幕間 ~アンブラー視点~
「アンブラー、ルーツ王子と仕事をしろ」
宮廷料理長であるダンヒルからそういわれたのは、つい昨日のことだった。
「なんでですか!父上!!エビルプルッアなんて下賤の食べ物を、あろうことか祝宴で出そうとするチームにはいりたくありません!!」
その言葉を聞いて、アンブラーは激高した。
数日前にダンヒルの元にルーツ王子とキヅカという青年が訪れていたことは知っていた。あろうことかキヅカは食い詰め者の食べ物であるエビルプルッアをメインにした料理を出すと言ってのけた。そして、その料理を出す祝宴に協力しろとダンヒルにいったのだった。
もちろん、ダンヒルは即座に断った。王宮で行われる祝宴、しかも他国の姫の婚約を祝う祝宴にエビルプルッアを出すような祝宴に、王宮厨房がかかわったなど、威信にかかわる。
それでも数日間、ルーツ王子は懲りずにダンヒルの元を訪れ、頭を下げた。
曰く、彼1人では祝宴を成功させることは到底できない。料理以前の問題となれば、まったく手を貸さなかった厨房の責任問題にもなりかねない。ひいてはけんもほろろに断った厨房の責任になる。
屁理屈に近い形であるが、おそらく多くの人間がルーツの厨房に通う姿を見ているはずだ。王族が厨房まで来て何かを頼むことなどほとんどない。とうとう、ダンヒルは厨房の使用許可と助っ人を出すことを約束したのだった。
アンブラーはそれを聞かされてもなお、自分が助っ人に選ばれることが理解できなかった。誇り高き料理長ダンヒルの息子である。物ごごろ付いたことには包丁を握り、父の姿を追って王宮厨房に入ったのだ。
「厨房にいる人間の中でユージンが一番若い。そしてアンブラー。お前もだ」
「しかし!」
「これはもう決めたことだ」
さらに文句を言いたげな息子に対し、その言葉を聞かずにぴしゃりと言い放った。だが、その後、ダンヒルはにやりと笑った。
「もっとも、お前がどういう行動をとるかはお前の判断に任せるがな」
なるほど。協力するふりをして、邪魔をしておけばいい、というわけだ。アンブラーも父親に向けてにやりと笑った。
「わかりました」
父親に絶望的な命令を受けた翌日。アンブラーは第3王子であるルーツの元にユージンとともに赴いた。
「よく来てくれたね。僕は知ってると思うが、第3王子のルーツだ」
よく言えば物腰柔らかな、悪く言えばオーラのない青年が簡単な自己紹介をした。もちろん、アンブラーもユージンも、彼の顔と名前は一致する。もっとも、こうやって面と向かって話すことは初めてだ。
「僕は料理長・ダンヒルの息子、アンブラーです」
「ぼぼぼぼ、僕はユージンです。よよよよよろしくお願いしましゅ」
アンブラーは存大に、ユージンは相変わらずおどおどした態度で挨拶をした。ユージンはあまりに緊張して挨拶を噛んでしまうほどだった。この2人を前に、ルーツは内心、苦笑した。ダンヒルもなかなか癖の強い2人をよこしたものである。
「2人とも、話は聞いているね?今度の祝宴は僕たち3兄弟がそれぞれ主催することになった。単なる祝宴じゃない。友好国であるモナセラ国第2王女、シリエル姫の婚約を祝う会だ。その祝宴を成功させるために、どうか手伝ってほしい」
ルーツは頭を下げた。
その姿を見て、ユージンは緊張をさらに悪化させ、もごもごというだけであった。
一方のアンブラーはあきれていた。自分たちのような子どもに対し、わざわざ頭を下げるなど、王族の威厳もなにもあったものではない。カリスマ性のかけらもなく、本当に王族なのか、疑わしいくらいだ。
「父上に言われたからやるだけだ。気が向かなかったらやらない」
アンブラーはきっぱりと言い放った。それに対してルーツは咎めることもせず、苦笑するだけであった。その態度も、アンブラーをイラつかせた。
「さて、そろそろ客人がくるころだ」
そうルーツが言ったころ、まさに客人が来たとの報告が入った。アンブラーとユージンはルーツに連れられて小部屋に向かった。そこにはルーツよりも冴えない青年と、ピンと背筋を伸ばした執事、それに叔父であるジョナンドが待っていた。冴えない青年こそ、エビルプルッアを主役にした祝宴を企画している張本人、キヅカであった。
それぞれが一通り自己紹介を終えたのち、一行はハバネルの屋敷へ向かった。これからの打ち合わせをするのだという。こんなことをするくらいなら王宮で皿を洗うふりをしながらソースの盗み食いでもしたいのだが、仕方ない。
ハバネル邸に向かうとすぐにキッチンに向かった。キヅカはおもむろにエビルプルッアを取り出した。
「うわ、本当にエビルプルッアを使うのかよ」
喉元まで出かかった言葉を飲み込むが、その感情は表情に出ていた。アンブラーは一度だけ、冒険心で食べたことがあるが、その酸味の強い果実を口の中に入れた瞬間、すぐに吐き出してしまった。そして、誰も見ていないことを確認し、そのことを自分の心の中に葬り去っている。ユージンのほうにちらりと目を向けるとなぜか興味津々だ。
馬鹿じゃないか、とアンブラーがユージンに対して思っていると、甘い香りがアンブラーの鼻に入ってきた。キヅカがエビルプルッアを切り分けたのだ。
「とりあえず、これを食べてほしい」
キヅカが切り分けた果実をアンブラーの前に差し出した。
「本当にエビルプルッアなのか?」
アンブラーが以前に食べたエビルプルッアの味と香りのギャップに戸惑っている間に、ルーツの手がひょいと伸びた。
「なんだ、食べないのか。なら、私が頂こう」
「あっ!王子!!」
流石に一国の王子が「食い詰め者の食べ物」を食べるのは、世間一般的によくないだろうと制止の声をあげたが、すでに果実はルーツの口の中に入っていた。ルーツはすでにエビルプルッアを食べており、今更なんの感情もないのだが、それをアンブラーが知る由もない。
「うむ。生で食べてもうまいな」
「そ、そんなにうまいのですか」
ルーツも伊達に王族ではない。一般人に比べて舌は肥えているはずだ。そのルーツがさもうまそうに、それこそ王宮では見せない顔で食べるのを見て、アンブラーは不思議に思った。少なくとも自分が以前、口にした味ではなさそうだ。
「どれ。俺も食うか。アンブラーは食わんのか?こんなうまいもんを。そもそも、料理人たるもの、自分の舌で味わってからその評価をするべきではないのか?」
どうしたものかと迷っていると、ジョナンドがアンブラーにいった。明らかな挑発であることはわかったが、肉を焼くしか能がないジョナンドに言われると腹が立つ。腹を括って切り分けられた果実を奪うように取り、そして口の中に入れた。ユージンも同じように口の中に入れる。
恐る恐る咀嚼していく。いつか来るだろう強烈な酸味に身をこわばらせていたが、予想していた味は一向に感じない。むしろ、柔らかな甘みのあるジュースがあふれ出てくるだけだ。
「どうだ?」
キヅカがアンブラーに聞いた。顔を見れば答えがわかっているくせに、いやらしい奴だ。
「ふ、ふん。まぁ、食えなくはないな」
「す、すごく美味しいです」
アンブラーの言葉を翻訳するように、ユージンが言った。アンブラーは心の中で舌打ちをする。
「よし。じゃあ、これからエビルプルッアをメインにした料理を作っていこう」
「ちょ、ちょっと待てよ。確かに食えなくはない味だったが、馬鹿正直にエビルプルッアです、なんて言って出しても、誰も手をつけてくれないぞ。どうするんだ?」
キヅカの意気揚々とした言葉に、思わずアンブラーが待ったをかけた。その言葉は、すなわちアンブラーがこのエビルプルッアを中心にした料理を祝宴で出すことを、味をもって肯定したことと同義だったし、その言葉が自然と出たことに、アンブラー自身も驚いた。どうやら、自分でもエビルプルッアの可能性に興味を持ったらしい。
面白いことになってきたな。ちょっとだけ、手伝ってやるか。
アンブラーはそう思いながら、キヅカの提案を聞いた。
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