幕間 ~ムチナス視点~
1ヶ月に1回程度、わがまま王子の「視察」の護衛に駆り出されるのは、騎士団で有数の腕の持ち主であり、第1王子の護衛任務を司る俺のお決まりの仕事であった。この日も街に向かってブロム王子と、その腰巾着、もとい、副大臣・プロップを乗せた馬車を走らせる。
いつもは王都の中にある店を訪れるのだが、今回はノルプスクエに向かった。そこでふるまわれているステーキが目当てだ。
「おい、ジョナンド。俺に噂のステーキを食わせろ」
ブロムが乱雑に店に入る。確かにここのオーナーはブロムらと顔見知りであるが、おおよそ、人にものを頼む態度ではない。もっとも、顔見知りだろうがそうでなかろうが、彼が態度を変えることは全くないのだが。
「はぁ」と小さなため息を飲み込んで、俺も店に入る。ブロムと出会った当初はこの態度を改めるように言っていたが、全く改善がされず、最近では完全にあきらめている。
店に入ると、肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐった。しかし、店には活気がない。椅子も机に立てかけたままだ。昼前とはいえ、開店していてもおかしくない時間だが、客を招く状態ではない。
「お客様、店の外にもあるように、当店は本日、臨時休業になっておりまして、申し訳ございませんが、お引き取り願いませんでしょうか」
店の奥からオーナーが出てきた。ジョナンドだ。彼の余りの変わりようは、彼を目標にして騎士団入団した者にとっては目を覆いたくなるものであり、俺も目を覆いたい一人だ。ただ、それはいまさら言っても仕方ない。それよりも厨房には今、出てきたジョナンド以外に2人の男がいるようだが、もう1人、店の奥に隠れるように逃げた人間がいた。あれはだれだろうか。
「臨時休業だろうがなんだろうが、関係ないだろう。僕を誰だと思っている?この国の第一王子だぞ?」
しかし、そんなことはお構いなしに、ブロムは畳みかける。
「ええ。存じております。しかし、当店は臨時休業にて、材料をきらしておりまして・・・」
「そんなことは聞いておらぬ。ブロル様が来られたのだ。丁重におもてなしをするのが筋であろう」
「それにこの匂いはなんだ。肉の焼けるにおいじゃないか」
「こ、これは当方の従業員の賄いでございまして、王子様のお口に入れるようなものでは決してありませんので・・・」
昔の面影はないが、第1王子の突然の訪問に対して、へりくだりながらもきっぱりと断るジョナンドには、自らが目指した彼の面影を感じた。
「ブロル王子。店主もこういっておられる。また日を改めて出直すがよろしかろう」
気付いたらジョナンドをかばうような言葉が口から出ていたが、その言葉はプロップにあっさりと却下された。
「ムチナス、護衛の分際で口を出すな」
「申し訳ありません。プロップ様」
ここで押し問答をしてもしかたない。俺はあっさり引き下がる。
「もう我慢ならん。入らせてもらう」
「おやめください、ブロル様」
ブロムはジョナンドを押しのけて厨房の中にずかずかと入っていった。そこには肉を焼いている若い男がいた。
「おい、そこのお前、その肉を俺に食わせろ」
「あんた、誰や?」
肉を焼くことに集中していたのだろうが、それでもこの喧騒を無視する集中力は高い。これまでに「王子」という言葉が出てきたにもかかわらず、である。食に対する意識が高いのかもしれない。
「お前、この方はこの国の第1王子にあらせられるぞ。それを、よりもよって誰だ、とは、この無礼者!!」
ブロムではなく、プロップが怒りの声を上げる。
「それはすんませんな。なにせ、この街に来て時間が短いもんで。で、あんたがたは何しに厨房へ?」
俺は思わず笑いそうになった。店側にとって俺も含めた3人の訪問は寝耳に水。しかも臨時休業を押しのけてきているのだ。その態度も納得である。もっとも、この2人がこのような態度を取られたのは初めてであり、怒りが爆発することは簡単に予想はできた。
「この・・・!」
「急に押しかけてすまなかった」
相変わらずぞんざいな態度をとる男に対して、俺はプロップが怒りを爆発させる前に謝罪の言葉を出した。
「こちらはサロハ国の第1王子であられるブロル様だ。国民の噂に敏感な方だ。この度、ビーフ・ジョナのモンレターバステーキなるものの評判がすこぶる良いいと聞いて伺ったのだ。臨時休業であるとは知らなかったが、どうか、ふるまってはいただけないだろうか」
「そういうことだ。早くしろ」
なんとか穏便に事を進めようとする俺に対し、相変わらずはき違えた威厳を振りかざす王子に、思わず殴り倒したくなるが、ぐっとこらえる。
「オーナーであるジョナンドさんと相談させてください」
男がジョナンドとともに厨房の奥に入った。
ブロムが「早くしろよ」と文句を言いながら、勝手に机に立てている椅子をおろしてドカッと座る。その隣には当然のようにプロップが座った。男が帰ってきたのはほんのわずかの間であったが、そのわずかの時間でさえ、この2人はこの店の不満ばかりを垂れていた。
「遅かったな。早く肉を食わせろ」
男が戻ってくるなり、ブロムが言い放った。すでに自分の思い通りになる気でいる。男の顔がしかめっ面になったことを、俺は見逃さなかった。もっとも、俺も似たような顔になっていただろうが。
「先ほどは失礼いたしました。ご注文はレモンターバステーキ3人前でよろしいでしょうか」
先ほどとは違い、男は完全に口調が変わっていた。こういう時は本当に態度を改めたか、相当の怒りがあるかのどちらかである。これまでの流れを考えると、怒り心頭である可能性が高いのだが。
「まあ、せっかく来たんだ。みんなで食べるほうが楽しいだろう」
「ありがたきお言葉でございます」
料理がふるまわれると信じて疑わないブロムとプロップには、当然そのことまで頭が回らない。俺はいかにこの男が自分たちを打ちのめすか、少しだけ楽しみになった。
「ですが、その前に確認をさせてください」
「なんだ、言ってみろ」
「当店は飲食店でございます。お客様から代金をいただく代わりに、当店における最高の食事とその場を提供しております」
「ふむ。つまりは我々にもちゃんと料金を支払え、ということか」
「おい。ブロム様が召し上がるだけでも光栄なんだぞ。それだけで行列ができる店もある。それで十分であろう」
プロップが男に怒ったように反論するが、その口調と表情は先ほどとは大きな違いである。
「まあまあ、プロップ。彼の言うことももっともだ。それに一介の店の支払いを踏み倒したとなれば王家の恥にもなる。もちろん、支払おうじゃないか」
「さすがはブロム様。お心の広いお方でございます。しかし、ここはわたくしめに支払いをさせていただきたくございます。この店を王子にお誘いしたのはわたくしめでありますゆえ」
「そうか。お主がそこまで言うのであれば、仕方あるまい」
男が主導権を握るかと思っていたが、ブロムとプロップが自分たちのペースに引き戻した。このあたりの話術は、俺には到底できない真似であり、素直に尊敬するところではある。
「承知いたしました。では代金は先払いとさせていただきます」
「うむ。いくらだ」
「大金貨10枚でございます」
男がそういった瞬間、俺を含めた全員が言葉を失った。オーナーですらジョナンドですら口を開けている。
「だ、だ、大金貨!じ、じ、じ、10枚だと!!それはもやは我が一族の総財産ではないか!たかがステーキ3枚にそのような値段を!」
なんとか言葉を絞りだしたプロップに対し、男はさらに畳みかける。
「勘違いなさいませぬよう。これは1人前の値段にございます。先ほど、ブロム様ご一考は3人前のご注文でしたので、合計して大金貨30枚になります」
この男はさっきの話し方といい、この国の出身ではなさそうだが、金銭感覚がわかっているのだろうか。
「ステーキ3枚に大金貨30枚は納得できる数字ではないが、どのような詳細になっているのだ」
それでもいち早く冷静さを取り戻したおれは男に尋ねた。
「詳細としてはまず、この店は臨時休業中です。その店を開店するための準備として大金貨10枚、開店するのであれば貸し切り、ということになりますので貸し切り料金で大金貨10枚。そして我々は臨時休業をして遊んでいたわけではありません。新メニューの開発を行っておりました。あなた方に料理をふるまう間、準備や片付けも含めて新メニューの開発は遅れます。その補償として大金貨10枚。合計で大金貨30枚です。本当であればここにモンレターバステーキ代が入るのですが、今回は王子様に免じて形状はしていません」
すらすらと男が喋る。屁理屈ではあるものの、筋は通っていないことはない。要するにこの男はこの無礼な来訪者は客ではなく、料理をふるまうつもりなどさらさらないのであろう。
「なるほど。承知した」
「何が承知した、だ!たかが、ステーキ3枚だぞ!それに大金貨30枚なんぞ、この街の予算並ではないか!!」
男の言わんとすることを理解した俺に対して、当然、プロップが反論の声を上げる。
「御言葉ですがプロップ様。そのたかがステーキ3枚に対して我々はブラム様の名前を借り、休業中の店に押しかけているのです。特別料金は当然かと」
「何が特別料金だ!ブロム様を愚弄しておる!」
この程度のことすら読み取ることができないとは。この男がよく王宮という建前の塊のようなところで副大臣という重要な役職についているものだ、と逆に感心してしまう。
「では、この者の言い分をわかりやすく言いましょう。作る気はないので、さっさと帰ってくれないか、ということです」
「なっ!!」
オブラートをはがした、ありのままの言葉を聞いて、ようやくプロップは理解した様子であった。
「ぶわはっはっはっは!これまでいろんな店にいったが、ここまで愚弄されたのは初めてだ。して、先ほど気になることを言っていたな。新メニュー、だと?いったい何を使うのだ?」
「エビルプルッアです」
キヅカは自信満々に答えた。3人の目が点になった直後、ブロムとプロップは笑い転げた。
「あっはっはっは!貴様!エビルプルッアはすっぱくてとても食えたもんじゃないことを知らないのか!あんなものは貧乏人が食うに困って口にするものだ」
「くはははは!これだから貧乏人は困る。常識というものを知らんからな。よくそんなんで大金貨30枚と大ぼらを吹けたものよ」
「ブロム様、こんなところで食事など、到底できません。一刻も早くこんな汚い店から出ましょう。我が宅で最高級の食事をご用意いたしますゆえ」
「うむ。そうしよう。ここにいるだけで腹が痛くなってくるわ」
「ブロム様、それは笑いすぎだからではありませんか?」
俺は笑いこそしなかったが、男への評価は180度変わった。エビルプルッアは酸味が強く、「くいつめものが口にするもの」といわれていることは、子どもでも知っている常識だ。
「少しは骨のあるやつかと思ったが、残念だ」
がっかりした様子で俺は男に言うと、男はしっかりとした口調で返してきた。
「骨があるかどうかは、僕の料理を食べてから決めてくれませんか」
ほう、と俺は思った。先ほどの問答を聞いていても、単なる自信過剰の世間知らずではない印象であった。その男が自信ありげに言ったのだ。
「楽しみにしておく」
俺は男への評価をいったん取り置き、笑いながら店への嫌がらせを画策している2人を乗せて王都へと戻った。
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