第3章 ふわふわとろとろの味 ①
第3章です。キヅカが街を離れます。
エビルプルッアをかまどで焼いた「焼きリンゴ」は、王子突撃事件から5日経ったのち、正式なメニューとして名前が載った。
焼きリンゴを商品化するにあたり、1番の問題はエビルプルッアの調達方法だった。エビルプルッアは元来、酸味が強く、よっぽどでなければ口にすることはない。それは落ちている実を食べるからであり、木になっている実を直接もいで食べると甘みが強く、非常に美味であることをキヅカは発見したのだが、2-3メートルの高さにあるエビルプルッア、それも獲物が近づくと目と鼻を開けて捕食する真っ赤な実を直接もいで食べようとする者はそうそういない。
そういう事情から世間一般では「酸味が強く、食い詰め者が食べる物」として認知されていた。そもそものエビルプルッア自体の評価が低いので、市場にほとんど流通しない。仮に流通しても落ちている実を拾った実であることが多く、キヅカたちが求めるエビルプルッアとは程遠いものだった。
結局、エビルプルッアはテンコが狩ってくるという結論に落ち着いた。ただ、当然だが量の確保は難しい。また、作るのにそこそこの時間もかかる。そこで昼間のステーキセットのみでの数量限定販売とした。
エビルプルッアを焼いた「焼きリンゴ」の看板を出してさらに5日が経った。モンレターバステーキと違って、こちらの売れ行きは非常に悪かった。1日1セット売れるかどうか、というところだ。
毎日来店する傭兵たちは甘いデザートよりも肉を好む。一方、商人たちは毎日来るわけではない。だから焦る必要はない。そのうち、エビルプルッアの美味さが口コミで広がっていくだろう。
キヅカはそう信じているが、もやもやが晴れるわけではない。オーナーであるジョナンドは何食わぬ顔で肉を焼いてるし、テンコは相変わらず無表情で何を考えているかはわからない。キヅカ1人がヤキモキしてる中、昼の喧騒が落ち着いた頃、2人の男が店の中に入ってきた。
キヅカは2人が座った席に行き、注文を取りに向かった。そして、客の1人をみて「あっ」と思った。なぜなら、2人のうち1人は3日前に数人で来店し、焼きリンゴを注文した男だったからだ。それがエイモンド以外で最初に焼きリンゴを注文した客だったので、キヅカは鮮明に覚えていた。
「ルッツ様、これですよこれ。ステーキもそうですが、焼きリンゴは絶品ですぞ」
髭を蓄えた中肉中背、まさにダンディというに相応しい男が、もう1人の若い男に焼きリンゴを勧めた。
「この店は兄さまが以前に来たと言っていたな。残念ながらステーキを食すことはなかったらしいが。それよりもエビルプルッアは『貧困層の象徴』と言われるくらいの食べ物だが、そんなに美味いのか?」
「ええ。エビルプルッアの概念が変わります。そして、これを考案した料理人は、必ずルッツ様の力になるかと」
「この店のシェフはジョナンドだろう。数年前にこの店の肉を食ったが、なかなか量が多くて傭兵や騎士向けの店だという印象だったが。それを知らぬはずがないハバネルが僕にそこまで勧めるならこのセットとやらにしようか」
2人の会話がひと段落した頃、ちょうど店員が注文を取りにきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
男の店員の声は若干緊張が混ざっていた。
ルッツと呼ばれた男は、まさか自分の正体がバレているのではないかと心配になったが、確証はない。勤めて平然と注文を通した。
「このモンレターバステーキと、焼きリンゴのセットを頼む」
「あ、両方ともステーキは2枚にしてください」
ハバネルが後から即座に注文を増やした。それに対してルッツは訝しげな顔をしたが、何か考えがあるのだろうと何も言わなかった。
「かしこまりました。レモンターバステーキ2枚と焼きリンゴセット2つですね。少々お待ちください」
店員の男は軽く頭を下げて厨房に戻っていった。
「前に来たときはいなかったな」
ぼそりとルッツが言った。ただ、数年前に一度来店した依頼なので、いつからいたかは分からない。
「私の情報網によると、つい1ヶ月ほど前らしいですよ。それとほぼ同時期にレモンターバステーキが販売され、瞬く間に人気になったとか。私も一度来店してみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて。先日、ようやく来れたのです」
ハバネルがニコニコしながら言った。接客に慣れていないから緊張をしていたのかもしれない、とルッツは納得した。
「そうしたら焼きリンゴなるものが新商品ということで早速注文しました。部下たちは大反対してましたが、私は正解だったというわけですよ」
「それで、今回の件を聞きつけて私に話を持ってきたのだな?」
「めっそうもない。国王様は常にお忙しい。第一王子は先日、来店されたとか。第二王子は食事に興味がないとのことでしたので…」
「で、暇な私に声をかけた、というわけだ」
「いえ、そのようなことは…」
ハバネルはタジタジとしたふるまいをしているが、表情はそのようなことを全く思ってないことは感じとれた。もちろん、ルッツにはそれがわかっている。わかって、からかってるのだ。わかりやすい裏があるハバネルという男を、ルッツは心地よく思っていた。もちろん、そのさらに奥に何を思っているかはわからないが、少なくとも会話をしていてあまり気を使わない存在というのは大きかった。
楽しそうに会話をする2人の間にキヅカはレモンターバステーキを乗せた皿を置いた。
「まもなく、2皿目をお持ちいたします」
そう言ってキヅカはそのテーブルを離れた。ダンディな男性客は数少ない焼きリンゴを注文した客の1人であり、なおかつ唯一のリピーターだ。エイモンドですら、「俺は甘いものよりも肉だ」といって最初の1回しか注文していない。この男の反応を気にするな、という方が無理な話ではあるが、あまりに立ち止まるのも不自然だ。
「ルッツ様。このステーキも美味いですぞ。冷めないうちにいただきましょう」
「うむ」
ルッツは湯気を立てるステーキにナイフを入れた。置くだけで切れる、とまではいかないが、思ったよりもすんなりとナイフは肉を絶った。
「前の塊肉は硬かったが、この肉は薄いせいか柔らかいな」
そう言って口に運ぶ。ナイフを入れた時と同様、すんなりと咀嚼できる。普段食べる肉とは流石に比べ物にはならないが、値段を考えれば十分すぎる柔らかさだ。
次に溶けかかったターバを肉に絡めて口に放る。赤身肉の旨味とともにターバの塩味が食欲をさらにそそり、ともすれば脂っこい味に変わってしまうところをモンレの酸味がしつこい脂っこさを消す。口の中に肉がなくなると同時に、口が肉を求めている。
店員が2皿目を持ってくるころ、ちょうどステーキ1枚をあっさりと平らげたところであった。注文したときには多いと思っていた2皿目もすんなりと胃の中に納まった。
「結構すんなり食べれてしまったな」
2枚の空になった皿を見て、ルッツは自分で驚いた様子であった。人並みの胃袋しかない自分が、大きなステーキ2枚を食べれるとは思わなかった。
「そうでしょう。このステーキは従来の塊肉と違って、1枚の量が少なく、また、モンレを混ぜることでさっぱりとしています」
「うむ。なによりも肉の柔らかさが驚きだ。いつも食べている肉とはさすがに違うが、この値段で釣り合うのか」
「あなたのいつもの食事が市中にはなかな出ませんが。それでもこの柔らかさは素晴らしいですね。わずかにルービの香りがするので、私くはルービに秘密が隠されていると思いますが」
「お主の舌はすごいな。僕にはわからなかったよ」
ルッツはハバネルの舌の鋭さに感心する。
「それほどでもありませんよ。それよりも焼きリンゴとやらを頼みましょう」
そういってハバネルは男性店員に注文をする。男性店員は厨房に引き返し、すぐに焼きリンゴを乗せた皿を2人の前に置いた。じっくりと火が通ったエビルプルッアは飴色に輝き、甘い香りが2人の鼻孔をくすぐった。
「ふむ。これはまた旨そうだな」
ルッツは柔らかく溶けかけた実にナイフを入れる。抵抗なく、むしろ崩れるくらいのエビルプルッアを口に入れた。
口に入れた瞬間、実の甘い香りが広がる。歯がなくても十分かみ切れるくらい、柔らかく火を通された実を咀嚼するとジューシーな果汁が口の中を潤す。ジュースの味をたっぷりと味わうと、そのあとにはさわやかな酸味が残り、くどい甘みが残ることはない。
ルッツは2口目を、今度は種をくりぬいた穴に入ったターバとともに食す。ターバの塩気が実の甘みをさらに引き出す。ルッツはステーキを2枚平らげ、胃の容量は十分に埋まっているはずだが、それでも焼きリンゴを食べる手が止まらない。ようやくその手が止まったのは、皿の上が空になった後であった。
「ステーキもさることながら、この焼きリンゴとやらもうまいな。とてもステーキ2枚を食べた後では胃に入らないと思っていたが、食べきってしまった」
空になった皿を見て、ルッツは再度感嘆の言葉を紡いだ。その様子をみて、ハバネルも同感だ、という風にうなずいた。もちろん、彼の皿も空になっている。
「ご満足いただけたようで何よりです」
「大満足だ。それに、今抱えている懸案事項も解決するかもしれない」
そういってルッツは男性店員を呼んで、オーナーであるジョナンドを呼ぶように伝えた。
キヅカは急いでジョナンドを呼びに厨房まで戻った。空になった皿を回収することも忘れなかったが、その心の中は揺れ動いていた。この状況でオーナーを呼ぶ、ということはおそらく味への文句ではないだろうが、しかし、この世界ではどうなっているかはわからない。
「ジョナンドさん、あそこのお客様がおよびです。ルッツという方らしいですが」
厨房で肉を焼いていたジョナンドはキヅカの言葉を聞いて、驚いた様子であった。
「なんでそれを早く言わない!」
ジョナンドはキヅカの言葉を聞いて慌てて客のほうに向かった。
早く、といわれてもキヅカがその名前を聞いたのは先ほどである。理不尽ではあったが、ジョナンドの様子から「ただの客ではなさそうだな」ということは理解ができた。
ジョナンドと客の会話は気になるところではあるが、焼かれている肉をほったらかしにはできない。ジョナンドには劣るが、それでも丁寧に焼いていく。
しばらくするとジョナンドは2人の客の会計を済ませ、厨房のほうに戻ってきた。その表情はこれまで以上に明るい。
「どうしたんですか」
「それがな・・・いや、また後で話そう」
そういってジョナンドは鼻歌交じりに肉を焼き始めた。キヅカも、その様子をみたテンコも訝し気にジョナンドを見ていた。
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