第8章 お手軽簡単な味 ③
エイモンドが慌ててビーフ・ジョナに飛び込んできたときには、キヅカとジョナンドが2人の男を縛り上げた後だった。
「おう、エイモンド。来てくれたか」
ジョナンドが軽い口調でエイモンドを迎える。
「大丈夫か?って、ジョナンドに聞くことじゃなかったか。とりあえず、重症なのが一人いるみたいだな」
店内をぐるりと見渡して、すぐに状況を把握した。あとから来た若い騎士数人に、頭から血を流して気を失っているプジョーを治療師に見せるように指示した。若い騎士たちは「はいっ」と元気良く返事をし、きびきびとした態度でプジョーを連れて行ってしまった。
「俺はこいつらを詰所に連れていく。また後でくるから、待っててくれ」
エイモンドはそういうと、ロープで縛られたジョーバとオジーを立たせる。だが、オジーは腰が砕けて立つことができなかった。
「しょうがない奴だな」
エイモンドはあきれていたが、結局そのまま引きずって店を出ていった。
「彼らはどうなるのですか?」
キヅカはエイモンドに聞いた。
「さあな。まあ、店を荒らしただけだから命を奪われることはないだろう。もっとも、余罪がどれほどあるかは知らんがな」
「強制労働」というと鉱山での採掘などが思い浮かぶが、実はそういうことはないらしい。危険の伴う作業ではあるのだが、その分給料もよく、人では足りているのだとか。
この世界では、いわゆる下水処理といった、文字通り「汚れ作業」をやることになるのだそう。逃げると問答無用で死刑になるらしい。
世間話もそこそこに、キヅカたちは店の片づけを始めた。当然、今日は客を入れての営業など不可能だ。
壊れた机や椅子を店の端に寄せ、床に落ちている木くずを集める。その後、床に付いた血を落とす。その対部分は落ちたが、やはり木の床に作られたシミは、完全には落ちなかった。
「遅くなってすまんな」
再度、エイモンドが店に入って来た。そのころには店の片付けもだいぶ落ち着いている。
「さっそくだが、話を聞かせてくれないか。むこうさんの言い分ではジョナンドたちが先に手を出したとは言っているが」
「ああ。わかった」
ジョナンドが事の顛末を話した。
「大方事情は分かった。まあ、俺もお前たちが『普通の客』に手を挙げるような人間でないことはわかっているんだ。だが、さすがにあの怪我では一方的な感情で動くことはできなくてな」
プジョーは一命を取り留めたものの、しばらくはベッド上安静が必要なようだ。特に頭の傷がやや深く、障害が残る可能性もあるらしい。オージも似たような状態らしく、現場状況だけでの裁定は難しい、とのことだった。
「手間をかけてすまんな」
キヅカのことを何も言わず、ジョナンドが頭を下げた。それをみて、キヅカは慌てて言った。
「エイモンドさん。その怪我、僕がやったんです」
ジョナンドにこれ以上迷惑をかけることはできない。
その一心であったが、ジョナンドは「黙っとけ」という目でキヅカを睨んだ。
だが、言葉に出したものは戻せない。エイモンドはジョナンドと違い、驚いた目でキヅカを見た。
「それは本当か?」
「ああ。信じられないかもしれないが」
ジョナンドが苦虫を噛み潰したような表情で首を縦に振った。
「ああ見えてもあいつらはそれなりに腕が立つ。1対1なら新米騎士に毛が生えたような連中では歯が立たんだろう。それを2人も戦闘不能にするとは」
エイモンドは信じられない、という表情で首を振った。
「いや、たまたまです。相手も油断してたみたいで」
キヅカが慌てて取り繕うが、ジョナンドがそれを制した。
「いや、俺はみてたぜ。プジョーとやらの攻撃を完全に見極めて避けただろ。それにあのスピード、オージを一発でノックアウトする体当たり。攻撃自体は素人もいいところだが、なんかあるだろう」
そこまで見られていたなら仕方ない。この2人なら簡単に口外することもないだろう。
キヅカは観念して全てを話した。
キヅカが別世界の人間であること。おそらく重力が半分になっていて、実質的に筋力がこの世界の住人の倍であること。そして、この世界の料理について。
フービ・ジョナが襲われたのは昼前であったが、キヅカが話し終える頃にはすでに陽が傾いていた。
「正直言って、信じられんな」
しばらくの沈黙ののち、口を開けたのはエイモンドだった。
信じられないのはもっともだ。キヅカ自身、前の世界で、いや、今でもこの話を聞かされて簡単に信じることなどできない。
「いや、心当たりはある」
今度はジョナンドが言った。
「エビルプルッアは2-3mのところに実がなっている。キヅカが簡単に取れる高さではないが、2倍の跳躍力があるなら話は別だ。それと、王都からこの街まで1日で往復することも、無理をすればいけるだろう。料理に関しては目から鱗だが、この世界のものではないなら、わからんでもない」
ジョナンドは今まであった疑問に対して答え合わせをする様に、これまであったことを言葉にしていく。
それらを聞いて、エイモンドの疑心は徐々に薄れていく。
「まじか。なら、キヅカは正真正銘、『異世界人』ってことになるのか?」
「証拠はありませんが、一応そういうことになります」
キヅカは、今まで黙っていてすいません、と頭を下げた。
「いや、言わなくて正解だった」
ジョナンドがキヅカの頭を上げさせる。エイモンドもそれに同調するように首を縦に振っていた。
「こんな話、あの日に俺に話をしてみろ。問答無用で牢屋行きにしてたところだ」
キヅカは改めて出会いに感謝した。最初に出会った人がエイモンドで、そして雇い主がジョナンドで本当によかった、と。
だからこそ、恩を仇で返すような結果になってしまったことが申し訳なかった。
「で、ジョナンドはこれからどうするんだ?」
「うーん。結構めちゃくちゃになったからなあ。多少のたくわえがあるとはいえ、ここでもう一度立て直しても|例の噂<・・・>がある以上は客も入らないだろうし、廃業にするしかないか」
「やはりそうなるか」
エイモンドもがっくりと肩を落とす。キヅカも「そうだよな」と心の中でため息をついた。
「とにかく、今日はもう遅い。ステーキでも焼いて、たらふく飲もうや」
「お前がいうな。でも、そうだな。この店に残していても仕方ない。キヅカも最後だと思って存分に飲み食いしてくれ」
その後、キヅカは店を我が物顔にふるまうエイモンドとそれをいさめるジョナンドとともに、「フービ・ジョナ」としての最後の晩餐を心ゆくまで楽しんだ。
宴の後半になると、話題の中心はキヅカの元の世界のことになった。薄いとはいえ、さすがに量を飲めばそれなりに酔いも回る。最初は聞かれたことに対して調子よく話していたキヅカであったが、徐々に元の世界に遺してきた両親や友人のことを思い出し、寂しさが募ってきた。
この世界に来て数か月。キヅカは元の世界のことを考える暇なく、いや、敢えて考えないようにして過ごしてきたが、改めてもう二度と会えないだろう人たちとの別れを惜しむ時間さえなかったことが、悲しかった。
ジョナンドがキヅカの肩に優しく手を置いた。エイモンドは困ったような顔をしている。
キヅカが落ち着いた頃合いを見計らって、お開きとなった。
翌日、わずかに残る酒をかき消すように、キヅカは朝の訓練を始めた。キヅカがこの世界に降り立った森の中の河原まで走り、軽く筋トレをする。王都からこの街に帰ってきてから毎日欠かさずやっていることだ。
たったこれだけのことで何が変わるとも思えないが、しかし野盗から逃げることができなかった悔しさと恐怖を紛らわせるためにも、何かしなければならないという強迫観念のようなものを感じていた。
いつもの日課を終えると、キヅカは元フービ・ジョナに向かった。昨日の自分の行動は概ね記憶の範疇にある。男の泣き顔を見られた恥ずかしさはあるが、別れ際に「明日の朝、この店で今後のことを話そう」といったジョナンドの言葉に従ったのみだ。
「おう、来たか」
店の中にはすでにジョナンドが待っていた。
「ジョナンドさん、おはようございます。昨日はすいませんでした」
「いや、いいんだ。それよりも座って話をしよう」
キヅカはジョナンドに勧められるまま、店の椅子に座った。
「昨日も少し言ったが、この店は昨日をもって辞めようと思う。壊されたのは机といすだけだ。立て直しは簡単だが、ここまで悪評が立てば利益を出すことは難しいだろう。冷蔵室はもったいない気持ちもあるが、十分に元は取ったつもりだ。ここに店を構えた目的も果たせたしな。で、キヅカはこれからどうする?」
気になる言葉があったが、とにかく、ジョナンドの言葉にキヅカは返事をする。
「どうする、と言われても難しいですね。正直に言って、何ができるか、何をしたいかはわかりません。ジョナンドさんはどうされるんですか?」
「そうだな。王都に戻って別の店を開くか、それとも旅に出るかといったところか。腕には多少の自信はあるからな。食うものには困らんだろう。余ったらそれを売ることで多少の資金にはなるだろう」
正直なキヅカの気持ちとしては、ジョナンドと行動を共にするのがいいのだろうと考えていた。この世界で数少ないキヅカの素性を知る人物であり、信頼のおける人物でもある。店を開くにしても旅をするにしても、一緒にいれば何かとキヅカに気を使ってくれるだろう。
だが、一方でここまでおんぶに抱っこでいいのか、という気持ちもある。特に旅に出るとなればキヅカが足手まといになることは想像に難くない。狩りができるわけでもなければ交渉が得意なわけでもない。守ってもらうばかりになるだろう。
キヅカがあれこれ悩んでいると、ジョナンドが予想外の言葉を発した。
「キヅカも一緒に来るか?」
「で、でも、昨日も話をした通り、俺は別世界の人間です。しかも、前の世界ですらほとんど社会に出ていません。なので、ジョナンドさんにご迷惑がかかると思いますし、遠慮します」
「だが、行く当てもないんだろう?」
「確かにそうですが・・・」
「なに、心配いらん。お前はもう、俺の息子みたいなもんだ。お前のやりたいこと、やるべきことが見つかるまで、俺に頼れ。いいな」
「ジョナンドさん・・・」
ジョナンドの言葉に、キヅカは思わず目に涙を浮かべた。
「それに、お前は足手まといじゃないぞ。王都に店を構えるなんてそうそうできるもんじゃない。土地代が高いからな。だが、お前の考案したモンレターバステーキのおかげで、王都で店を開くことも選択肢の一つに入ったんだ。感謝してるぜ」
ジョナンドはにかっと笑った。
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