第8章 お手軽簡単な味 ①
明けましておめでとうございます。昨年は当作品を贔屓にしてくださり、誠にありがとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
では、本編をお楽しみください。
祝宴の話題はゆっくりとではあるが市中に広まっていった。初めは出席した大臣とその家族、そして彼らの顔見知りの貴族、そこに出入りする商人、最後は一般市民。時間が経って祝宴の噂はノルプスクエにいるキヅカたちの耳にも届くようになった。
噂が広まるにつれ、キヅカが働くフービ・ジョナの評判は反比例して落ちていった。
「まさか、ここまで影響が出るとは思いませんでした。すいません」
どこにでもいそうな青年であり、この惨状を引き起こした張本人であるキヅカが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、正直、これは俺も予想外だった」
蓄えた髭が立派な、貫禄たっぷりのジョナンドは、閑古鳥の鳴く店内を見ながら言った。少ない売り上げのことを思い出してため息を吐く。
モナセラ国の第二王女、シリアル姫の婚約を祝うための宴が開かれたのは今から2ヶ月ほど前だ。ブロム第一王子の提案で、王子三兄弟それぞれが主催した祝宴が3日連続で行われた。そのとき、ルーツ第三王子に協力したのが、キヅカとジョナンドである。特にキヅカは「食い詰めものの食べ物」と悪評高いエビルプルッアというリンゴのような果物を使い、素晴らしいコース料理を作った上げた。
一方、ブロム王子が出した料理は、これもキヅカが発案し、ビーフ・ジョナで人気を博していたモンレターバステーキだった。もっとも、フービ・ジョナでは赤身の多い肉を使っていたが、ブロムは脂身の多いガノック産の肉を使ったため、評判はいまいちだったらしい。
祝宴の内容が公式に発表されることはなかったが、火のないところに煙は立たない。特別な形での祝宴であり、噂は徐々にではあるが、広がっていく。
曰く、ルーツ第三王子が、悪名高いエビルプルッアを使った素晴らしい料理を出したらしい。
曰く、ルーツ第三王子の祝宴のレシピを考案したのはブロム第一王子らしい。
曰く、そのレシピをどこからか入手したフービ・ジョナが新メニューとして出したらしい。
曰く、おてんば姫はエビルプルッアの栽培をしようとしているらしい。
1つ目と4つ目は確かにその通りだが、2つ目、3つ目は明らかに間違っていた。特にエビルプルッアを使った焼きリンゴを最初に世に放ったのはフービ・ジョナだ。
もっとも、そういわれてもキヅカたちは反論できない。キヅカたちはできる限りブロムとの表立った対立を避けるため、祝宴では完全に裏方に徹した。名前すらも出していない。今更「自分たちが作った」といってもまるで信じてもらえないだろう。
「まあ、タイミングも悪かったわな」
ジョナンドが自らに言い聞かせるように言う。
エビルプルッアを使ってフービ・ジョナで出していた焼きリンゴだが、祝宴を終えてからはこのメニューを辞めた。理由は簡単で、テンコの不在による人材不足だ。
テンコは王都での一件を終えたときにはすでに姿が見えなくなっていた。ジョナンド曰く、家庭の事情らしい。キヅカにとって、テンコが姿を消した理由を深く聞かなかった。唯一、盗賊に襲われていたところを助けてもらった礼を伝えれていないことが、キヅカにとって心残りではあった。
テンコがいる間はエビルプルッアを収穫に行き、その間はキヅカが早出して開店準備をすることで間に合わせていたのだが、テンコがいないことでそれが不可能になってしまった。そこで在庫が尽きた時点で焼きリンゴは終了せざるを得なかった。
もともと評判の低いエビルプルッアであり、なおかつ在庫もそこそこあったために1か月程度で販売中止になったのだが、ちょうどそのころに例のうわさが商人の間で話題になり始めていた。事情を知らない人からすれば「盗作がバレたから販売を中止したのだ」と見えても仕方がなかった。
このころから目に見えて客足が落ち始めた。もともと、この店の常連はジョナンドのことを知っているので足を運んでくれていたが、徐々にその人数も減ってきている。職場での立場等もあるのだろう、とジョナンドは言った。キヅカはこんな形で客が離れていくのを見て、寂しい想いでいっぱいだった。
「やってるか?」
重苦しい雰囲気の中、店に入ってきたのはエイモンドだった。彼はキヅカがこの世界で初めて会った人間でもある。
「やぁ、エイモンド。残念ながら、開店休業状態だ」
ジョナンドとエイモンドは古くからの付き合いらしい。ジョナンドはその昔、王宮に勤める騎士で、王子たちの教育係もやっていたということだが、エイモンドとどこで知り合ったのだろう、というのはキヅカにとっては謎だった。ただ、深く知りたいほどの興味はない。今は数少ない常連客だ。
「そら、よかった。とりあえず、塊肉をくれや。昼飯を食いっぱぐれて腹がぺこぺこなんだ」
「あいよ」
そう言ってジョナンドは厨房で肉を焼く。
フービ・ジョナでは大きな肉の塊を焼いて出すのが名物だ。エイモンドの好物の一つでもある。
ジョナンドが巨大肉をかまどで焼いていく。表面がやや焦げたような、きれいに焼き目がついたところで、ジョナンドは肉の隣で温めていた鉄板に肉を移す。
肉と鉄板が接するとジューという気持ちがいい音を立てる。
「お待たせしました」
キヅカはエイモンドの前に肉の乗った鉄板を置いた。
置かれた鉄板を見て、エイモンドは眉を顰めた。といっても、肉に不満があるわけではない。この鉄板に仕掛けられている細工を見て、不思議に思ったのだ。
「キヅカ、この出っ張ってる部分はなんだ?」
よくぞ聞いてくれました、という風にキヅカは胸を張った。
「それは肉を好みの焼き加減で食べられる仕組みです」
「好みの焼き加減?」
「はい。もともと、この店の肉は量に対する値段が安いことがウリでした。ですが、表面だけ焼いているので、中がほぼ生の状態でした」
キヅカも生肉にそこまで抵抗があるわけではない。だが、表面を焼いただけの、中は塊の生肉となると話は別だ。さすがに抵抗がある。
「確かにそうだ。だが、俺はそれがいい」
「エイモンドさんはよくても、僕にとってはちょっとしんどかったんですよ。お客さんの中にはたくさん食べたいけど、生肉は避けたい、モンレターバステーキを何枚も頼むと非効率、なんて人もいるかもしれません。そこで、この出っ張っりです」
「ふむ」
「鉄板に乗ってこの肉は出てきますが、最後の方はどうしても冷めてしまいます。この出っ張ってる部分は冷めにくいので、小さく切った肉をここで焼いて、好みの焼き加減にして召し上がってもらおうというわけです」
本当はもっと改良したい部分はあるのだが、この世界でオーブンというものを見ておらず、かといって密閉できる袋もない。弱火でじっくり焼くというのも一つの手ではあったのだが、さすがに目の前の肉の中に火を通すだけの時間は、腹をすかせた肉体派のお客さんが待つには長すぎる。
というわけで開発したのがこの、でっぱり付きの鉄板だ。客が減ったことで鉄板が余り、その余った鉄板を使ったため、比較的リーズナブルで作成できたというが、それでもドがつくほどの赤字の中、よくジョナンドが発注したものだ、と提案した張本人であるキヅカは思っていた。
キヅカの説明が終わると、エイモンドは目の前の肉塊にかぶりついた。半分ほど肉を消化し、残り半分となったところで、エイモンドは一口大に切った肉をでっぱりの上に置いてみた。
ジューッ
すでに肉の下に敷いている鉄板はぬるくなっているが、でっぱりの部分はしっかりと熱を保っており、肉に焦げ目をつけていく。エイモンドは目を丸くした。
「お、おい。まだ熱いまんまなんだが?」
その様子を見ていたジョナンドも厨房から出てきた。
「すごいだろ?これもキヅカが考えたんだ」
「そうなのか!?」
エイモンドが驚きの声を上げる。
鉄板の一部を分厚くする。
たったこれだけのことで熱を保ちやすくして肉を好みの大きさに切って、好みの焼き加減で食べることができる。知っていれば対して難しいことではないが、知らないとなかなか至らない発想である。
肉の切れ端を使って、サイコロステーキなんかを作ってもいいかもしれない。でも、そのためにはレモンバターソースだけでは厳しいか。
キヅカが漠然と考えていると、早くもエイモンドは肉を食べきったらしい。エイモンドは満足そうに料金をテーブルの上に置いた。
「そういえば、最近、エビルプルッアを取ろうとして怪我をして帰ってくる輩が多いんだ」
立ち上がったエイモンドの言葉にキヅカは眉を顰める。たしかに実に近づくと一つ目と棘の生えた口が出てきて気持ち悪い印象はあったが、テンコも、そして自分も怪我をしたことはない。
「テンコはともかく、キヅカが無傷で帰ってきたのはどういうカラクリかはわからないが、エビルプルッアはもともと、旅人の中でも注意しなければならない魔物だ」
「そうなんですか?」
不思議そうな顔をしたキヅカを見て、ジョナンドがキヅカにいった。キヅカは当たり前のことを知らない。
「ああ。枝がツルツル滑る上に、近づくと口を開いて身を守ろうとする。噛まれると痛いだけじゃなくてしばらく腫れて動かせなくなるんだ。まぁ、命に関わるほどじゃないけどな」
キヅカはエビルプルッアの本当の姿を思い出してゾッとした。もし、収穫する機会があれば気をつけることを心に刻み込んだ。
「で、そいつらがどうしたんだ?傭兵の怪我なんぞ、自己責任だろ?」
「まぁ、そうなんだがな。どこぞの貴族が高値で買い取ると言ってるらしい。特にフリーの傭兵どもがこぞって取りに行っては怪我をしてる。フリーの傭兵なんて、脛に傷のあるものばかりだ。そのうち、エビルプルッアを出してたこの店に殴り込みに来るかもしれん」
「なるほど、そういうことか。ま、なんとかなるだろうよ」
ジョナンドは常に楽観的だ。キヅカが心配になるほどに。
「大丈夫なんですか?」
「なぁに。そんじょそこらのゴロツキなんぞ、どうとでもなるわ」
「くれぐれも気をつけてくれよ」
ガッハッハッと笑うジョナンドに、苦笑しながらエイモンドは店を出た。
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