第7章 脂っこい味 ④
わたしはなぜ、王都に来たのか。王都まで来なかったらこの男の姿を見ることはなかっただろう。
「冷酷な少女」
すれ違いざまにその言葉を聞いて、本当は無視したら良かったのだろうが、思わず立ち止まってしまった。
「やはりでしたか。年月が経ってるので別人かとも思ったのですが」
「何のこと?」
振り返らずにそれだけ呟いて立ち去ろうとするが、この男には無駄だった。
「では、これからは私の独り言です」
初老の男はいつのまにかわたしの隣にきて、独り言を話し出した。
「朝早くにお出かけになられたキヅカ様がお戻りになりません。どうも街を出てノルプスクエの方角に向かったようですが、執事の私は勝手に王都を出ることはできません。報酬は出しますので、どなたか探してくださるといいのですが」
そう言い残していつのまにか男はどこかに消えていた。油断のならない男である。無視して王都を満喫しても良かったのだが、流石に目覚めが悪い。はぁ、とため息をついてノルプスクエに繋がる街道のほうに向かう。
門に近づいて門番をしている騎士にキヅカの特徴を簡単に伝える。
「その男ならたしかに外に出たらしいぞ」
「らしい?」
あやふやな返答に、思わず私は眉を顰める。曖昧な情報は判断を鈍らせるだけである。
「そんな怖い顔をするなよ。せっかくの美人が台無しだぜ…いや、それよりも男の話だな」
怖い顔をさらに怖くしたら、彼は本題に戻ってくれた。
「早番のやつから申し送りがあったんだ。夕方になっても戻らなかったらハバネルさんの屋敷に伝えてくれってな。早番だから実際に伝言を受けたやつは帰っちまったよ」
「で、まだ帰ってきてないの?」
「少なくとも俺が見た範囲ではな。なにせ、これだから」
門番がちらりと目線を移す。その先は多くの商隊や旅人が身分照会を経て門をくぐっている。まもなく本格的に日が傾く。そろそろ、ノルプスクエからのんびりやってきた人たちが王都に到着する頃だ。一応、身分確認は行っているものの、窓口はいくつかある。
私はどうするか思案した。とはいえ、選択肢は限られている。あの男が王都の中で彼を見つけることができないのだ。まだ王都に帰ってない可能性が高いだろう。
「ありがとう」
「嬢ちゃん、今から外に出る気かい?悪いことは言わねぇから辞めときな。数は少ないが、盗賊や魔物が出ることもある」
「依頼なので」
私はそういって門の外に出た。そこには多くの人が王都に入る許可を待っていた。特に大きな商隊は人数も多く、代表者以外は少し離れて待つのが一般的だ。
人は多いが、かと言って動けないほどではない。すれ違う人の顔をチェックしながら、キヅカが紛れていないか確認する。ただ、キヅカが幌のかかった荷台にいたならば、見つけることは困難だ。
意味があるのかどうかわからないな、と思いながら歩いていると、視界の端に何かが映った。そちらの方に顔を向けると、どうやら誰かが盗賊か何かに襲われているらしい。
街道からかなり離れており、殆どの人は気づいていない。気づいていたとしても街道から遠く離れて歩く方が悪いと、無視を決め込むだろう。私もそうしようかと思ったが、何か胸騒ぎがした。
違うなら違うでいいか。
顔認証もそこそこに、私は襲われてる誰かさんのところに向かった。その歩みは、段々と駆け足になる。自慢ではないが私は目がいい。夜目も効く。多少遠くてもある程度認識は可能だ。かなり離れているが、間違いない。
探している男が盗賊に襲われていた。そして今、襲われている男、キヅカの足に矢が刺ったのが見えた。キヅカがよろける。
完全に気配を消し、油断している射手の喉を持ってた短刀で掻き切る。喉から血が噴き出る。射手は言葉を発することなく、もしかしたら死んだことすら認識できず、ある意味安らかに逝った。
キヅカは、というと倒れたまま動けないようだ。大きな傷ではないように見えるが、その様子を見るに毒でもぬられていたのかもしれない。
緊急事態こそ焦りは禁物。何度となく教えられた、そして自ら経験した。それにも関わらず、私は焦ってしまった。
「…ま、目が覚めた時には死んだほうがましだったと思うかもしれんがな」
気配を消し、キヅカに最も近い盗賊に近づく。私の姿に気づいた者もいたようだが、彼らが声を上げる前に私の短刀は男の喉を掻っ捌いていた。
本当はキヅカには気付かれずに、あるいはもっと穏やかな形で助かるつもりだった。
キヅカを助けないと。
その気持ちが強すぎた。
私の目とキヅカの目がバッチリあった。
直後にキヅカは意識を失った。願わくば、誰がどういう手段で殺したか、覚えてないことを祈りつつ、何か喚いている盗賊たちを普通に倒した。
数人の死体と、血の海となった現場を後にし、私はキヅカを背負って王都まで帰った。王都の門の前にはあの男がいた。私が門番に事情を説明する前に、その男が口を開いた。
「ハバネル邸執事、カムシロフ。彼と彼女を預かりましょう。治療も承ります。この男性はハバネル様のお客人でもありますゆえ」
ハバネルの名前を聞き、門番をしている騎士はあっさりと私とキヅカを通してくれた。私は簡単な事情を説明し、騎士を現場に向かわせた。おそらく、私の正体にまで気づくものはいないだろう。
キヅカをハバネル邸に送り、私は身を清めた。泥と、服についたわずかな返り血を見て、自虐的な笑みを浮かべた。腕が落ちたもんだ。
「助かりました。冷酷な少女」
「その名前で呼ばないで」
私を待っていたかのようにそこにいる男から忌み嫌う呼び名を言われると、自然と怒りがわいてきてしまった。私の時のはらんだ声に、この男も流石に少し戸惑ったようだ。
「ふむ。其方が返り血を浴びるとは珍しい」
「貴方は変わりないわね。返り血なんて僅かだったのに」
この男に限って覗きなんて陳腐な真似はしないだろう。そんな男ならハバネルがとうの昔にクビにしている。匂いかその洞察力で返り血の存在を感じたのだろう。
「いえ。そうでもないですよ。私も貴女の気配を察知するまでに随分とかかりましたから」
笑みを絶やさずに男はいう。謙遜を、しているのだろうか。私のほうは随分と平和な暮らしに慣れてしまったようだ。
「キヅカ様はあちらのお部屋でおやすみです。では、私めはこれで」
執事らしく、恭しいお辞儀をして、男は去っていった。
私はキヅカが寝ている部屋にそっと入る。そこには先程のやや苦悶の表情ではなく、穏やかな寝顔があった。
私はこのキヅカという、不思議な人間について考えてみた。
キヅカは1ヶ月半ほど前に突如として私の前に現れた。オオサカ国なる謎の国から来たということだが、十中八九嘘だろう。ただ、初対面のときの独特の話し方からも「本当にどこから来たのか」という疑問は残る。
彼の思考も気になる。私も食に関してはうるさい方だが、モンレターバステーキは目から鱗だった。知ってみればなぜ思いつかなかったんだろう、というほど簡単なことだが、簡単なことほど思いつくのは難しい。
エビルプルッアを使った料理はもっと驚いた。私もエビルプルッアを齧って生活したこともある。その実が甘い果実だと知ったときは腰を抜かすかと思った。甘い実を取る方法は簡単で、枝になってる実を直接獲るだけだ。もっとも、ツルツルすべる木に苦労して昇って、足場が不安定な中、腐っても魔物であるエビルプルッアを収穫するなど、常人の考え付くところではないのだが。
そして、今回。早朝に王都を出たということだったが、日中だけでノルプスクエまでの往復は、普通なら到底無理であろう。この男がそれをやってのけたのは、リュックに詰め込まれていたエビルプルッアが証明している。この荒野が広がる王都周辺に、エビルプルッアは生息していない。
ジョナンドと交代でキヅカの看病をして1日半が経過した。私はなぜ、この男の看病をしているか、疑問に思い始めたころ、キヅカが目を覚ました。
あっ…
目を覚ましたキヅカの表情を見て、私は彼が何を見たかを知ってしまった。彼の顔は、私に対して死を察知したことを示していた。
「起きたのね」
カラカラになった私の喉が、なんとか声を絞り出す。変に聞こえなかっただろうか。
「ジョナンドを呼んでくる」
唾を飲み込み、喉をわずかでも潤したあとに、私はそう言って立ち上がった。心拍数が上がっているのが、自分でもわかる。部屋を出て、ジョナンドの元に向かう。
「キヅカが目を覚ましたわ」
少しの移動で落ち着いた。ジョナンドに対しては普段通りの声が出た、と思う。
「そうか」
しかし、ジョナンドにはわかってしまったらしい。振り返って私の顔を見た瞬間、何かを悟った様子だった。
「テンコ。ありがとう。様子を見にいってくるよ」
ジョナンドがキヅカの部屋に向かおうとし、私とすれ違う直前、つぶやくように言った。
「あいつは心優しいやつだ、と思う。お前が何を感じたかは知らないが、全く気にしないだろう」
ジョナンドはそう言って立ち去った。キヅカの元に向かったのだろう。
ジョナンドの気遣いに感謝する一方で、怒りも湧いてくる。忘れたくても忘れられない、恐怖に歪んだあの眼、あの顔。私の本性を知ると、皆が同じ顔をする。そのことを彼は知らない。
一つの大きな決意をして、私は屋敷を出る。ここにくることも、おそらくはもうないだろう。
屋敷の門の前で一人の男が立っていた。
「おかえりですか。テンコ様」
先ほどまで私が忌み嫌う名前で呼んでいたくせに、こういう時は今の名前で呼ぶ。本当にせこい男だ。
「ええ。キヅカが起きたから。貴方と会うのも、これで最後。さようなら」
「わたしはまた、貴方に会いたいのですがね」
門を開けながら、彼は言う。
「次に会う時があれば、貴方か私が死ぬときよ」
半分本気、半分冗談の軽口に、彼はひょいと肩をすくめた。どこまでわかってるのだろうか。
私が門を出ようとすると、彼が独り言を言い始めた。
「私はテンコ様《・・・・》に会えることを楽しみにしていますよ」
私はその言葉に応えることなく、門を潜って、宿に向かった。もともと少ない荷物をまとめ、世話になったジョナンドに向けて書き置きをする。
「さようなら」
誰に言うでもなくつぶやいて、私は扉を閉めた。
夜の王都。一人の女性が宿から荷物を持って出ていった。「伝説の傭兵が復活した」と噂が立ち始めるまでに時間はかからなかった。
オムニバス形式の更新は第7章で終了です。このような形式での更新もするかもしれませんが、いつになるかはわかりません。
次の章からはキヅカが中心の物語になる予定です。
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