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冴えない僕が料理人になって成り上がったった  作者: 御節 数の子
第6章 甘くてしょっぱい味
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第6章 甘くてしょっぱい味 ⑤

キッチンの様子を端で見ていたダンヒルは、目を疑った。今回の祝宴を仕切るのは、てっきりキヅカだろうと思っていたからだ。しかし、実際に仕切っているのは自分の息子、アンブラーだった。さらに驚くべきはキッチン内では完全に下働き、それも皿洗いと掃除しかさせていないユージンが鍋に火をかけている。キヅカはユージンの周りを中心に歩き回り、味の調整をしていく。おそらく、会場とのつなぎ役も彼がするのであろう。


ダンヒルは心の中でキヅカの評価を上げた。ダンヒルも長年、キッチンで働いており、料理長としての地位を確立している。多くの部下を持ち、適材適所、場合によっては辞めてもらうことも含めて、人を見る眼には自信があった。自分の息子の能力や、なによりもユージンの能力を見極め、さらにはこの少ない人数でやりくりをする。特に癖のある低年齢の2人を送り込み、より難しい状況にしたはずだが、キヅカはそれを乗り越えた。


そんなダンヒルをよそに、キヅカたちは祝宴の準備を進めていく。


まず、ジョナンドがソルベを作る。エビルプルッアを甘みのあるものと酸味のあるもの、両方を選ぶ。皮をむいた後に細かく刻み、さらにすりこぎで潰して果肉入りジュースの状態にする。これはほかの料理でも使うために多めに作っておく。続いて卵白をボウルに入れ、メレンゲを作る。泡だて器のようなものはなく、フォークを2つ背中合わせの状態にすることで簡易的な泡だて器に代用した。まずは横方向に速い動きで粟を作っていく。ある程度細かい泡になったら、今度はゆっくりと空気を含ませるように弧を描きながら混ぜていく。途中で砂糖を混ぜるが、果実自体にも甘みがあるため、少量にとどめておく。根気のいる作業であり、時間によっては省略も考えていたが、ジョナンドはしっかりと仕事をした。果肉入りジュースに少量のモンレ汁と先ほどのメレンゲを加え、全体がなじんだら冷蔵室の奥にしまう。あとは何回か混ぜればエビルプルッアのシャーベットの完成だ。


ユージンはスープ作りに取り掛かった。鍋に湯を沸かし、皮をむいて細かく刻んだボカチャ、ガジャイモ、エビルプルッアを入れる。柔らかくなるまで火を通したら取り出し、すりこぎで原型が亡くなりまで潰す。ボカチャとガジャイモがねっとりとし、エビルプルッアの水気を吸い取ったらフービの乳から絞った白い液体、ルクミを入れる。再度火にかけ、塩コショウで味付けをしたら完成だ。ところどころ、キヅカのアドバイスがあったが、途中からは1人で完璧にこなした。


アンブラーは周囲に気を配りながらアミューズ、サラダ、ポワソンの準備を進める。キスズに塩を振ってしばらく置いている間に、アボガドとよく似たガドアボと皮をむいたエビルプルッアをサイコロ状に切る。キヅカが卵黄、油、酢を混ぜて作った、やや酸味の強いマヨネーズと和え、グラス状の器に盛り付ける。


次に葉物野菜を一口大に切り、エビルプルッアジュースとと油、塩コショウで味付けしたドレッシングで和える。さらに鯛とよく似たブルシーという生魚を薄く切りつけ、先ほどのドレッシングをかけ、カルパッチョ風にする。2つを同じ皿に盛り付けてオードブルの完成だ。


キヅカはスープの完成を見届ける前にキッチンの外に出た。一応、不審者と間違われないように執事のような恰好をしている。会場の様子をうかがうためだ。教えてもらった廊下を歩いていると、徐々に来賓者と思われるドレスやタキシードを着た人たちが増えてきた。やはり、やや年配の人が多い。


「あの、おてんば姫が結婚だなんて、信じられませんわ」


「しっ!誰かに聞かれたらどうするのよ。でも、確かにね。お相手のピエール王子は聡明で、第3王子にしておくのがもったいないくらいだそうよ」


すれ違う奥様2人の噂話が耳に入る。どうやら、ルーツが言っていたことは本当らしい。


会場の扉を少し開き、中の様子をうかがう。来客者たちが席に着き、間もなく開演のようだ。そっとキヅカは中に入って会場の隅に立ってみる。会場はまるで結婚披露宴そのものの配置だ。ルーツの姿はない。あるいは花婿、花嫁に挨拶をしているのかもしれない。


「お、キヅカか。キッチンの具合はどう?」


姿が見えないと思っていたルーツが声をかけてきた。すでに少し疲れが見える。


「ルーツ王子。僕なんかに話しかけてもいいのですか」


客観的に見れば一介の使用人に簡単に話しかける王子はどうかと思うが、ルーツは意に介した様子はなかった。


「いや。僕はお飾り王子だからね。みんな、気にしないのさ。それよりもキッチンは順調か?」


「ええ。アンブラーの手際の良さは僕の想像以上でした」


「それはよかった。じゃあ、そろそろ宴が始まるから、準備しておいてくれ」


そういってルーツは舞台の下手に向かった。キヅカはそっとその場を離れ、キッチンに戻った。


キッチンではある程度仕込みが終わったアンブラーが声をかけてきた。


「どうだった?」


「ああ、そろそろ始まるみたいだ。アミューズを運ぶ準備をお願いします」


「わかった」


そういってジョナンドとアンブラーが手分けしてサービスワゴンにグラス様の皿に入った料理を乗せ、外で待機するメイドに渡していく。


「キキキキキ、キヅカさん、スープの味をみてくだしあ、ください」


舌を噛みながらもユージンがキヅカに声をかけた。あまり人に話しかけないユージンが、なんとかではあるが話しかけることができていた。


キヅカはスープの味見をして驚いた。キヅカが作ったよりもよっぽどいい調整ができている。そのことを伝えると、ユージンは顔を真っ赤にして喜んだ。


「遅くなりました」


ちょうどその時、ボールとアーネルがキッチンに入ってきた。大きな袋を抱えており、その中にはいい香りのする焼きたてのバーラーがこれでもかと入っていた。


メイドが空になった器を下げに来た。すべての器に食べ残しがなく、少なくともエビルプルッアであることは気づかれていない様子がうかがえた。とりあえず、宴の開始としては順調のようだ。


オードブルとともにバーラーを配膳するようにメイドにお願いしつつ、アンブラーはポワソンの準備に入る。表面に浮いた水分と余計な塩を紙で拭きとると、全体に塩と胡椒をまぶし、小麦粉をつける。ジョナンドに頼んでかまどに火を入れてもらい、大きなフライパンにたっぷりのターバを入れる。ターバが解けるいい匂いがキッチンに広がったら、小麦粉をまぶしたキスズの皮目を焼く。弱火でじっくりと焼くことで皮下の脂が溶け出す。カリカリになればひっくり返して身を焼いていく。ある程度火が通ったところで白ワインをふりかけ、蓋をして蒸し焼きにする。


キスズをひっくり返すころにキヅカがスープを出すように指示を入れた。予想以上に速い進行だ。大きなフライパンを用いているとはいえ、1回で6枚が限界である。アンブラーだけでなく、ジョナンドもポワソンの調理を手伝う。ユージンはスープを人数分のカップに注ぎ、キヅカがバーラーをサイコロ状に切って、軽く表面を焼いたクルトンを乗せる。これもボールらにお願いしていた品だ。


スープを取りに来たメイドに、次に器を下げるときは時間差で下げていくようにお願いする。そしてキヅカは急いでムニエルにかけるソース作りを行う。アンブラーが焼き終えたキスズを器に盛り付ける。フライパンに残った脂がたっぷり入ったターバにエビルプルッアジュースを入れる。コショウでややスパイシーな味付けにし、焼きあがったキスズにかける。最後に飾りつけではおなじみのパセリ、ではなくセリパを添えて完成だ。


すべての皿が出る前に、ジョナンドは肉を焼き始める。本当はフライパンではなく、網の上で焼いてもよかったのだが、ソースのことを考えると肉汁も捨てがたい。ユージンが絶え間なくきれいにフライパンを洗ってくれるおかげで、スムーズに移行することができた。


キヅカは会場に向かい、中の様子をうかがう。会話が弾み、盛況のようだ。一方で食事の進みは思ったよりも早い。すでにポワソンの皿が空になっている客もいる。キヅカは慌ててキッチンに戻り、アンブラーにそのことを告げる。アンブラーはキヅカにソルベの用意をするように指示した。キヅカはそれに従って事前に冷やしておいた器にソルベを盛り付けていく。ただし、客の食事のスピードはまちまちであり、慌てて全員分を用意することはしない。下がってきた皿と同じ数だけ準備して運んでもらう。


ソルベを全員分運び終わる頃には、最初の方に出した客の皿が帰ってきた。キヅカが今度は肉用のソースを作る。ポワソン同様、肉汁がたっぷり入ったフライパンにターバ、酸味のあるエビルプルッアジュース、赤ワインを入れ、そして最後に魚醤を少量くわえる。皿に盛り付けられた肉にソースをかけ、クレソンのような葉、ソンクレを置いて完成だ。


最後はエビルプルッアを使った焼きリンゴだ。作り方はビーフ・ジョナで作っていたものと変わらない。アンブラーが肉を焼き始める頃合いにエビルプルッアの芯をくりぬき、中にたっぷりのターバを入れる。濡れた紙でくるんだらかまどに放り込む。単純な作業だが、いかんせん数が多い。それでも一度かまどに入れてしまえば、あとは時間が過ぎるのを待つだけだ。


無事に完成し、紙をはがして器に乗せる。飴色のつややかなエビルプルッアの皮の色とともに、甘く香ばしい香りがキッチンに広がる。これまでもエビルプルッアの香りは広がっていたが、実をすべて使ったこの皿は、ほかのどの料理よりも食欲を掻き立てた。その証拠に、キッチンの端でずっと4人の様子を見ていたダンヒルでさえ、少し身を乗り出したほどだ。


だが、キヅカはこの皿が最も不安であった。これまでは工夫してエビルプルッアだと悟られないように、細かく刻んだりジュースにして使用していたが、これだけは多くの人が知っている、「食い詰め者の食べ物」エビルプルッアだ。ショックを受けないか心配であったが、ルーツが強くこのままで出すと推してきたため、そのままワゴンに乗せる。完璧な指導がされているはずのメイドですら、少し驚きと困惑の表情を見せたので、その不安はますます増える。


すべての皿が出払った後、キヅカは会場内がどのような雰囲気になっているのかを見にいかなかった。正確には見にいく勇気がなかった。4人で洗い物を片付けていると、慌てた様子のルーツ王子がキッチンに入ってきた。


やらかしたか、とキヅカは慌てたが、その心配は杞憂に終わった。


ルーツは満面の笑みで親指を立てたのだった。

駆け足になってしまいましたが、王宮編は終了です。次回からはしばらく、本編に入れきれなかった話をサイドストーリーとして掲載する予定です。


もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。


今回の「エビルプルッアのフルコース」のレシピは、リンゴ大学様(https://www.ringodaigaku.com/top.html)を参考にさせていただきました。ほかのレシピやリンゴの魅力に関してたくさん紹介されていますので、ぜひ、皆さんもお立ち寄りください。


誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想、料理に関するリクエスト等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


なお、リクエストに沿えるかどうかは保証しかねますのでご了承ください。


ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。

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