幕間 ~キヅカ視点~
祝宴の終わりをルーツが告げにきた。現状は問題がないようだが、本番はこれからの懇親会であることを、キヅカは事前にルーツから聞いていた。ひとまず、キッチンの仕事としては終了だ。
ホッとしたことで忘れていた空腹感がよみがえってきた。
「ダンヒルさんも召し上がりますか」
キヅカはダンヒルに声をかけた。ダンヒルはこの祝宴の間、ずっと厨房でキヅカたちの動きを監視していた。おそらく、昼食は取っていないだろう。
「いただこう」
その声を聞いて、アンブラーたちもてきぱきと準備を勧める。50人分の料理を作った4人だ。5人分はあっという間にできあがった。
さっそくボガアドとエビルプルッアのカクテルサラダを口にしたダンヒルが眉をひそめていった。
「この白い果実とかかっているものはなんだ」
「白いものはエビルプルッアです。かかっているのはマヨネーズといって、油と卵黄と酢を混ぜたものです。今回はエビルプルッアが甘いので、酢を多めに入れていますが、もう少し酢を少なめにして野菜にかけてもいいですね」
キヅカが応えると、ダンヒルは笑い飛ばした。
「うっはっは。これがエビルプルッアだと?嘘もほどほどにしろ。私は王宮料理長だ。大概の食材は口にした。もちろん、エビルプルッアもな。確かにエビルプルッアの実は白いが、こんなに甘実のある果実じゃない。もっと酸味が強いはずだ」
笑い飛ばしているのは当然、ダンヒルだけだ。あとの3人は本物のエビルプルッアの味を知っている。アンブラーが立ち上がり、エビルプルッアを2つ、冷蔵室から持ってきた。そして、包丁でそれぞれを切って、ダンヒルに差し出す。
「父さん、これを食べ比べてみてくれよ」
「ほう。我が息子ながら私を試すとは面白い」
ダンヒルはアンブラーから差し出された果実を順番に口に入れた。まずは普通のエビルプルッア、そして次に甘いエビルプルッア。前者の時には表情を変えなかったダンヒルだが、後者の時には驚きの表情に変わった。
「これは・・・本当にエビルプルッアなのか」
ダンヒルは半信半疑だったが、自分の息子がエビルプルッアを切り分けたのはダンヒル自身の目が確認している。
「これがエビルプルッアの本当の味なんですよ」
キヅカはちょっとうれしそうに言った。
エビルプルッアをすりおろしたドレッシングをかけたオードブル、ユージンが丹精込めて作ったスープと順番に食べ勧める。ユージンのスープはキヅカが作ったもの別物と言っていいくらいの出来栄えであった。
そしてポワソン、ソルベと口をつけたとき、ダンヒルが再び疑問の声をあげた。
「どういうことだ。エビルプルッアは甘いのだろう?このシャーベットは確かに甘いが、程よい酸味もある。まさか・・・」
「酸味の強い、従来のエビルプルッアも混ぜたんですよ」
キヅカが胸を張って応えた。ダンヒルは驚いたような、あきれたような表情を作り、言葉も出ない様子であった。
「普段、『食いつめ者の食べ物』と評判のエビルプルッアを、甘い果実としてならともかく、それまでの味で出すなんて、客が知ったらどう思うんだろうね」
くすくすと笑いながらアンブラーが言った。キヅカ以外の4人は苦笑しているが、当の本人はきょとんとしている。
最後にアントレだ。ここでも口に入れた瞬間にダンヒルが口を開いた。
「これはエビルプルッアだけじゃないな?」
流石だな、とキヅカは感心した。
「ええ。赤ワインと、そして魚醤を加えています」
「ギョウショウ?」
キヅカが思う最高の調味料である醤油には満たないものの、それに近い味がする魚醤だが、この世界では一般的ではないらしい。一般的であればフリーマーケットの端っこで売っているはずがない。ただ、これを説明するのは非常に難しい。
「ええ。イワシなどの小魚と塩を丸ごと瓶に入れ、魚が溶けるまで放置したあと、上澄みを取った者が魚醤です。ちょっと癖がありますが、少量であれば肉料理には合うかな、と思って使いました」
「ふむ。しかし、魚を放置すれば腐ってしまうのではないか?」
キヅカは腹を括った。
「ええ。これは半分、腐っているようなものです」
「腐ったものを使ったのか!?」
ダンヒルは立ち上がって大声を出した。
「うーん。うまく説明するのが難しいのですが、少なくとも僕はこの液体を直接口に入れていますが、ピンピンしています。ここにいる3人は事前に魚醤を使った料理を試食をしていますが、だれもおなかを下していないでしょう」
キヅカはまず、とにかくこの液体が安全であることを強調するように言った。
「確かに、俺は元気だな」
ジョナンドが胸を張る。
「ところが、このエビルプルッアを10日間、放置したのちに食べるとどうなりますか?ほとんどの人がおなかを壊すでしょう。それよりも前に、強烈なにおいと見た目で口にするものできないかもしれません。それが腐敗、腐るということです。逆に魚醤のように特に問題なく口にすることができる。これが発酵です」
「正直、全部を理解できたわけではないが、とにかく、これは客に出してもよかったのだな?」
「ええ」
結局、ダンヒルには理解してもらえなかったようだが、納得はしてもらえたようだ。キヅカはうなずきながらほっと胸をなでおろす。
その後、自慢の焼きリンゴを堪能し、昼食は終了となった。
食器の片づけを終えたころ、アンブラーが、そういえば、とダンヒルに質問を投げかけた。
「ブロム王子とバルガス王子は何をお出ししたのですか?」
ルーツ王子の祝宴は3日目である。前々日、前日にもルーツの兄であるブロム第一王子、バルガス第二王子の祝宴が開かれている。キヅカもその内容は気になった。
「バルガス王子は良くも悪くも普通の祝宴だ。肉はガノック産、野菜はモナセラ産を使っていた。ブロム王子は・・・」
ダンヒルの歯切れが急に悪くなった。
「どうせルーツ王子に聞けばわかるから言うが、メインはモンレターバステーキだ」
モンレターバステーキ。それはキヅカがジョナンドに発案し、今や人気メニューの一つになった料理だ。
「おいおい。それって俺の店で出してるやつじゃないか。あれはキヅカが発案したんだぞ。そもそも、他の店のメニューを店の人間を通さずに使うなど・・・」
「それくらいは俺もわかっている」
ジョナンドのもっともな怒りの言葉に、ダンヒルは頭を下げるしかなかった。
「だが、ブロム王子に言われてしまってな。それにルーツ王子への協力も・・・」
「ストップ!」
キヅカがダンヒルの言葉を遮った。
「今の話は聞かなかったことにします。いいですね?」
「え?何を言っているんだ?ブロム王子はジョナンドの店のメニューを盗んだんだぞ?」
「いいかい、アンブラー」
キヅカが諭すように言った。
「僕がもし、ここでブロム王子の企みを知ってしまうと、それはもうブロム王子と完全に敵対してしまうことになる。それは僕の本意ではない」
「でも・・・」
アンブラーはまだあきらめきれない様子であった。今回の一件でアンブラーのキヅカに対する信頼がかなり上がったようだ。だが、キヅカも折れない。
「それに、ブロム王子のことを考えたらそのメニューは失敗したんじゃないかな?」
キヅカがそういうと、ダンヒルを除いた3人が不思議そうな顔をする。唯一、その事実を知っているダンヒルは一瞬、驚きの顔をしたが、その後、にやりと笑った。
そして、キヅカが核心を突く質問をダンヒルに投げかける。
「ブロム王子の料理に使った肉は、どこ産ですか」
「ガノック産だ」
キヅカはその言葉を聞いて確信するが、3人はまだ、その真相にたどり着かない。
「いいかい。普段、フービ・ジョナで使っている肉はほとんど脂のない、赤身の肉だ。そこに油分を足すためにターバを加えた。それでもさわやかさを出すためにモンレを使わなければあの味は出ない」
「そうか」
ジョナンドは真相に辿りついたようだ。キヅカは軽くうなずいて続けた。
「ガノック産の肉は、脂分が多い。そのために柔らかく、高級なものとして扱われているけど、そこに油分の塊であるターバを加えたらどうなると思う?」
「かかかかなり脂っぽくなりそうでしゅ・・・す」
ユージンが味を想像してげんなりした。
「でも、味はいいんじゃない?」
アンブラーは納得がいかない様子だった。
「アンブラーの年齢ならそうだろうね。でも、今日のお客さんは違う。しかも肉だけじゃない。フルコースだ。かなりしんどかったんじゃないかな」
「その通りだ」
キヅカの予想を、ダンヒルが肯定した。
「実際、空になった皿はほとんどなかった。それまでもかなり量が多かったしな。直接は知らんが、懇親会では主賓であるシリエル姫が体調を崩されたらしい。長旅の疲れだとおっしゃっていたそうだが、シリエル姫の皿は空になっていたし、おそらく無理して食べたのだろう」
「で、お前はその料理を出したのか」
ジョナンドがあおる。
「仕方ないじゃないか。俺も試食の時にやんわりと言ったのだが、聞き入れてはくれなかったんだ」
「だから宮仕えは嫌だね。俺みたいに王宮を出ればいいのに。気が楽でいいぞ」
「何をいうか。王宮から逃げ出したくせに」
「逃げたのではない!」
「まあまあ」
ダンヒルの愚痴が聞こえた気がしたが、キヅカは聞こえないふりをして勃発しそうな兄弟げんかを止めた。
その時、キッチンのドアが開いて慌てた様子のルーツが入ってきた。
「キヅカ、ちょっと来てくれ。エビルプルッアのことをもっと知りたいと、客が止まらないんだ」
「え?嫌です」
あまりにもキヅカがきっぱりと断ったものだから、周りは固まってしまった。
「なんでいかないのだ。料理人としてこの上ない名誉だぞ」
ダンヒルがあきれたように言った。
「さっきも言ったように、僕はあまり表に出たくありません。それに僕の身分を明かしたとき、モンレターバステーキのことを思い出すかもしれません。そうなるとレシピを盗んだ、もとい、参考にしたブロム王子の立場が悪くなる。それは僕も本意ではありません。なのでアンブラー、君が行ってください」
「え?俺?エビルプルッアのことを聞かれても答えられません。絶対無理です」
「言ったでしょう。今日、このキッチンを仕切るのはアンブラーだと。厨房主任としてあいさつしてきてください」
「あっ!キヅカ!このために俺に任せたな!!くそっ!!」
もちろん、キヅカにとってこれは副次的なものである。もし批判が殺到するようであれば自分が前面に立つ覚悟はできていた。
「俺が行こう」
そういったのはダンヒルだった。
「そういって自分の手柄にするんだろう」
「ジョナンドさん!」
キヅカは相変わらずけんか腰のジョナンドをいさめた。
「僕はダンヒルさんが適任だと思います。料理長としてこの場を監視してくださいましたね。そして問題があれば自ら手を出そうとしていた。違いますか?」
「・・・そんなことはないがな」
図星であることはダンヒルの口調と表情ですぐに分かった。
「じゃあ、ダンヒル、一緒に来てくれ」
ルーツはそういうと足早に厨房から懇親会の会場に戻っていった。ダンヒルがそれに続く。
「あれ?俺は?」
「あれは半分冗談だ。ダンヒルさんに断られたら、アンブラーに任せようと思ってた」
キヅカの変わり身に呆気にとられるアンブラーだったが、徐々に怒りに変わる。
「キ~ヅ~カ~」
アンブラーはキヅカを追いかける。キヅカは笑いながらアンブラーから逃げる。それをジョナンドとユージンも笑って見つめていた。
こうして、ルーツ王子主催の祝宴は大成功として終わったのだった。
幕間に主人公視点を持ってきてみましたが、めちゃくちゃ長くなってしまいました。大晦日の投稿であり、スペシャル版ということで何卒ご容赦くださいませ。
次回はノルプスクエに戻っての物語になります。今回も読んでいただき、誠にありがとうございました。
誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想、料理に関するリクエスト等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。
なお、リクエストに沿えるかどうかは保証しかねますのでご了承ください。
ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。
これで年内最後の投稿になります。お付き合いいただきありがとうございました。来年もお楽しみいただければ幸いです。
では、みなさま、よいお年をお迎えください。




