぎた。それを一つでも潰すために、キヅカは王都に勤めている給料を使って食べ歩きをする予定であった。


キヅカはまず、市場に向かう。様々な魚、野菜、果物、そして肉が並んでいる。太陽もしっかり上った時間ということもあり、主婦と思われる女性客も多い。その分、客引きの気合も入り、活気にあふれている。


キヅカは様々な店を覗き、時には試食をした。見た目はそうでもないのに、口にすると激辛野菜を試食させられ、店主に笑われるなどしたが、その分、甘い果物をごちそうになったり、人情あふれる市場だと実感した。


屋根に囲まれた市場の外には、店舗を構えない商人が商品を並べていた。キヅカはとある人物の前で足を止める。


「やあ、久しぶりだね」


「あ、いつかのお兄さん」


キヅカが足を止めたのは、魚醤を売っている少年だった。


「遅くなってごめんな。今日もあるかい?」


「うん。今日は3本あるけど、どれくらいいる?」


「3本とももらうよ」


キヅカは少年にお金を払い、瓶をカバンにしまって市場を後にしようとした。そのとき、ふとフードを被った人物と目が合った。一瞬ではあったが、その人物をキヅカが知っているように思えた。


キヅカは名前を呼ぼうとしたが、その前にフードの人物は踵を返す。キヅカは慌てておった。キヅカが行きついた先は、裏路地の入口であった。すでに目的の人物の姿は見えない。キヅカは路地に入ろうか迷った。その人物がキヅカの知る人物かどうかははっきりしない。だが、一言、言いたいことがあるのは事実であった。


キヅカは「よし」といって裏路地に足を踏み出そうとしたが、その前に肩を掴まれた。


「!!」


キヅカは手を払いのけ、距離を取りながら後ろを振り返る。とっさのことであり、思ったよりも距離が出てしまったが、幸い、誰かを巻き込むことはなかった。


「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」


キヅカの後ろ、今は前に立っていたのはキヅカの盾も横も1.5倍はありそうな大柄な男だった。彼は両手を上げ、敵意がないことを示す。キヅカも警戒も解いた。


「おまえさん、その道の先に何があるのか、知ってるのか?」


「いえ。ただ、知り合いに似た人がこの先に入っていったようなので、追いかけるかどうか迷っていたところです」


「そうか。この先はスラムになっていてな。特に治安が悪い。なんどか騎士団にもお世話になっている。お前の身なりをみるに、そこに用事があるようには見えなくてな」


「そうなんですね」


スラム、と聞いてキヅカは鼻白む。さすがにそれを聞いてこれ以上の検索をすることを辞めた。


「ありがとうございます。これ以上は辞めておきます」


「ああ。それが無難だろう。なに。お前が会いたいと思ってれば、そのうち会えるさ」


がっはっは、と笑いながらも男は去っていった。


「あ、名前を聞くのを忘れた」


突然のことであっけにとられていたが、彼の言葉を借りるなら、会いたいと思えばそのうち会えるのだろう。


キヅカは改めて市場を後にして王宮に戻った。そのままの足で訓練所に向かう。キヅカが訓練所に付くと、ちょうど昼休憩になったところであった。キヅカが訓練所の中に入って、最初に出会った騎士はハルフォードだった。


「あ、お前は・・・」


キヅカは気づかないふりをしようとしたが、ハルフォードが先に声をかけてきた。昨日、あんなことがあったので気まずい。


「は、ハルフォード様。お怪我は大丈夫ですか?」


キヅカはなんとか言葉を絞り出す。


「ははは。お前ごときの槍など蚊に刺された程度だ・・・と言いたいがな。どうやら肋骨が折れているらしい。しばらくは安静だ」


「す、すいません」


「いや。お前のせいではない。油断した俺が悪いのだ。この痛みを忘れることなく、精進していくつもりだ」


ジョナンドの言う通り、ハルフォードはキヅカに対して何の感情も持っていないようだ。それにキヅカはほっとする。


「ところで、ジョナンド様(・)に用か?」


「え、ええ」


ジョナンドへの敬称も変わっており、戸惑うキヅカ。


「ジョナンド様ならもうすぐ来ると思うぞ」


そういうとハルフォードは立ち去った。それと入れ替わる形でジョナンドがキヅカの前に現れた。すれ違いざま、2人が一言二言、会話を交わす。この2人にもわだかまりはないようだ。


「キヅカか。2日連続でくるなんて珍しいな。何かあったのか?」


「実はテンコさんらしき人を市場で見たんです」


「ふむ」


ジョナンドの眉がピクリと動くのがわかった。


「追っていくと裏路地に入っていきました。そこで名前を聞き忘れたんですけど、とある人に呼び止められてスラムにつながっている、ということで。とりあえずジョナンドさんに相談しようかと」


「そうだな。飯でも食いながら考えるか」


キヅカとジョナンドは騎士や従者たちが使う食堂に向かう。バイキング形式になっており、好きなものを自由に選べる。キヅカの倍くらいの皿をとったジョナンドは、キヅカとともに隅の席に座った。


「で、テンコのことだが、キヅカはどうしたいんだ?」


「どうしたい、とは?」


「テンコはテンコの生活がある。スラムに入っていたことを考えると心配ではあるが、それなりに元気だったのだろう?」


「え、ええ。フードを被っていたので何とも言えませんが、どこかを怪我している様子ではありませんでした」


「それならばわざわざ追っていく必要はないだろう。それに、キヅカが見た人物がテンコだと確証はないんだろう?」


「え、ええ」


キヅカはジョナンドの言葉にうなずいた。目が一瞬あったとはいえ、フードを被っており、その姿をちゃんと見ることはできていない。なのでこの会話に嘘はないのだが、キヅカにはどこか確信があった。あの人物はテンコである、と。


「ところで、今日、ルーツ様と一緒にいなくてもいいのか?」


「それが、なぜか今朝に3日間のお暇をいただきまして」


「なるほど」


ジョナンドはうんうんとうなずくしぐさを見せた。


キヅカが訝し気に見ていると、ジョナンドはキヅカに聞いてきた。


「キヅカよ。ルーツ様はなんでいきなりあんなことを言い出したと思う?」


そんなことを言われも、キヅカはまったく思い浮かばない。キヅカとルーツがであったのはわずか数か月前だし、この王宮に勤めてからも2か月程度しか経っていないのだ。


キヅカが首を横に振ると、ジョナンドは楽しそうに言った。


「シリエル姫のラブラブっぷりにあてられたのさ」


それでもキヅカは意味がわからない、という顔をしていると、ジョナンドが小声でささやいた。


「実はな、ルーツ様はシリエル姫にホの字だったんだ」


キヅカは純粋に驚いた、わけでもなかった。シリエル姫との関りは聞いたが、会ってもおかしくはないと思ったからだ。


「隣国の暴れ姫と言われるシリエル姫。第三王子としては十分にチャンスはあったはずなんだ。だが、シリエル姫、というかモナセラ国が選んだのはガノック国のネルスン王子だった。同じ第三王子だが、ネルスン様は剣技にも優れ市民の生活にも精通しており、民にも慕われている。自分との違いを大いに感じられたのだろう」


「しかし、あそこまで言う必要はなかったのでは・・・?」


キヅカはルーツの隣でアルフレドとジョナンドに非難されている姿をみて、心を痛めていたのだ。執事と騎士が、王族であるルーツに対して放つ言葉ではないと、キヅカは感じていた。


「まあ、事実だからな。ああいうときはとことんまで落としたほうがいいんだ。下手におだてても何もならない」


ジョナンドはズバリと言ってのけた。こういうところは教育者向きなのだろう。


「キヅカに暇を出した、ということは今は図書室かどこかで勉強をしておられるのだろう。早朝には訓練所にも見えていた。あの言葉は本気だったとみていいな」


「あの、あの時におっしゃっていたアレ(・・)は無理なんですかね?」


さすがに国王陛下の座を狙っている、とは言えない。まったく他意はないのであるが、勘違いしやすい内容である。周りに人はいなさそうだが、どこでだれが聞き耳を立てているかはわからない。


「ああ、本気だろうが、まず無理だろう。辺境の地での統治も簡単ではない。辺境でも栄えている街はある。そうではない以上、何かしらの理由があるのだ」


「確かにそうですね」


キヅカはうなずいた。辺境の地であれば交通の便は悪いだろう。よっぽどじゃなければ商人が足を運ばないだろう。出稼ぎをしようにも、教育の質も悪そうだ。足元を見られてしまっては何もならない。


「ただ、これから頑張ればノルプスクエを任される可能性はある。エビルプルッアの功績は大きい。交通の要であるノルプスクエでエビルプルッアの取引の元締めを任せられる下地はある。武術も特化していないだけでセンスはある。血の気の多い傭兵相手でも侮られない。もっとも、右腕といえる部下がいないからな。だいぶ遠い道のりだと思うが」


ジョナンドは言い終わると立ち上がった。いつの間にかトレイに所狭しと並べられた料理が空になっている。昼休憩も終わりのようだ。


「俺は騎士団に所属してるし、アルフレド殿ももう引退してもいい歳だ。お前はどうするんだ?それは考えておいたほうがいいぞ」


ジョナンドはそう言い残して訓練所に戻っていった。

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