第3章 ふわふわとろとろの味 ②
翌朝、普段より少し早めにキヅカは店にきた。昨日、閉店後に早めに店に来るようにジョナンドに言われたからだ。テンコはエビルプルッアを狩りにいっており不在だ。
「おはようございます」
「おう、来たな。とりあえず店の準備をしてくれ」
ジョナンドとキヅカは普段通りに挨拶を交わす。キヅカはジョナンドに言われた通り、店の準備を始めた。机に乗せた椅子をおろし、机を濡れ布巾で拭いていく。普段はテンコとやる作業だが、1人でやると時間がかかる。
一通り作業が終わってひと休みしている頃、店の扉が開いた。
「そろそろいいかい?」
店に入ってきたのは昨日の客の一人、ルッツと呼ばれていた男であった。キヅカが開店前であることを男に伝える前に、ジョナンドが素早く反応した。
「お待ちしておりました。ルーツ様。どうぞ、こちらにお掛けください」
そういうとジョナンドは店の奥の席に、ルーツと呼んだ男を座らせた。自らはその前に座り、隣に座るようにキヅカに指示した。キヅカは何やら嫌な予感を抱えながら、ジョナンドのとなりに腰掛けた。
改めて男を観察する。年齢はキヅカと同じくらいかやや下だろうか。中背で細身の身体ではあるが、栄養が足りないというわけではなく、筋肉によるものだろうというのは、顔の肌艶で伝わってくる。特段、変わったことは感じなかった。
「まず、忙しい時間に押しかけて申し訳ない」
キヅカが椅子に座ったのを見て、男は頭を下げた。
「頭を上げてください、ルーツ様。こちらは問題ありません」
ジョナンドはこれまでになく丁寧な対応をする。
「問題はあるだろう。ブロム兄さまのときはけんもほろろに断ったらしいじゃないか」
「いえ、あの時は事情が少々異なりまして…」
「ブロム、兄さま…?」
聞き覚えのある名前に、キヅカは思わず反応した。
「すまない。自己紹介がまだだったな。私の名前はルーツ。この国の第三王子になる。先日、この店を来訪したブロム兄さまの弟だ」
「あのブロム…様の弟…様?」
キヅカはなんとかかんとか言葉を紡ぐ。それなりにお偉い人だろうという予想はしてたが、まさか礼儀正しい彼が傍若無人のブロムの弟、つまり王族であるというのは、彼から感じる雰囲気も含めて俄かに信じがたかった。だが、本人が言うのであればそうなのだろう。ジョナンドがそれを知っていたのであれば、今までの態度も頷ける。
「これ!」
キヅカの言い方に思わずジョナンドが咎める。だが、キヅカの中ではよく「様」をつけ忘れなかったとむしろ自分で褒めたいくらいだ。休業日にアポ無しで押しかけて、権力を盾にタダ飯を買おうとしてた人間なぞ、飲食店の敵以外、何者でもない。
「いや、私も兄さまの評判は耳にしている。今のは聞かなかったことにしよう」
なんと心の広い王子様だろうか、とキヅカは感動した。
「申し訳ありません。なにせ、田舎者でございまして、礼儀というのがなってませんで。私の教育不足にございます」
ジョナンドがキヅカの代わりに頭を下げた。それはそれで申し訳ない気持ちになったが、一方でこの2人は知り合いだろうか、もし知り合いならジョナンドはどこで王族と知り合ったのか、疑問が頭に浮かんだ。
「まぁ、よい。ところでお主の名前はなんという?出身はどこだ?」
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私の名前はキヅカと申します。出身はオオサカ国という、世に知られていない国でございます。旅をしている途中でシルバールウフに襲われ、命からがら逃げてきたところをこの街の方々に救われ、今はジョナンドさんの元で働いております」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃないか」
小声でジョナンドが呟いたのを、キヅカは聞き逃さなかった。この人は俺をなんだと思ってるんだろうか。キヅカは少し腹が立った。
「ふむ。オオサカ国か。王子という立場上、世界の国に関しては網羅しているつもりではあるが、聞いたことがないな。どこのどういう国だ?」
「オオサカ国は完全な村社会で、外界との交流を一切絶っております。国を出た私ですが、戻ることは許されません。いかに王子様とはいえ、オオサカ国のことに関してはご勘弁賜りたく存じます」
キヅカは頭を下げた。
「ふむ。また得体の知れない出自だな。ジョナンドはよくこんな輩を雇ったな」
「お言葉ですが、ルーツ様。私めも初めは疑いました。しかし、彼は私には思いつかない料理を考案し、しかもそれを自分の手柄にするではなく、店の手柄として貢献してくれております。働く態度も真面目です。それに、彼は私めの店の大切な従業員。これ以上悪くいうと、いくらルーツ様といえど、容赦はしませんぞ」
そういうとジョナンドは殺意をルーツに向けた。その声色はキヅカの聞いたことないものであり、隣にいるだけで冷や汗が出る。ジョナンドを怒らせるようなことは決してするまい、とキヅカは心に誓った。
「そう怒るな。冗談だ」
しかし、そんな怒気にはらんだ声を聞いていながら、ルーツは平然と肩をすくめた。こいつも只者ではないな、とキヅカは感じた。もっとも、自分が只者以下でしかないことについては、考えないようにした。
「まぁ、そう思われてもおかしくはないですからね。証明できるものもありませんし」
キヅカは努めて冷静に言った。もちろん、内心はヒヤヒヤである。
「ふむ。面白い男だ」
キヅカの内心を見透かすように、ルーツはニヤッと笑った。キヅカはその様子をあえて気づかないふりをした。
「ところで本題だが、キヅカ殿。私と一緒に王宮に来てくれないか」
「お断りします」
キヅカはキッパリと断った。ただでさえブロムに目をつけられてるのだ。その上、第三王子に肩入れして、さらにゴタゴタに巻き込まれるのはまっぴらごめんである。
「そうきっぱりと断られるとは思ってなかったな」
ぽりぽりと頭をかきながら困った顔をするルーツ。改めて、王族らしいくないな、とキヅカは感じた。
「あんまりこういうのは言いたくないんだが、そう遠くないうちにこの店に嫌がらせがくると思う」
キヅカの表情が変わった。
「…というと?」
「あまり兄弟の悪いところは言いたくないのだが、ブロム兄さまは有名な店に、市中調査という名目で押しかけている。その度に無理を押し通し、それを聞かなかった店には嫌がらせをする、というのが王都では有名な話だ。そういった店がどうなったかは、想像に任せる。ただ、兄さま自身は手を下さないので、それを認めてないけども」
「…ということは、この店にも?」
「そのうち、嫌がらせがくるだろうね」
「ジョナンドさんは知ってたんですか?」
「まぁ、噂程度にはな。ただ、あの時はああしたほうがいいと、俺も思ったんだ。気にするな」
ジョナンドはあっけらかんとしているが、自らの行動でこの店が潰れるかもしれない。この店が潰れると自分の生きる術もなくなるかもしれない。
「話を聞きましょう」
キヅカはルーツに向かって言った。
「話を聞く気になってくれてよかったよ」
ルーツは笑みを浮かべ、これまでの経緯について話し始めた。
サロハ国と隣国モナセラ国の間には古いしきたりがある。それはどちらかの王子王女が婚約をすれば、相手がどの国であってもお互いの国に招待し、祝いの席を設けるということだ。このしきたりがあることでお互いに永遠の友好関係を築くと共に、敵国との繋がりをなくし、さらには婚姻先の国との繋がりをもつ目的があった。もちろん、お互いの王子王女が婚姻関係を結ぶこともある。
そして、約1ヶ月前、隣国モナセラ国の第二王女であるシリエル姫がめでたく婚約をされたことで、サロハ国にシリエル王女とその婚約者を招待し、宴の準備が進められるはずだったのだが…。
「ブロム兄さまがいきなり『お世話になったシリエル王女のために兄弟、それぞれで祝いの席を準備しよう』と言い出したんだ。さっきは悪く言ったが、兄さまの人脈は広すぎるくらい広い。自分の権力を示し、次の国王が自分だということをアピールしたいんだろう。それは私も異論はない。異論はないのだが…」
ルーツは少し言い淀んだ。
「兄さまを敵視するわけではないが、私にも意地がある。シリエル姫はモナセラ国に行くたびに良くしてもらった、いわば姉のような存在だ。私なりに祝いをしたいわけだが、いかんせん、第三王子についてきてくれるような物好きはいなくてな。どうしようかと困っていたのだ」
「で、その物好きに選ばれたのが、僕ということですか」
「そういう意味ではないのだが、面白い料理を作った店がある、というのは噂に聞いててな。個人的な興味もあって、訪れたわけだ。兄様ほどではないが、私も市中の暮らしに興味がないわけではない」
「で、お眼鏡になかったわけですか」
「そういうことだ」
「ちなみに、披露宴はいつですか」
「15日後だ」
キヅカは考えた。正直、荷が重い。重すぎると言っても過言ではない。モンレターバステーキはたまたまヒットしたが、焼きリンゴは成功したとはいえない。そんな自分が、王宮でふるまう料理を作るなんて、恐れ多くてできる気がしない。しかも猶予は約2週間、試作品などのことを考えれば7日程度といったところだろう。
しかし、一方で店のことも心配だ。もしうまくいけば、第3王子とはいえ王族のバックアップが得られる。ブロム王子の嫌がらせも抑えられるだろう。
揺れ動くキヅカに、これまで黙っていたジョナンドが口を開いた。
「キヅカ、何を悩んでる。行ってきたらいい」
「ジョナンドさん。しかし、僕はそんな大事な席で料理を振る舞えるほど…」
「たしかに、腕は全然ないがな」
キッパリと言い切ったジョナンドに一瞬だけ、頭に血が昇る。だが、事実なので、グッと堪える。
「だが、お前にはアイディアがある。アイディアさえあれば、あとは王宮のシェフが形にしてくれるさ。それに、な?」
「それに?」
「お前には王都の料理屋を見てきてほしいんだ」
思いがけない一言に、キヅカの頭にはてなのマークがともる。
「この街の料理屋は傭兵相手がほとんどだ。だから安くて旨くて量が多い店が多い。お前はこの街で新たな安くて旨い料理を作ってみせた。だが、王都にはもっと別の、貴族向けの料理もある。それを味わって、そしてまた、俺に教えてくれや」
ジョナンドは笑顔で言った。確かに、胡椒など、使いたい調味料があるにも関わらず、採算面で断念した経緯もある。キヅカが思う最高の調味料である醤油もない。キヅカにとって、大ヒット商品であるモンレターバステーキですら、まだまだ不完全作だ。王都の料理を食べれば、また新たなメニューも思い浮かぶかもしれない。キヅカの気持ちは揺れ動いた。
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