第10章 ほっとする味 ②
ジョナンドは訓練着から普段着に着替え、キヅカとともに訓練所を後にした。
「ハルフォード様は大丈夫ですか?僕に仕返しなんてことは・・・」
キヅカはおずおずと聞いた。公衆の面前で恥をかかせた自信満々の男を打ち負かしたのだ。よくて再戦、最悪の場合、闇討ちもあるかもしれない。
「いや、大丈夫だろう。彼も立派な騎士だ。もし、何かあったら俺に言ってくれ」
「そうですか」
ジョナンドに言われてキヅカは胸をなでおろす。
「本当にあいつは立派な騎士になるだろう。だが、若い時はその実力が仇になってあっさり死んでしまうものだ。それにあいつが気づいてくれればいいが・・・」
ジョナンドは少しだけ遠い目をした。そこにはジョナンドとともに戦場に立ち、若くして散っていった仲間が映っているのだろう。
一方、キヅカはジョナンドの口から出た死という言葉に反応していた。キヅカも王都を離れた際、盗賊に襲われて命を落とすところであった。テンコにすんでのところで命を助けられたが、思い返せば自分自身の油断が招いたこと、といえるだろう。
そういえばテンコさんは元気にやっているだろうか。
キヅカは命の恩人に思いをはせた。キヅカを助けてからしばらくして、彼女は忽然と姿を消した。ジョナンドには「家族の都合」という伝言を残したとのことだが、キヅカは命を助けてもらった感謝を伝えられていないのが心残りであった。
「そういえばルーツ様は俺に何の用があるのだろう」
重くなった空気を取り払うかのように、ジョナンドは話題を変えた。
「それが僕も聞かされていないんです。とりあえず、ジョナンドさんを呼んできてほしい、とだけ」
「思い当たることはないなあ」
ジョナンドはうなった。特に目立った会話もなく、キヅカとジョナンドはルーツの部屋に入る。もちろん、身体検査を受けてからだ。
「失礼します。ジョナンド、様をお連れしました」
目上の人への敬称として「様」をつけるように言われているキヅカではあるが、この世界に来てからずっと「さん」と呼んでいたキヅカにとって、「様」という敬称をジョナンドに付けることは違和感しかなく、ここでも一瞬詰まってしまったが、ルーツもジョナンドもそのような細かいことは気にしなかった。
ルーツが立ち上がってジョナンドを迎えた。
「ジョナンド、よく来てくれたな」
「いえ、さっそくですが、ご用件は何でしょうか」
「うむ。少し相談というか、決意表明をしようかと思ってな」
ルーツが少し緊張気味に言い放った。
「今まで私は王位というものに興味はなく過ごしてきたが、少し改めようと思う」
「ふむ。すなわち、それは国王の座を狙う、ということですかな?」
「まあ、そういうことになるな」
キヅカはその言葉を聞いて「しまった」と思った。そもそも、この手の権力争いに巻き込まれたくないために祝宴でも自分の名前を隠したのだ。今でこそ執事としてルーツの傍に仕えるが、ルーツ自身にあまり野心を感じなかったことと、自分の身の安全と生活を考えた上での選択だったのだ。ここで彼が権力争いに加わるとなると話が変わる。途端にこの仕事を辞めたくなってくる。
「なるほど。では、ご自身の立ち位置を確認しませんとな」
キヅカが内心、慌てているのとは裏腹に、落ち着き払った声でアルフレドが言った。
「立ち位置?」
「そうですな。例えば第一王子であるブロム様には、幼少期から培われた人脈がありますな。商人から貴族上官に至るまで、かなり幅広いですな。第二王子のバルガス様はその武力が魅力ですな。戦術にも優れ、お若いながらも出世街道まっしぐらですな」
「バルガス様の称号は男爵だが、その実力は称号に相応しくない。実績さえあれば今すぐにでも侯爵や公爵の称号を賜ってもおかしくないだろう。もちろん、将来の騎士団長は間違いない」
騎士団にいるジョナンドが補足する。幼い頃に指導している教え子の腕前とセンス、あるいは努力は彼が一番よく知ってるだろう。
「で、このお二方に対して、ルーツ様の勝てる場所はありますかな?」
「それを埋めるために努力を・・・」
「甘いですな」
アルフレドがルーツの言葉を遮った。
「仮に今から武術の習得を目指したところで、バルガス様の足元に及ぶかどうか。人脈に関してもほぼ、ブロム様の息がかかっています。辺境の弱小貴族くらいでしょうな。もっとも、彼らは自らの生活に手一杯で、こちらのことを気にかける余裕はないでしょうがな」
「しかし、私も人並みに王族としての能力はあるつもりだ。まだまだ父上はご存命だ。時間はあるだろう」
「たしかに時間はありますな。ただ、その時間はお二方にとっても時間があるということですな。幼少期から国王の地位を目指して人脈を広げる術を身につけたブロム様、サロハ国を支えるために裏方として騎士を目指したバルガス様と、流れに身を任せ続けたルーツ様との差ですな」
「先ほどは強み、と言ったな。ブロムの市井での行為はアルフレドも知ってるだろう。ジョナンドの店は自ら被害に遭ったはずだ。それにバルガスは騎士としての能力はあっても、政治家としての能力はどうだろうか」
「ブロム様の行動に関しては私も存じてますな。ただ、それは国王陛下自ら時間をかけて教育されるでしょうな。少々性格に難があっても、得意な人脈と政治力で解決されますな。性格が悪くても腕のいい騎士の方が、性格がいいだけの騎士よりも命を守ってくれますな。バルガス様も同じですな。時間をかけていけばいいのですな」
「ぐっ・・・」
執事であるジョナンドに言いたい放題言われ、その都度言い返していたルーツだが、さすがに自らの言葉を使われて反論されて言葉に詰まる。
「あのー」
アルフレドの言葉がズキズキと刺さったキヅカだったが、ふとした疑問を聞くためにおずおずと手を挙げた。
「ルーツ様の評価がかなり低いように感じるのですが、本当の評価なのでしょうか?」
キヅカの疑問に応えたのは、アルフレドではなくジョナンドだった。
「ルーツ様には申し訳ないのだが、概ね正しいと言わざるを得ないな。国王陛下の評価までここまで低いかはわからんが」
「それに、ブロム様の評価が低ければ多少なりともこちらに貴族の面会が来るはずですな。それがないのが、一番の証拠ですな」
「僕はハバネル様のご紹介でルーツ様にお会いしましたが」
キヅカがいうが、アルフレドは首を横に振る。
「ハバネル商会は新生の商会ですな。隙間産業を狙ってルーツ様に顔繋ぎをしていたのでしょうな。もちろん、ルーツ様以上にブロム様を懇意にしていますな。他の商人との顔繋ぎもできますな」
キヅカはハバネルに連れられて初めて王宮に入り、ブロムと顔を合わせた時を思い出した。たしかにブロムとは親しい関係であることはうかがい知れた。
「結果的にハバネル様はキヅカ殿と出会うためにルーツ様と顔繋ぎしていたと言っても過言ではないですな。ちなみに、キヅカ殿がハバネル邸で作ったスープ、国王陛下の元に運んだのはハバネル様ですな。もっとも、ブロム様に阻止されておりましたが」
「兄さま、せこい真似をするなぁ」
「せこいと言いますが、相手の利を奪うと言う意味では最高の立ち回りですな。それに、あのパーティで用意された肉はエビルプルッアを食べさせたフービモーらしいのですな。もちろん、国王陛下も口にされてましたな」
「じゃあ、キヅカ殿のスープは口にせず、兄様の料理だけを口にしたのか!?」
「い、いえ!あまりお食事を摂られないということでしたので、作ったスープにトメィトゥ、卵、細かく切ったバーラーを混ぜ、ズーチーをまぶしたものをご用意しました。料理長に運んでいただいたのですが、お口にはしていただけたと伺ってます」
キヅカは慌てて国王との約束を守ったとフォローを入れる。
「毎年悩まされる二日酔いがマシであったと、かなり好評価だったようですな」
キヅカが自分で言うのもどうかと思った国王の評価を、アルフレドが補足する。少し恥ずかしいので、キヅカは話題を変えた。
「ち、ちなみに、仮に国王になれなかった兄弟はどうなるのですか?」
「廃嫡にはならんでしょうが、辺境の領地へ派遣でしょうな」
「まぁ、辺境の地を治めるのも悪くはないと思ってるがね」
自虐気味に言うルーツに対し、今度はジョナンドが眉を顰めた。
「ルーツ様。恐れいりますが、騎士として辺境の地へ赴いた人間としてすこし口を挟ませていただきたい」
「と、いうと?」
「辺境の地、というのはそれなりに理由がございます。その一つに交通の便が悪いこと、そして特産品がないことが挙げられます」
「ふむ。特産品がなければ作れば良かろう。難しいと思うが、何かしら在るはずだ」
「それがあれば苦労はしません。それにそういった土地に住むものは自分の生活で精一杯でございます。土地の発展を望む者もいるかもしれませんが、それよりも明日の飯を心配しています。『やる気のある領主は歓迎するが、正直今以上の仕事を増やして欲しくない。税は納めるから何もしてほしかない』。これは実際の領民から聞いた言葉でございます」
「しかし、自分の生活が豊かになるのであれば、それに越したことだろう」
「その余裕と気力がないのでございます。それをルーツ様お一人で証明できるのであれば領民もついてきましょうが、仮に特産品ができたとして、交通の便の悪さを差し引いてまで取引をする商人のあてはありますか?」
「ちなみにブロム様の肉に関してですが、件の祝宴のあと、お抱えの商人や貴族の伝手でエビルプルッアの繁殖が本格化した折、エビルプルッアを餌にしたフービモーを特別に用意してもらったそうです。それくらいの実行力がブロム様にはおありです」
アルフレドが補足する。
「また、そういった土地は騎士の常駐もありません。魔物に襲われた時、剣を持って先頭に立つことはできますか?」
「バルガス様は・・・言うまでもありませんね」
ジョナンドとアルフレドがルーツをどんどん攻め立てる。
「私はルーツ様に剣の指南をして参りました。王族として恥ずかしくない程度に成長されたと思います。これも、貴方のことを想ってのこと。ただ、ルーツ様自身がどう思われていたか。私も知らぬわけではございません。それを領主と領民に置き換えていただければ、その難しさがご理解いただけるかと」
ジョナンドがこの部屋に最初に入った時、逃げたルーツを探して以来、といっていた。剣の稽古が嫌であったことは予想できる。ルーツが子どもだから無理矢理引っ張って剣の稽古をさせたが、領民となると話は別だ。無理矢理働かせても領民はついてこない。
「ご自身の立場をご理解いただけだと思います。その上で本気の努力をすれば、ノルプスクエの村長に任命されると思いますな」
アルフレドがズバリと言い切ると、ルーツはそれ以上、言葉を発することができなくなった。
誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。
ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。




