第8章 お手軽簡単な味 ②
キヅカ特製の鉄板を使ってエイモンドに料理をふるまってから数日が経過した。
「さ、今日も店を開こうか。客がくるかわからんけどな」
相変わらず豪快に笑うジョナンドみて、キヅカは苦笑しながら店が開いている合図でもある看板を店の前に置こうとした。
キヅカがちょうど店から出ようとしたとき、いきなり扉が空いて3人の男たちが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。ちょうど店を開けようと思っていたところです。ご自由にお座り・・・くだ・・・さ・・・い・・・?」
キヅカは、この世界に来てから圧倒的にうまく作れるようになった愛想笑いを、徐々に凍らせた。
3人の男たちが殺気立っていたからだ。空腹で殺気立つことはあっても、ここは飯屋。注文どころか、座るまでもなく店員に空腹による殺気を振りまくことはない。
ということは、空腹以外の理由で殺気立っているということだ。
キヅカが固まっていると、中央にいる一番体の大きい男が声を出した。
「オーナーを出せ」
短い言葉だが、重低音でそれだけでキヅカは威圧されてしまった。
思わず動けなくなったキヅカに対し、さらに言葉を続けようとする男だったが、それよりも先に異変を感じたジョナンドが厨房から出てきた。
「私がオーナーのジョナンドです。なにかありましたでしょうか」
先ほど豪快に笑っていたとは思えないほどの丁寧な言葉遣いで対応するジョナンド。
「おう。俺はジョーバってんだ。こいつはオージとブジョーだ」
ジョーバと名乗った男は左右に控える2人の、ジョーバほどではないがガタイのいい男2人の名前を名乗る。そのうち、オージの右腕には包帯がまかれている。
ショックから立ち直ったキヅカは、エイモンドの言葉を思い出していた。
『特にフリーの傭兵どもがこぞって取りに行っては怪我をしてる者もいる。フリーの傭兵なんて、脛に傷のあるものばかりだ。そのうち、エビルプルッアを出してたこの店に殴り込みに来るかもしれん』
おそらくオージが「脛に傷のある」「フリーの傭兵」であり、エビルプルッアを「取りに行っては怪我をしてる者」の一人なのだろう。
「俺たちはフリーの傭兵ってやつだ。といっても怪しいもんじゃねえ。貴族の護衛だってする、それなりに腕の立つ傭兵ってやつだ」
そんなことはない、とキヅカは思った。
この世界に来た初日にエイモンドから教えてもらった。「それなりに腕の立つ」レベルの傭兵は、必ずどこかのお抱えになる。本当に腕の立つフリーの傭兵は、圧倒的な力を持つらしい。現時点で確認できる、有名なフリーの傭兵はわずか数組。
もっとも、当然ながら彼らに依頼するには莫大な資金がかかる。だからこそ、傭兵は私設ながらも国が一括で管理し、傭兵を常設できない小さい商店でも街の移動ができるように取り次ぐのがこの国の傭兵制度だ。
一方、彼らのような「名前を聞かない」フリーの傭兵は、大方盗みでも働いて元の職場からクビになった者がほとんどだ。きわめて急ぎの護衛等の依頼では彼らに頼むしかないが、主な仕事は裏社会であることが多い。ただし、一つ間違えれば文字通り人生が終わる可能性もあり、腕には自信のある者ばかりだ。
「で、今はとある貴族様からエビルプルッアを取ってきてほしいという依頼を受けた。ただ。落ちている実ではだめだ、というのが気になったがな」
落ちている実ではなく、枝についている実を直接もぎ取ることで「食い詰め者の食べ物」が「空前絶後の果物」の味になることはフービ・ジョナの店員くらいしか知らないはずだ。
だが、ちょっと頭の回るものならわかるだろう。だれも木になっている実をとってみようと思うだろう。
「貴族様が『食い詰め物の食べ物』を欲しがる理由はわからんかったがな。ま、俺たちにとっちゃ楽な仕事。そう思うだろう?ところが、だ」
ジョーバと名乗った男は店の入り口で気持ちよく話を続けている。いい加減、どいてくれないとただでさえ少ない客がさらに減ってしまう。
キヅカのいら立ちもよそに、ジョーバは話を続ける。
「エビルプルッアの木はつるつるして簡単に登れたもんじゃねえ。なんとか登って実に近づいたらガブリ、だ」
ジョーバはちらりとオージのほうに目をやった。正確にはオージの腕に巻かれた包帯のほう、だったか。
「で、どうしたもんかと思ったら、この店でエビルプルッアを出していた、というじゃないか?ということは簡単に取れる方法があるんだろう?教えてくれるよな?」
ジョーバはニヤリ、とジョナンドをにらんだ。当然、元騎士のジョナンドにはこたえない。
「方法と言いましても、うちの店員は簡単に木に登って取ってきた、と言ってました。もっとも、今はその店員はいないので、もう出すのをやめていますが」
ジョナンドは嘘を言っていない。いや、ありのままの真実しか言っていない。
だが、ジョーバの神経を逆なでするには十分だったようだ。
「今のは聞き捨てならねえな。この俺たちがたかだか一介の店員よりも能力が低いと言いたいのか?」
気持ちよく話している間は収まっていた殺気が、倍になって放たれた。キヅカはうっ、と身構える。一方のジョナンドは毅然とした態度を崩さない。
「私は事実をお話しています。もし、貴方がそう感じたのなら、それが真実なのでしょう」
ピキキキ
ジョーバだけでなく、他の2人もこめかみに青筋が立つ。
ジョナンドはわざとやっているようにしか見えないが、いずれにしても非常にまずい状況であると思いながら、キヅカははじめて「人が本気で怒ると本当に青筋が立つんだなあ」などということを考えていた。
どかん
キヅカがのんきなのことを考えていると、突然、ジョーバの隣においてある机が割れた。
「俺は心優しいからな。もう一度だけチャンスをやる。正直に答えろ。答えなければ机一つだけじゃ済まんぞ」
「ですから、私の答えは一緒です。ところで、いいのですか?自慢じゃないですが、この店は王家ゆかりの方もご愛用いただいてますよ?」
キヅカは、ジョナンドの口から「王家」という言葉が出てくるとは思わなかった。虎の威を借りる狐みたいなことをしないかと勝手に思っていた。もっとも、それでジョナンドに対するキヅカの評価が変わることはないが。
「嘘をつけ。王家とつながりがあるなら、こんなに客が入っていないことなんてあるか!」
ごもっともなことをいいながら、ジョーバたちは腰から下げた刀を抜いた。プジョーは得物を持っていない。どうやら素手で戦うのを得意とするようだ。
そして右腕を怪我しており、戦うことが難しいと思われたオージだが、なんと左手に短剣を持っている。
「すまんな。俺は両利きなんだ」
驚いた表情をしているキヅカに対して、オージはわざわざ自己紹介をしてくれた。実はいいやつなのかもしれない。
「キヅカ、下がってろ。さすがに『フリーの傭兵』を名乗るだけはある。その辺の盗賊よりは腕がありそうだ」
ジョナンドがキヅカに対して忠告する。
「今更気づいたか。だが、もう遅い。お前たち、やってしまえ!!」
ジョーバたちが一斉にキヅカたちに襲い掛かってくる。
キヅカは一番近くにいたプジョーの攻撃を食らう。そのパンチのスピードは、確かに盗賊とは違った。幸いだったのは襲われた場所が店の中だった、ということだろう。障害物が多く、おそらく渾身のスピード出なかった。しかも、早いとは言っても武器は拳だ。リーチという面でコンマ何秒か、どうしても遅れる。そのコンマ何秒の遅れの分、キヅカはなんとか避けることができた。
「ふん!今のはラッキーだったんだろうが、次はないぜ!!」
それでもプジョーは「単なる村人A」の一人であるキヅカに対して見下していたのだろう。だが、その油断が命取りになった。
キヅカはとっさに近くにあった椅子をプジョーに対して投げつける。まさか「村人A」が自分に向かって猛スピードで椅子を投げつけてくるとは思わなかったのだろう。プジョーはよけようとするが、ここは店の中。椅子もそれなりの幅がある。クリティカルヒットとまではいかないが、椅子の足が頬にあたった。
一点で当たる分、衝撃も大きい。その隙を逃さず、キヅカ再度椅子をもってプジョーに近づく。もちろん、そのスピードも桁違いだ。キヅカはプジョーに対して、思いっきり椅子を振り下ろした。
「ちょっ!おまっ!やめっ!!」
プジョーが動かなくなるまで、キヅカは椅子で殴り続けた。ふと、我に返ると、プジョーは血まみれの状態で、椅子もキヅカ自身も血まみれだ。
キヅカはハッ、となってプジョーに近づく。どうやら、意識を失っているだけで死んではないようだ。
キヅカはホッとしてジョナンドのほうを向くと、どうやったのか、ジョナンドも店の椅子や机を駆使してうまく立ち回っているようだ。
一方のジョーバとオージはなかなかジョナンドにダメージを与えられず、いら立ちを覚えているようだった。その証拠に、キヅカとプジョーのほうから音が聞こえなくなったことにまったく気づいていない。
キヅカはオージの死角に回り込み、思いっきり体当たりをぶちかます。
完全に予期せぬ一撃に、オージは前のめりに倒れた。オージにとって不運だったのは、キヅカが筋力実質2倍で、その衝撃は脊椎を折るほど強い。、そして倒れた先に、ちょうど机の角があった。
「ふびっ!!」
オージは額を机の角に頭を打ち、そのまま気を失ってしまった。
「なにっ!?」
一瞬、ジョーバの気がジョナンドから逸れる。それを逃すジョナンドではない。
持っていた椅子を捨てると、一気に間を詰めてジョーバの顔面をなぐる。体重の乗った一振りで、ジョーバは意識を失った。
「キヅカ、助かった」
「いえいえ、2人とも無事で何よりです」
二人は無事を確かめ合うと、荷物をまとめる用の縄を持ってきて3人を縛った。
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