第8章 お手軽簡単な味 ④
キヅカは王都に向かう馬車の中で困惑しきっていた。
王都に向かうこと自体は、事前にジョナンドとともに話し合って決めていたことであり、戸惑うことはない。
キヅカがこの世界に来てわずか数か月。国どころか、街を出たことすら数えるほどしかない。そのキヅカを連れての旅は困難を極めると判断し、キヅカの希望もあって、まずは王都で店を構えることができないかを画策。場所や条件が合わなければ改めて旅に出る、という算段であった。
お互いに5日ほどで準備を済ませた。店に関しては完全に手放すことにした。といっても通常は数店舗で共同使用するはずの冷蔵室が専用で付き、しかもノルプスクエという交通の要所に構える店だ。簡単な値段では売却できない。そこで村長に賃貸も考慮に入れた仲介を頼んだ。当然、公共施設にすることも可能であり、村長は快く受けてくれた。
そしていよいよ、翌日が出発という段になって、予想だにしない人物が店に現れた。
「なんということだ。この店はもうやらないのか」
「これはルッツ様。いらっしゃいませ」
入ってきたのはこの国の第三王子であるルーツだった。元騎士のジョナンドとは以前から面識があり、キヅカも祝宴の件で世話をしたことがある。
ジョナンドに会うときは一般市民に変装し、偽名を使う。それに応じてジョナンドも偽名で応対したのだが、この日の彼はしっかりと身なりを整え、後ろには数名の騎士も携えている。
「いや、ルーツでいい。今日は正式なノルプスクエの視察だ。どうやら、モナセラ国でエビルプルッアの本当の価値が認められたらしくてな。国を挙げての事業になるらしい。安定生産への道はこれから探るらしいが、そのときにスムーズに販路を確保できるように、この街の視察を任されたんだ」
「お仕事中に足を運んでいただいて申し訳ありませんが、急ではありますが閉店を決めまして、ルーツ様にお出しできるものが」
「いや、よい。それよりもなぜこうなったのか、教えてはくれないか。何か力になれるやもしれん」
ルーツがジョナンドの話を遮り、事情の説明を求めた。ジョナンドがそれに応える。もちろん、キヅカが異世界人であることは伏せている。
黙って事情を聴いていたルーツであったが、話が終わると「ならば王宮に来るといい」と言い出した。
「しかし、私はすでに退団した身。鍛錬もまともにしておりませんし、今更戻ってもお役に立てるかどうか」
ジョナンドが和らい口調で辞退するが、ルーツはそれを許さない。
「いや、ジョナンドは指南役として帰ってきてもらう。それがダメなら料理人だな。特に肉の技術は素晴らしいと聞いている」
「よかったじゃないですか。ぼくは、ぼちぼちやりますから。王都なら働き口もあるでしょう。なかったら旅に出て、各地の食材を食べ歩き・・・」
「何を言っている?キヅカも来るのだ。お前は私の専属シェフだ」
「・・・は?」
ジョナンドの背中を押そうとしたら、急に突拍子もないことを言われたので、キヅカは思わず間抜けた声を出してしまった。
「聞こえなかったか?お前は私の・・・」
「いや、聞こえましたよ。なんですか、専属シェフって」
「文字通りだな。基本的に王宮厨房で作られた食事を摂るが、各国に出向くときや気が向いた時にキヅカの作った新作料理を食べるのだ。むしろ、キヅカが本命、ジョナンドがおまけまである」
ジョナンドの扱いはどうなのだ、と思わなくはないが、それよりも異議を唱えたいことが山ほどある。
「これは相談ではない。命令だ。腐っても王子の命令に背くと、どうなるかわかるよな?」
ルーツはにやり、と意地悪な笑みを浮かべた。ここで自身の肩書きを使ってくるのはずるい、とキヅカは思ったが、これを言われてしまうとどうしようもない。
そういうわけで今、キヅカとジョナンドは王都に向かう馬車の中にいる。以前に乗ったハバネルの馬車も比較的快適ではあったが、それとは比べ物にならない。椅子はふかふか、内装も豪華である。揺れもほとんどなく、逆に眠気はこない。目の前にルーツと護衛の騎士がいなければ、どれほどよかったか。
「はぁ」
キヅカはこれからのことを考えて溜息が出た。
「どうした?もしかして酔ったのか?」
ルーツが心配そうにこちらに声をかけてくる。
「いえ、快適に過ごさせていただいてますよ。ただ、これからのことを思うとちょっと…」
「ふむ。心配はいらん。私がなんとかしよう。新作料理ができなくても、私はキヅカをクビにはせん」
どうしてそこまで買い被れるのかは謎ではあるが、比較的安全な場所で仕事を確保できるのはありがたいといえばありがたい。それに応えるべく、なにかしらの結果は出したいところだが、その自信はキヅカにはない。
今までは、有名店とはいえ、一店舗に過ぎなかったのだ。来るもの拒まず、去る者追わずの精神でもなんとかなったが、これからは違う。否が応でも万人受けする料理、それも国を代表して出すものである。プレッシャーは強い。
「何を難しい顔をしとるんだ」
軽く頭を叩きながら、ジョナンドがキヅカに声をかけた。
「厨房のトップはダンヒルだ。お前じゃない。失敗したらダンヒルのせい、それくらいの気持ちでいいんじゃないか?」
ジョナンドにそう言われたが、キヅカは愛想笑いを作りながら「そうですね」と応えるのが精一杯であった。
憂鬱なキヅカを含めた一行は、お昼を過ぎた頃合いに王都に乗り込んだ。そのまま王宮に向かう。
王宮に着くと、ジョナンドは早速訓練所に向かった。団長に挨拶に行くらしい。ルーツも同行しようかと申し出たが、一人で大丈夫だ、とのことだ。
一方のキヅカはそうもいかない。やはり一人で王宮をうろついていい存在ではない。ルーツと一緒に厨房に向かう。
「休憩中すまない。ダンヒルはいるか?」
厨房の扉を開けるなり、ルーツは料理長であるダンヒルを呼んだ。
「ルーツ王子。お早いおかえりで。申し訳ありませんが、昼食の準備ができてませんで・・・っと。隣にいるのはキヅカ、と言いましたか?」
「うむ。今日からわたしの専属シェフとして働いてもらうことになった」
ルーツの言葉に厨房スタッフがざわつく。エリートであるはずの王宮厨房に素人同然の男が、それも王子専属として働くなど、常識的にありえない。
しかし、料理長であるダンヒルからは驚きの言葉が出た。
「わかりました。では、そのようにいたしましょう」
「ダンヒル様!?」
初めて厨房を訪れた際には拒否を示したダンヒルだったが、今回はすんなり許可が下りた。
前回の祝宴でキヅカが活躍した、ということをこの厨房内で知っているのはダンヒルと、キヅカをサポートしたアンブラーとユージンの3人だけだ。この3人もキヅカがメインで作ったことは知らない。だからこそ、ビーフ・ジョナの「盗作」の噂を信じているわけだが。
「王子専属とは言え、常に厨房に入るわけではあるまい。それにキヅカの本当の実力を知るのは遠くなかろう」
ダンヒルの言葉に納得する一同。もっとも、その認識にはややズレがあるのだが。
そのとき、再び厨房のドアが開かれた。ルーツが空けたときよりも勢いがいい。その扉を開けたのは執事のようだ。
「ブロム王子がご帰還なされました。簡単でいいので昼食をご所望です」
「またかよ!」
「おい、ルーツ王子もいらっしゃるのだぞ」
誰かが叫ぶ。おそらく、このようなことが繰り返されているのだろうが、ブロムの弟であるルーツがいる前で思わず漏れるくらい、繰り返されているのだろう。ルーツは苦笑するのみである。
「ふむ。ここはキヅカの出番かな」
「え?」
ダンヒルがそういうと、視線がキヅカに集まる。
「とりあえず、使ってもいい食材、賄いにも使える食材を持ってこい」
ダンヒルが大声を上げると、すぐに食材が机の上に並ぶ。
「この中なら何を使っても構わん。どうだ?できそうか?」
ダンヒルはキヅカを見ながらニヤリと口元を上げた。
キヅカは食材を見渡す。
「この前使った魚醤は残っていますか?あと、赤ワインとバーラーもあればいいのですが」
「おう。あるぞ。ギョショウとやらは、正直、使い方がわからなかったんだ。それを聞くということは、何か作れるんだな?」
「ええ。お口に合うかはわかりませんが」
「わかった。アンブラー、ユージン、手伝ってやれ」
『はい』
元気よく2つの返事が聞こえた。以前も一緒に仕事をした2人だ。勝手がわかる分、やりやすくて助かる。
「今回もよろしくお願いします」
キヅカは2人に頭を下げると、早速調理に取り掛かる。
まず目を付けたのはフービモーと思われる肉の切り落としだ。これを包丁で細かく切り、さらに丁寧にたたいていく。あらびき状態になったところで塩コショウをして、ボウルに移し、粘り気が出るまで手でこねていく。目指すはフービモー100%のハンバーグだ。バーラーの形に合わせてやや細長くする。バーラーは丸いというよりも楕円形なので、それに合わせて成形する。
成形したアンブラーに焼いてもらう。網で焼いてもいいのだが、肉の味付けがシンプルな分、やはりソースが決め手となる。フライパンを使い、表面を強火で焼き上げ、その後、遠火で中までしっかりと火を通してもらう。牛肉であればレアでも問題はないのだが、異世界の衛生面は気になるところだ。
その間にユージンにジャガイモに近いガジャイモの皮をむいて薄く切るように指示していた。キヅカの知っているものよりもやや黄色みが強いが、その味は大差ないと判断した。薄く切ったガジャイモを油で揚げていく。油は貴重品であるのだが、薄いガジャイモを揚げる分には量を必要としない。揚げたガジャイモに軽く塩を振ると、ポテトチップスの完成である。
キヅカは卵、油、酢でマヨネーズを作る。ガジャイモを揚げた後、大半の油を捨てたフライパンで目玉焼きを作る。キヅカ自身は半熟が好みではあるのだが、やはり衛生面が気になるということ、何よりもバーラーが楕円形であり、こちらも形を調整する必要があることからある程度焼けた段階で塩コショウをまぶしてひっくり返す。黄味にしっかりと火が通ったらフライパンから取り出す。
アンブラーが焼いている肉もいい感じで焼けたようだ。残った肉汁の一部に赤ワイン、魚醤、ジャンジーという生姜に似たもののしぼり汁を加え、アルコールを飛ばす。いい香りが厨房に漂う。肉にそのソースを絡ませる。
バーラーを半分に切り、タレス、肉、目玉焼き、そしてマヨネーズをかけ、バーラーで挟む。ポテトチップスとタレス、トメィトゥを添え、ハンバーガープレートの完成である。
「よし、ブロム王子のところに持って行け」
「は、はい」
誰も味見をしていないのだが、魚醤の香りに癖があるとはいえ、香ばしい匂いに誰しもがそのうまさを確信していた。
何の因果か、王宮に戻ってきてしまったキヅカたち。もっとも近づきたくなかった場所で、キヅカはどのような立ち回りをすることになるのか。
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