第6章 甘くてしょっぱい味 ①
ようやく、祝宴会です。果たして、どのような形でキヅカたちは祝宴を成功させるのでしょうか。
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キヅカがサロハ国の隣国であるモナセラ国第2王女とガノック国第3王子との婚約を祝う宴の料理担当に選ばれてから、早くも5日が過ぎた。ようやく「祝宴チーム」のメンバーがそろい、今から本格始動となる。主催者であるルーツ第3王子。ルーツがスカウトしたキヅカ。キヅカが働いている店「フービ・ジョナ」のオーナーシェフであるジョナンド。そして王宮厨房から派遣された料理人、アンブラーとユージンがチームのメンバーだ。
5人が、キヅカが居候している大商人・ハバネル邸のキッチンに集まっている。祝宴までは残り7日。残り日数を考えると一から5人でメニューを考えている時間はないと判断し、当面のメニューをキヅカに作ってもらうように依頼し、試作品第1弾が完成したのだった。
祝宴は、いわゆるフレンチとなる。キヅカはそこで「食い詰め者の食べ物」と評価の低い、リンゴによく似たエビルプルッアを中心にした料理を出そうとしていた。
もっとも、それは正確な評価ではない。エビルプルッアは比較的安全な魔物であり、食べることに全く問題はない。しかし、実自体は非常に高いところになっており、一般的には落ちた実を食べる。その味は非常に酸味が強く、先ほどのような評価に落ち着くのだが、枝から直接収穫することによってその評価は180度変わる。
わずか数日でアミューズから始まり、オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、アントレ、デセール。一般的なコース料理をキヅカは作って見せた。
ちなみにこの料理に使ったものはすべてこの屋敷の商人であるハバネルの提供である。王都に来て初日にキヅカが自腹で食材を購入し、味見をしていたが、それを知ったハバネル氏が好意で冷凍庫にある食材なら使っても構わないと言ってくれたのだ。もっとも、使用したのは今回の試食品だけであり、その後はこの宴の主催者でもあるルーツが食材を購入することになっている。
ずらりと並んだ料理に、集まった4人は驚いた。キヅカが祝宴のことを知らされてから1週間も経っていない。この国ではそもそも「コース料理」自体が敷居が高く、田舎出身のキヅカが食べているとは考えにくい。それでもコースの体をしっかりと成している。
「ま、とりあえずは合格点か」
アンブラーが偉そうにつぶやいたが、その心の中では大いに関心をしていた。そもそも「コース料理」を作れるとは考えてなかったからだ。
「ルーツ王子に伺っていたので、とりあえず形にはしてみました。食事の後にチーズやチョコレートなどが出ることがあるそうですが、そのあたりはどうですか」
「ちーず?とかちょこれーと?がどのようなものかはわからないが、一般的には食事のあとは立食形式に代わる。もちろん、参加するしないは自由だが、そこには軽食と酒やコーヒなどの飲み物が提供される予定だ」
この世界では食物の言葉はキヅカの知るそれとはちょっとずつ違うようだ。
「わかりました。それに関してはお任せでいいですかね。エビルプルッアを出すことも可能ですが、余裕があれば考えましょう。それよりも試食会ですから、味のほうを確認してください」
「待て」
さっそく味見を勧めるキヅカに対してアンブラーが待ったをかけた。
「料理はまず見た目だ。目で味わい、鼻で味わい、そして口で味わう。この料理は盛り付けが全くなってない。本当にこのまま出すつもりか?」
偉そうな口をきいているアンブラーだが、至極まっとうなことを指摘する。キヅカも一応、盛り付けに気を配ったつもりではあるが、そもそも料理人ではない。盛り付けに関しては改善の余地は十分すぎるくらいにあるだろう。また、使用する皿も王宮のものとハバネル邸のものでは違う。そのことも考慮に入れる必要がある。さすがは王宮料理長の息子である。
「うん。僕もそれはわかってる。とりあえず、味を見て、アドバイスをほしい。予算の都合もあるだろうけど、何か加えて方がいい食材や調味料なんかもあれば」
キヅカは自分でも美的センスがないことは重々承知だ。王都に来る前にジョナンドにも面と向かって言われた。
「そういうことなら」
初対面のときのアンブラーはかなり突っかかってきたが、エビルプルッアの本当の味を知った今は比較的落ち着いている。
各々、少量ずつであるが味を確かめていく。その都度問題点を書き出していく。あらかた好評だったキヅカの試作品だったが、ポワソンを口にしてから口数が減り、アントレを口にした途端、みんなの表情が変わった。
「これは問題だな」
「予想はしてたけど、これほどとは」
ジョナンドとキヅカが交互に言う。ルーツは何も言わないが、顰めっ面だし、アンブラーは呆れている。口に合わなかったことは、言葉は少ないが表情がそのまま言葉になるユージンの顔を見れば明らかである。
「ソースが甘すぎる」
強烈な甘みとわずかな酸味が特徴のエビルプルッア。ドレッシングや隠し味など、少量使う程度なら問題はないが、魚料理のポワソン、肉料理のアントレで使用し、味の決め手となるソースとなると話は別だ。その甘味が前面に出てくる。ポワソンではターバを使ってるのでまだマシだが、その後のアントレは酷かった。しかも、その直前のソルベ、直後のデセールも甘いので、口の中がドロドロだ。
「肉や魚に別のものかけることは驚いたが、流石にこれじゃ食えん。それに口の中が甘いもので占領されては食欲がわかない」
アンブラーが的確なコメントを残す。
「わかってる。正直、ここまで甘くなるとは想定外だった」
キヅカは腕を組みながら言った。ルーツ王子は不安そうな顔を作り、アンブラーは疑わしげにキヅカの顔を見ていた。
試食会が終わった翌日、キヅカは早朝にハバネル邸を出た。ようやく朝日が顔を出し、街が明るくなるころだ。ただでさえ人通りが少ない住宅街も、いつにも増して静まりかえっている。キヅカはそんな静まり返った街道を歩いていた。いつものリュックを背負っているが、中身はなけなしのお金以外はほとんど空だ。朝早くから屋敷を出ることは昨日の内からハバネルの執事であるカムシロフに伝えている。昼過ぎまでには帰宅するといっているが、いつになるかはわからない。
キヅカは街中を抜け、門番に身分を示したのちに街を出る。しばらく歩いて、門番が小さくなった頃合いを見て、キヅカは走り出した。最初はゆっくり、徐々にペースを上げていく。
この世界の重力は前世界の約半分であることはわかっていた。キヅカはこの国では標準体型に過ぎないが、ついている筋力は約2倍ということになる。1か月間、ほとんど筋力を使う仕事をしていなかったために体力の衰えが心配だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
キヅカは王都周辺の荒野を快調に飛ばして走る。今のところ、街道に人通りはなく、整備された道を走ることができている。しかし、時間が過ぎ、太陽が昇っていくにつれ、街道にも人通りが増えるだろう。馬車並み、とはいかないも常人では考えられないスピードで走るキヅカは、明らかに異様な存在に映る。その時は危険を承知で街道を外れるしかない。
キヅカは時折休憩を挟みながら、ノルプスクエに向かって走り続けた。馬車であれば一刻ほどの時間でついた道だが、人に見られないように道中の村を通過するときは大きく迂回していたこともあり、さらに時間がかかってしまった。ノルプスクエ周囲の森が見えたころには、すでに太陽は真上近くに到達していた。
ノルプスクエ手前で森の中に入り、キヅカはエビルプルッアの樹を探した。なかなか見つからなかったが、幸いにして川は見つかった。川沿いに歩けば必ずキヅカが最初に見つけたエビルプルッアの樹にぶつかる。キヅカは慎重に川沿いを見渡す。
「うーん。簡単に見つかると思ったけど、なかなかないもんだな」
キヅカは河原に腰かけて川の水を飲みながらつぶやいた。探そうと思ってないときは簡単に見つかるのに、いざ、それを目的に探すと見つからない。それは世の常である。
「まあいいや。川沿いに歩けば絶対にあるし」
気楽に歩いていたが、結局エビルプルッアは見つからず、最初にキヅカが見つけた樹まで歩かないといけなかった。
キヅカは早速、その跳躍力を活かして高い枝に生息しているエビルプルッアを切り落とす。いつもはそのままリュックに入れるが、今回は敢えて地面に落とす。落ちた実を一口齧ってみる。エビルプルッアの特徴である甘味を感じるものの、それよりも強い酸味が舌を刺激する。やはり枝から直接「収穫」すると甘みの強い味になるが、一度地面に落ちると、酸味が急激に増えるようだ。
それを確認したキヅカは、わざと地面に落とした実を中心に集めていく。甘いエビルプルッアソースだけではなく、酸味の効いたソースに仕立て上げるには、どうしてもこれが必要になるのであった。
酸味の強いものと甘みの強いものは、見た目では区別がつかないが、その香りが全然違う。同じリュックに入れても区別はつくだろう。
リュックをエビルプルッアでいっぱいにしたときには、すでに太陽は真上を少し過ぎたくらいだった。キヅカは新たにエビルプルッアをもいで、簡易的な昼食にした。その甘味が詰まった果物は、当面の空腹を満たすには十分すぎた。
キヅカは再び、来た道を帰る。本当は馬車に乗った方が安全で確実なのだが、いかんせん、先立つものがない。ほとんど全てを王都に着いた翌日に使い込んでいた。
徐々に傾く太陽に少し焦りを感じながら、疲労からか、往路よりはややペースは落ちるが、それでも確実に飛ばしていく。
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