第6章 甘くてしょっぱい味 ④
一方、アンブラーは納得がいかないようだった。
「キヅカ、待ってくれよ。俺はそいつの面倒まで見れないぞ。スープなんか盛り付けもほとんどないし、キヅカが作ればいいじゃないか」
「いや、僕は別の役割がある。まず、ソースを作ること。これはこのコースの命にも近い。そして何より、会場の食の進み具合をチェックすること。これは一番大事だ。料理を出すスピードがあまりにも早いと時間を持て余してしまうし、遅すぎると時間が押してしまう。会場とキッチンをつなぐ役割が必要だ。それに、スープを出す時間は比較的前半だ。ジョナンドさんのサポートもある」
「だ、だけど」
「いいかい、アンブラー。この5人はチームだ。いくらリーダーのレベルが高くても、メンバーの能力を生かしきれなければいいチームとは言えない。大丈夫。ユージンもうまくやってくれる」
不満そうなアンブラーには諭すように、不安そうなユージンには勇気づけるようにキヅカは言った。
「ユージンは多くのことをする能力は正直低いのかもしれない。だが、僕の見た限り、一つの物事を淡々とやることには長けてるのではないか?どう思う?」
この質問をアンブラーに投げかけた。
正直、出会って数日のユージンのことなど、何一つもわからないが、王宮料理室という料理界のエリートと思われる職場で働いている以上、なにか長所があるはずだ。ユージンはマルチタスクが得意なようには、お世辞にも見えない。残るとするならば一つのタスクを黙々とこなすことだろう。
当たるかどうかはギャンブルだったが、どうやらその賭けには勝ったらしい。ユージンは答えなかったが、アンブラーには思い当たる節があるようだ。
「た、たしかに。こいつが洗い場に入ると洗い物が溜まることがないな。俺がやるといっつも遅いって怒鳴られるんだ」
「だろう?スープづくりは単調だが根気が大事だ。アンブラーがいくらマルチタスクの能力に長けていても、スープ作りだけはおろそかにしてはいけない。ユージン、そういうわけだから、頼んだよ。なに、作業自体は難しくない。数日間でマスターできる」
ユージンの方をキヅカはポンと叩く。ユージンは小さくうなずいた。
その後、一行はいったん解散となった。次回集合は2日後とした。その間にルーツは会の進行などの打ち合わせをする必要がある。自由に料理室を使える時間帯は、アンブラーは盛り付けの考案、ユージンにはスープのレシピと材料を渡し、何度も作るように指示した。細かい味の調整はルーツに任せた。ジョナンドにはテンコとともにエビプルッアの調達をお願いした。ノルプスクエまでの馬車は王宮が出してくれることになった。
キヅカは、というと2日間かけて街に繰り出した。
まずはボールとアーネルの店にいった。事前に手紙を送っており、営業時間外であったが2人は快く店に入れてくれた。そして、祝宴当日のバーラーを提供してくれるように依頼する。危うく忘れかけていたが、フレンチのコースにはパンがつきものだ。時間があれば自らの手で作るのだが、さすがに時間がない。かといって今更王宮料理室に頭を下げるのもしゃくである。
そこで、キヅカはハバネルと一緒に来店したこの店を思い出したのだ。この国では一般的にパッキーというクッキーに似た食感のパンが流通している。しかし、この店は庶民が口にするぼそぼそしたものではなく、しっとりとしたバーラーを提供していた。当初、2人は恐縮していたが、あまりにキヅカが拝み倒すので、とうとう折れた。十分な謝礼はルーツ王子から約束もされている。
その後、キヅカは市場に向かった。メインの食材はキヅカが眠っている間にルーツが手配してくれていた。ルーツの判断で「大きくメニューは変わりないだろう」という判断だったようだが、これには感謝しかなかった。したがってキヅカの目的はメイン食材ではない。
料理に使うソースは甘味、酸味に加え、塩味が足りないとキヅカは感じていた。ポワソンはターバの塩気があるので大丈夫そうだが、アントレはそうもいかない。それを解決する調味料をキヅカは一つ、知っていたが、王都の市場を巡ってもなかなか見つからない。
キヅカは集合時間直前まで市場を歩いた。市場の端の一角はフリーマーケットのようなものになっており、毎日別の人が全く違う商品を売っている。そこに足を運んで、とうとうお目当てのものを見つけた。
「それはなんや?」
キヅカは座っている少年に声をかけた。15歳くらいだろうか。久しぶりに方言を使ってみる。少年はキヅカのほうをむいて言った。
「これかい?これはワシイを塩漬けして、液体になるまで置いたあと、濾したやつだよ。あんまり売り物にはならないけど、家にいっぱいあるから持ってきたんだ。料理に入れると美味しいよ」
これだ!とキヅカは心の中で両手を上げて喜んだ。おそらく、この液体は魚醤だろう。求めていたのは大豆から作った醤油だが、魚醤でも十分に代用が効く。
「へぇ。珍しいやん。味見できる?」
キヅカは魚醤を買う気満々であったが、その気持ちをやや抑え目にしておく。ここはフリーマーケットだ。あまりに買う気を全面に出して吹っかけられても困るし、そもそもキヅカが期待している味かどうかは分からない。
「いいよ。ほら」
少年は瓶の蓋を開け、ほんのわずかの液体をキヅカの手の甲に乗せた。
ドロリとした液体を、キヅカはペロリと舐めとる。かなり塩味がきついが、量を調節さえすれば十分に使えるだろう。醤油と違ってやや癖があるが、その癖でさえもキヅカにとってはどこか懐かしさを感じる味だ。
「変わった味やな。たしかに料理に入れると面白そうや。とりあえず1本買うわ。いつまでおるんや?」
「明日までのつもりさ」
「わかった。気に入ったらまた来るわ」
そう言って小銀貨1枚を少年に払い、魚醤の入った瓶を受け取る。キヅカは小躍りしたい気持ちを抑えつつ、市場を出た。
市場を出ると一目散でハバネル邸のキッチンに向かった。ハバネル邸では普段、比較的おとなしくしているキヅカが慌てた様子でキッチンに向かうので、すれ違った使用人たちが何事か、という目でキヅカをおった。それに応えることなく、キッチンに入ったキヅカは、早速ソースを作っていく。
エビルプルッアの酸味を強くしたソースに、僅かな魚醤を加える。途端にその香りが湯気とともに広がる。味同様、癖のある匂いだが、それと共に香ばしさも加わった。一煮立ちさせたところでキヅカは味見をする。
間違いがなかった。甘味と酸味に加え、程よい香ばしさと塩味が加わったソースは、抜群に美味かった。軽く肉を焼いてつけてみた。その感想はより強くなった。
「よし!」
キヅカは大きく頷いた。
しばらくしてアンブラー、ユージン、そしてエビルプルッアを持ったジョナンドがキッチンに入ってきた。キヅカはその3人に先ほど作ったステーキの試食をしてもらう。魚醤の癖が口に合うかは不安であったが、少なくともこの3人は癖よりも味が気に入ったようだった。
「なんだこれは。また、変わった味がするが、なるほど。その前が酸味の強い味付けだからここで塩気が強くなるのはいいな」
「これは何を使ったんだ?」
「お、おいしいでしゅっ、です」
どうやら、魚醤を使った味付けは受け入れられたようだ。キヅカはさっそくレシピの説明に移った。
これで、すべての料理のレシピが完成した。残りの2日間は細かい味の調整やンブラーが考えた盛り付けの確認とユージンのスープの最終調整に費やした。ガノック産の肉も到着し、ジョナンドが焼き加減を調整していた。
とうとう祝宴当日の朝を迎えた。ルーツを含めた5人はキッチンに集まっていた。今更になってキヅカは、エビルプルッアが受け入れられるかどうか、不安になっていた。アンブラーも30人の宴会を仕切るのは初めてだ。ユージンに至っては王宮で料理を作ることすら初めてだ。
「いよいよだな」
緊張している3人の肩をほぐすように、ジョナンドは言った。
「なあに、気にするな。仮にこの宴会が失敗に終わったとしても、主催者のルーツ王子のせいだ。それにそもそもキッチンが手伝わなかったのが悪い」
「その台詞は聞き捨てならんな」
ジョナンドの言葉に反応したのは、たった今、キッチンに入ってきたダンヒルだった。
「エビルプルッアを使う祝宴など、聞いたことがない。それに王宮厨房が手を貸したとなると、末代までの恥だ」
「ダンヒル、何しに来たんだ?」
「何しに来た、とはご挨拶だな。我が城の中を荒らしまわらないか、見張りに来たんだ」
「ジョナンドさん落ち着いて」
バチバチと火花を散らす兄弟の間に、キヅカは割って入った。ダンヒルはそのまま何も言わずに厨房の端に移動した。
「いよいよ祝宴です。不安なことも多いですが、いまさら言っても始まりません。無事に終わるように、みんなできることを全力でやりましょう。今日は一日よろしくお願いします。」
ジョナンドを制したキヅカはそういうとぺこりと頭を下げた。キヅカが頭を上げると、4人の顔は自信に満ち溢れていた。
「よし!」
待てと言われた犬が、その命令を溶かれるがごとく、ルーツ以外の4人はそれぞれの持ち場に行って料理の仕込みに取り掛かった。ルーツは来客を迎える準備をするためにキッチンを出た。
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