第6章 甘くてしょっぱい味 ②
王都まであと少し、というところでキヅカは休憩を取っていた。疲労と間に合いそうだという安心感で少し気が抜けていたこともあり、キヅカが気づいた時には盗賊5人に囲まれていた。
「そこのにーちゃん。有り金を全部置いていきな」
リーダー格のヒゲモジャの男がドスの聞いた声で言った。ほかの5人同様、ククリ刀を携えている。
「ご冗談を。お金があるならリュックいっぱいにエビルプルッアを詰めて、街道を歩いているわけがないでしょう」
絶体絶命のピンチであるにも関わらず、キヅカは自虐気味に冗談を飛ばした。逆に軽口を叩かないと正気を保っていられなかったのかもしれない。
「それもそうだ。だが、お前の身体は健康そうだ。顔も悪くない。物好きにはそれなりの値段で売れるだろう。ま、最悪は奴隷として売れるわな」
リーダー格の男はニタリ、と生理的に好まない笑みを浮かべた。キヅカの背中にゾワっとした寒気が走る。
「お前ら!多少の怪我はいいが、殺すなよ!」
その言葉を合図に盗賊が襲いかかってきた。
まずはリーダー格の男の刀がキヅカに向かって振り下ろされる。峰打ちだが、容易に喰らってやる必要はない。キヅカは軽く後ろに下がり、その直後に今までキヅカが立っていたところを刀が通り過ぎる。キヅカに備わった運動神経は一般的に低い。それでも避けることができたのは、単にこの世界の重力が前世界の半分だからだ。そうでなかったら一撃目を避けることができずに人生が終わっていただろう。
なんとか一撃目を避けたキヅカであったが、盗賊は1人だけではない。矢継ぎ早に刀が振り下ろされ、薙ぎ払われる。それらを間一髪で避けるキヅカには、勝算があった。すなわち、逃げの一手である。武術の経験もなく、そもそも武器も持っていないキヅカがここまで無傷でいることが奇跡なのだ。一度、包囲網を抜けてしまえば、あとは自慢の筋力を振る動員して王都まで逃げるだけである。
キヅカは一瞬の隙間をぬって、盗賊たちの間を抜けた。その瞬間、足元に矢が刺さった。キヅカは慌てて足を止める。
「逃げれるとでも思ったか。こっちには優秀な弓矢使いもいるんだ。観念するんだな」
再び、生理的に受け付けない笑顔をキヅカに向ける盗賊。今度はキヅカに軽口を言う余裕はなかった。その代わり、一気に冷や汗がでる。
その後もキヅカはなんとか盗賊の攻撃を避け続けた。隙をついて間を抜けようとするが、その都度、矢が飛んできて行先を阻む。盗賊は連携がとれており、本来であればキヅカごときが間を抜ける隙は作らない。だが、敢えて隙を作ることでキヅガに希望を見せ、足元に飛んでくる矢で絶望に代わる様子を、盗賊たちは楽しんでいた。
もともと街道から離れており、このようなことが起こっていることを気づく人はいない。仮に気づいたとしても、わざわざ危険を冒してまで助けに来ることはないだろう。徐々に陽が傾き、絶望的な状況が続く。
そしてとうとう、疲労からキヅカはバランスを崩した。何とか転倒は免れたが、それを逃してくれる盗賊ではない。踏ん張った足に激痛が走る。激痛の先を見ると、1本の矢がふくらはぎに刺さっていた。たまらずキヅカは転倒する。
「ここまでのようだな」
ゆっくりとリーダー格の男が近づいてくる。キヅカの意識が徐々に遠のく。
「その矢には毒が塗ってある。なあに。死にはしないさ。ま、目が覚めた時には死んだほうがましだったと思うかもしれんがな」
半分薄れゆく意識の中、キヅカは盗賊の顔を見た。そこには相変わらず生理的に受け付けない顔を浮かべ、首から血を噴き出している盗賊の顔があった。生暖かいものがキヅカの顔にもかかる。視界の端に見知った女性の顔が映るのを見ながら、それが誰だったのかを認識する前に、キヅカの意識はなくなった。
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少し離れたところにジョナンドが笑顔で立っていた。隣にはルーツ王子にハバネルもいる。アンブラーは相変わらず不貞腐れた様子だし、ユージンは顔を上げてくれない。なぜか不機嫌そうなブロムもいる。ノルプスクエで最初に世話になったエイモンドもいた。
「おーい」
キヅカは大声で呼びかけながら彼らに近づいていった。
その直後、彼らの後ろを誰かが通りすぎ、そして彼らは笑顔のまま、首から血を噴き出した。
キヅカが足を止め、絶句していると、影が止まった。どうやら女性のようだ。
彼女がゆっくりとキヅカのほうを振り向くと、そこには血を噴き出して倒れる彼らと同じく、見知った顔があった。
「テンコ・・・さん・・・?」
キヅカがそう呟き、キヅカの視界がぼやけていく。
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キヅカは上半身を起こした。身体には汗がびっしょりだ。喉がカラカラに乾いている。
現状を把握できないキヅカに、女性の声が耳に入ってきた。
「起きたのね」
そちらのほうに目を向けると、先ほど夢に出てきたテンコの顔があった。この状況でキヅカの顔が引きつってしまったことは、不可抗力というよりほかはない。その顔を見て、テンコは複雑な表情をした。
「ジョナンドを呼んでくる」
そういってテンコは早々と部屋を出ていった。
キヅカは申し訳ない気持ちになりながらも、今置かれている状況を確認する。
サロハ国第3王子、ルーツの要請に応じたキヅカは、隣国のモナセラ国のシリエル第2王女の婚約祝宴会の料理を任されることになった。その祝宴でエビルプルッアを中心にした料理を出して、「食い詰め者の食べ物」と評されるエビルプルッアの価値を上げようと考えていた。
とりあえず祝宴に出す料理を作ってみたはいいものの、その特徴である強烈な甘みは、魚や肉料理のソースに絶望的なまでに合わなかった。そこで、キヅカはエビルプルッアの収穫方法を変えることでその壁を越えようとした。すなわち、木の高い枝に生息しているエビルプルッアを直接「収穫」することで甘みが強い果物として味わうことができたが、いったん地面に落とすことで酸味を引き出すことにしたのだ。この強すぎる酸味こそ、「地面に落ちた実」こそがこれまで評価を落としていた所以である。キヅカはそれを逆に利用することを考えたのだ。
王都からノルプスクエまで走って、エビルプルッアの生息する森に入り、無事にエビルプルッアを収穫。いざ、王都に帰ろうとしたところで盗賊に襲われ、足を射抜かれたところで記憶が止まっている。
「ここは・・・ハバネルさんの屋敷?」
正確にはハバネルの屋敷に居候しているキヅカの部屋であった。見覚えのある適度な調度品と机とベッドがあり、普通に暮らす分には申し分ない。宿代すらも持ち合わせがないキヅカにとって、ありがたい心遣いであった。盗賊に連れてこられた部屋、という絶望的な状況でないことはホッとしたが、盗賊に襲われた自分がなぜ、この部屋にいるのか。
「おう。キヅカ。目が覚めたか」
ジョナンドが部屋に入ってきた。
「あ、ジョナンドさん」
キヅカが身を起こそうとしたが、ジョナンドがそれを制した。
「まったく、心配かけさせやがって。どれ。事情を聞かせてくれ」
ジョナンドが腰かけるのを見て、キヅカはゆっくりとこれまでの経緯を話し始めた。
ジョナンドは黙って聞いていたが、キヅカが話し終えると、ふぅっと息を吐いた。
「それだけか?どうやって盗賊から助かったのかは覚えていないか?」
「うーん。テンコさんの顔を見たような気がするんですが、正直あいまいです」
「なるほど。お前がテンコの顔を見たのは事実だ。テンコが誰から聞きつけたかは知らんが、キヅカが街から出たことを知っておってな。門番から聞き取りをして、ノルプスクエの方向に行ったことはわかったのだが、その後、帰ってきた様子はやはりない。で、街道を歩いていると、外れたところで盗賊らに襲われているらしき旅人を見つけた。胸騒ぎがして近づいていったらキヅカ、お前が襲われていたってわけだ」
「ということは、テンコさんが助けてくれたんですね」
「そうだ。あいつは店で働く前は冒険者をやっていてな。多少の腕は立つんだ」
「なるほど。僕の見間違いではなかったのですね。先ほど、テンコさんに感謝を伝え損ねてしまいました」
「まあ、俺からも伝えておくとしよう」
そういって、ジョナンドはキヅカに近づいてきた。
「ところで、本当にそれ以外は覚えてないんだろうな?」
いつも以上に真剣な眼差しをするジョナンドに、キヅカは恐怖すら覚えた。
「え、ええ」
キヅカは笑顔のまま首から血を噴き出す盗賊の顔と、そこに現れたテンコの顔が浮かんだが、すぐに消した。
ジョナンドはそのまま、キヅカの目を見ていたが、しばらくして目をそらした。
「そうか。ならいいんだ。テンコに伝えておく。とりあえず、今日は休め」
「あ!」
キヅカはそこの言葉にはっとした。自分は、いったいどれくらい眠っていたのだろうか。
「祝宴まであとどれくらいですか!?」
「今日を入れて4日といったところだ。だが、今日は休め」
「4日・・・」
キヅカが街を出た時点で残り6日だった。すでにそこから2日も過ぎている。
慌てて起き上がろうとするキヅカを再度ジョナンドは制した。
「お前は足を怪我していた。なんとか傷はふさがっているが、まだ歩くことに支障は出るとのことだ。それに毒も食らっていたそうじゃないか。まずは体力回復が優先だ。それに今は夜だ。何をするにしても時間が遅い。リュックに入っていたエビルプルッアはこの屋敷の冷蔵室に入れてもらっている。明日の朝、また迎えに来る」
そう言い残してジョナンドは部屋を出た。キヅカはジョナンドを見送り、今後の予定に関して考えた。
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