幕間 ~ユージン視点~
僕は王宮内の更衣室で何度も自分の服装を確認した。いつも着ているコック服ではあるのだが、今日は念入りに確認する。
僕はとある街の食堂を営む夫婦の間に産まれた。物心つく頃には両親の手伝いをしようとしたが、緊張しがちな性格と相まってなかなかうまくはいかなかった。それでも両親は怒鳴ることなく、僕ができることをやらせてくれた。その一つがスープ作りだった。僕の作るスープは評判がよく、そのうち、父が作るものをしのぐほどになっていった。
ある日、ふらりと訪れた背の高い、がっしりとした男もスープに舌鼓をうった。それが王宮厨房の料理長、ダンヒルであることはのちにわかるのだが、そのときの僕に知る由もなかった。
しばらくして、僕を王宮料理人としてスカウトしたいという手紙がきた。ユージンは悩んだが、両親の勧めもあり、王宮料理人として働くこととなった。
はじめて王宮厨房に入ったとき、僕は呆気にとられた。実家の食堂とは違い、人数も規模も違う。特に宴会が開かれるときはまるで戦場のような荒れ具合だ。僕がその戦場でなんとかついていこうとしているなか、同い年のアンブラーは堂々と下ごしらえを手伝っている。僕はアンブラーを尊敬しながらも、一方で、いつかは自分も鍋の前に立ちたい、そう思いながら目の前の皿を洗うことに専念していた。
「ユージンはスープを作ることに専念してください」
キヅカ、という男からそういわれたのは、つい先日のことだ。よりにもよって隣国の婚約を祝う宴会の料理メンバー、それもルーツ王子以下、5人しかいないチームに選ばれてしまった僕は、それでもある程度気楽に考えていた。どうせ数合わせ、皿や調理器具を洗っていれば大事にならないだろう、と。しかし、なぜかキヅカさんは僕にスープ担当を命じたのだ。
「おい、ユージンに1品任せるのかよ」
同い年で、この5人の中では僕をもっとも知っているアンブラーが異を唱える。それはそうだろう。厨房では皿洗いしかしていない自分が、スープ作りなんてできるはずがない。
「ユージン、やりたいか、やりたくないか。それだけでいい」
キヅカが問うた。僕は思わず言ってしまった。
「・・・やりたい、です。ですけど」
「よし、決まりだ」
後から考えればなぜそのようなことを言ったのか、わからなかった。
キヅカさんが僕をなぜ選んだのかを説明し、アンブラーも納得したため、僕は言いたいことの半分も言えずにスープを担当することが決まった。予期せずして、自分が厨房でやりたかったことをできるようになったが、しかし、その場は王子主催の祝宴である。うまくできる自信なんて、これっぽちもなかった。
不安しかなかったが、それでも祝宴までの数日間、僕は与えられた厨房での時間を使ってスープの試作品を何度か作った。具剤に火を通す時間、ルクミの量、そしてどのような温度で出せば飲みやすいか。限られた時間の中で様々なことを試した。
そして、今日がいよいよ当日である。僕は入念に服装をチェックすると更衣室を出た。廊下を歩くと手と足が同時に出る。祝宴までは時間があり、メイドや執事しか顔を合わせなかったのはまだよかったが、挨拶もろくにできない。
「おおおおお、おはようございます」
おずおずと声をかけながら、僕は厨房に続く扉を開けた。そこにはすでにキヅカさんとルーツ第三王子がいた。
「おはよう。今日はよろしくね」
「おはよう。体調はどうだい?」
キヅカさんはともかく、ルーツ王子がいるとは思わず、僕は思わず固まってしまった。平民である自分が、第三王子とはいえ王族と話をするどころか、顔を合わせることすらいまだに慣れない。
「あああああありがとうございます!ななななんとかだいじょうぶでしっ!・・・です」
僕はなんとか声を絞り出す。その様子を見て、ルーツ王子は苦笑するのだが、その姿を顔を下に向けていた僕は見えていなかった。
しばらくしてジョナンドさんとアンブラーもやってきた。時間が迫ってくると、僕だけが緊張しているわけではないことが伝わってきた。
「いよいよだな」
ぼそっとアンブラーがつぶやいた。その声も心なしか震えている。緊張をほぐすようにジョナンドさんが言った。
「なあに、気にするな。仮にこの宴会が失敗に終わったとしても、主催者のルーツ王子のせいだ。それにそもそもキッチンが手伝わなかったのが悪い」
「その台詞は聞き捨てならんな」
ジョナンドさんの台詞に応えた主のほうに顔を向け、僕は身体を固くした。そこには料理長であるダンヒルさんがいたからだ。料理長は身体も声も大きく、威圧感があって僕のもっとも苦手とする人種だ。
ダンヒルさんが続けて声を上げる。
「エビルプルッアを使う祝宴など、聞いたことがない。それに王宮厨房が手を貸したとなると、末代までの恥だ」
「ダンヒル、何しに来たんだ?」
ダンヒルさんに応戦したのは、彼の弟でもあるジョナンドさんだ。
「何しに来た、とはご挨拶だな。我が城の中を荒らしまわらないか、見張りに来たんだ」
「ジョナンドさん落ち着いて」
バチバチと火花を散らす兄弟の間に、キヅカさんが割って入った。ダンヒルさんはそのまま何も言わずに厨房の端に移動した。どうやら本当に監視する気らしい。自分の中で緊張が増していくのがわかる。
「いよいよ祝宴です。不安なことも多いですが、いまさら言っても始まりません。無事に終わるように、みんなできることを全力でやりましょう。今日は一日よろしくお願いします」
キヅカさんがぺこりと頭を下げた。ほかの4人は緊張が少し溶けたようだが、僕は緊張しっぱなしだ。
「よし」
誰が言ったかもよくわからない掛け声を合図に、それぞれが持ち場に着く。僕も少し遅れて持ち場に着いた。
「はい、ユージン。いつも通りやってくれればいいからね」
キヅカさんが材料をもってきてくれた。材料も持たずに僕は何をしようとしていたのか。恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
「はははは、はい」
キヅカさんは僕の肩をポン、とたたいて僕の元を離れた。なんとなく、背中を押された気がした。
僕はふーっと息をつき、目の前の食材に目を向ける。ボカチャ、ガジャイモ、そしてエビルプルッア。いつも通りの食材だ。僕は「練習通り」に食材を切り、水を張った鍋に食材を入れる。ジョナンドさんにお願いして火をつけてもらう。くたくたになるまでじっと鍋を見て、そして具材を取り出す。ボウルに移したらすりこぎで具材をつぶす。小柄で非力な僕には一番きつい作業だ。
「手伝おうか」
キヅカさんが声をかけてくれた。
「いえ、大丈夫です」
僕は無意識に言った。
「わかった、何かあったら言ってね」
一瞬の間があいて、キヅカさんはそういい、僕の元を離れた。
僕は時間をかけて、入念に具材をつぶす。ボカチャとエビルプルッアのスープはこの作業が一番大事だということが、何回かの試作で分かった。いかにしっかりと潰すかで舌触りがかわる。塊がなくなり、エビルプルッアからでたジュースがボカチャとガジャイモに吸い取られたら、今度はルクミを入れる。スープに火を入れることを考えてやや緩めに作る。それを鍋に戻し、弱火にかけて温める。十分に温まったら塩と胡椒で味を調える。
「キキキキキ、キヅカさん、スープの味をみてくだしあ、ください」
僕はおもいっきり舌を噛みながらもキヅカに声をかけた。自分から声をかけるだけ、進歩したと思う。
キヅカさんは小皿にスープを少量とって味見をしてくれた。
「うん。うまい。僕が試作したときよりおいしくできてる」
キヅカさんは笑ってそういってくれた。僕は恥ずかしくてうれしくて興奮して、顔が赤くなるのがわかった。
いよいよスープを出す順番になった。キヅカのアイディアでお湯にくぐらせて温めた器にスープを注いでいく。クルトンというらしい、バーラーを細かく切って焼いたものを浮かべ、完成だ。ワゴンに乗せて会場に運ばれていく。
ここまでの料理はほとんど残ることなく厨房に帰ってきている。
スープだけが残っていたらどうしよう。
その不安をかき消すように、僕は返ってきた皿を洗う。スープを作り終えた自分ができることはこれくらいしかない。
しばらくすると、ポワソンを出す準備に入った。それはすなわち、スープの皿が帰ってくることを意味する。
ドキドキしながら僕がワゴンをみると、見事に空になっていた。ものによってはなめとられたかのように、きれいになっているものもある。
それをみて、僕は誇らしい気持ちで、洗い物を続けた。頬がにやけていたのは、許してもらおう。
ユージンがどもることもなく、返答してましたね。集中力はさすがです。
次回はオムニバス形式で幕間のようなサイドストーリーを書く予定です。第6章で明かされなかった目線での話もありますので、お楽しみいただければ幸いです。
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