第3章 ふわふわとろとろの味 ③
「わかりました」
結局、不安よりもこの国の料理に対する興味が勝ってしまった。
「ルーツ王子。若輩者ではありますが、少しでも力になれるよう、全力を尽くします。よろしくお願いします」
キヅカは立ち上がって頭を下げた。
「いや、こちらこそ、脅すような態度で悪かった。よろしく頼む」
ルーツは座ったままであったが、こちらもしっかりと頭を下げる。
「で、ルーツ王子。出発はいつになりますか?」
「急がして申し訳ないが、今日の昼前には出たい。やはり、時間がない」
「わかりました。ですが、どのような準備をすればいいのでしょう」
「おいおい、ここに来る前は旅をしてたんだろう?何をわからないことがある?」
ジョナンドが呆れた様子で言った。
そういえば、そんな設定だった!とキヅカは思い出し、慌てて言い訳を口にした。
「いや、その。前は一人旅でしたし、服とか気にしなかったんですが、今回は王都、それも王宮に入るかもしれないということで、そのような服は持ち合わせてない、というか。あとは移動手段もわからないので、その辺りも聞きたいなーと」
思わず早口になってしまったが、とりあえず無理な説明にはなってないはずだ、とキヅカは言い聞かせた。
「それなら心配いらない。王宮の服はなんとかしよう。移動手段はハバネルの商隊の馬車に乗せてもらうことになっている。今から準備して出発すれば、昼過ぎには王都に着けるだろう。そんなに大きな荷物は不要だ。私はハバネルに報告してくるので、その間に準備を頼む」
ルーツはそういうと椅子から立ち上がり、店の扉に向かった。リュックにエビルプルッアを詰めて帰ってきたテンコが入れ替わりで店に入ってきた。ルーツは一瞬、立ち止まったが、そのまま店の外に出た。テンコも一瞬、びくりと反応したが、それ以上のことはなかった。
「今の人は?」
テンコがリュックをおろして聞いた。
「ちょっとした客人だ」
ジョナンドは言葉を濁した。別に身分を明かしてもよさそうなものであるが、説明も面倒なのであろう、とキヅカは納得した。
「そうだ、テンコ。今日からキヅカは諸事情で王都に向かうことになった。たぶん、長くて15日くらいだろう。その間は2人になる。前よりも客が増えて大変だろうが、頼むぞ」
「・・・わかった」
テンコは小さくうなずくと、そそくさと店の奥のプライベートルームに消えた。キヅカに対しての言葉はなく、がっかりもしたが、たかだか1か月程度、一緒に仕事をしただけの仲である。少し期待したキヅカであったが、そうそううまく話は進まない。そもそも、テンコがこの件に対して文句や涙を流して別れを惜しむような女性でないことは、キヅカもわかっていた。
「というわけで、キヅカ。今日はこれでいい。いったん、家に帰って準備して、この店に戻ってきてくれ。俺が案内しよう」
「わかりました。では、いったん帰ります」
キヅカは店を出て、自分の家に帰った。引き受けたはいいものの、これからのことを考えると憂鬱な気持ちにもなった。一方で、なるようになるか、という気持ちもある。何かしらやれることもあるだろう。
キヅカは自宅に戻る前に、旅道具をそろえることにした。といっても大きなリュックを買った程度だ。非常食でも買おうかと思ったが、数時間程度の旅なら必要がないだろう。
街中にあるアパートの自分の部屋に帰ると、持っている服をすべて、といっても数日分しかないが、それをリュックに詰めた。あとはこれまでのお金を厳重に服に包んで入れると、準備は完了だ。アパートから出るときに、大家さんに10日から20日ほど留守にすることを伝える。
多少、スペースに余裕があるが、硬貨が入っている分、重量はそれなりにあるリュックを背負い、キヅカはジョナンドの店まで戻った。店に入ると、エプロンを外し、普段着姿のジョナンドが待ってくれていた。そういえばエプロンをしていないジョナンドを見るのは初めてかもしれない。もっとも、いきなり体型が変わるわけでも、たくわえた髭がなくなるわけでもないが。
「準備はできたか?」
「はい。といっても、持っている服とお金を入れただけですけどね」
「よし、じゃあハバネル商会まで送ろう。テンコ、留守番を頼む」
「わかった。行ってらっしゃい」
テンコに見送られ、2人は店を出て目的地に向かって歩く。
「そういえば、ジョナンドさんって王子たちと知り合いなんですか?」
キヅカは道すがら、疑問であったことをジョナンドに聞いた。
「やっぱりわかっちまうか」
そういってジョナンドは頭をかいた。
「まあ、隠すつもりはなかったんだがな。俺は元騎士団の団員だったんだ。3人の王子に稽古をつけたのは俺だ」
キヅカはジョナンドと王子たちに何かつながりがあるんだろうな、とは思っていたが、まさかそこまで近しい存在であったとは思わなかった。
「まあ、ちょうどいいへっぽこ具合だったのだろうさ。で、今は引退して肉を焼くおじさんだがな」
ガハハ、と笑うジョナンドだったが、まだ何か隠している様子を感じた。しかし、それ以上は聞かずに、話題をそらした。
「そういえば、店で出している肉ってどうしてるんですか。結構いい肉だと思うのですが、値段以上の価値があるように思います」
この世界の金銭感覚を完全に把握したわけではないが、この世界で過ごすうちにビーフ・ジョナの金額設定が少し世間とずれているのではないかと感じ始めていた。ビーフ・ジョナで出す肉は店で売っている肉に毛が生えたような値段しかない。火を起こすための魔石が不要であることを差し引いても、破格といっていい値段だ。
「ああ。あれは俺が2-3日に1回、フービモーをしとめてるからな」
「は?」
「言ってなかったか?肉のストックがなくなる前に、俺が野生のフービモーをしとめてるんだ。だからほとんど人件費はゼロ。まあ、もっと安くもできるんだが、あまりに安くすると他の店からの視線が気になるからな」
フービモーというのがどういう生き物かはわからないが、話ぶりから察すると魔物なのだろう。比較的大人しそうだが、1人で仕留めてその日のうちに解体、そして店に立っている、ということだろう。
「どこがへっぽこですか…」
呆れたように呟いたキヅカだったが、ジョナンドには聞こえていない様子であった。
「ほら、着いたぞ。その角を曲がった先だ」
ジョナンドが指を刺した曲がり角を曲がった先には、この街としては規模の大きい店がどん!と構えていた。
ルーツと、店でハバネルと呼ばれていた男が立っていた。その隣に馬車もある。
「あなたがキヅカ殿ですか。お噂がかねがね」
そういってハバネルは手を出してきた。
「初めまして、キヅカといいます」
キヅカはそのまま手を握る。
「自己紹介が遅れました。私はハバネルと申します。しがない商人をしております。主に食料品を取り扱っております。職業柄、いろんな料理屋で食事をする機会が多いのです。高級料理といわれるものから、ゲテモノといわれるものまで。先日、ビーフ・ジョナで新たなステーキと、エビルプルッアをいただけるということで伺いました。味に関しては疑心暗鬼でしたが、おいしい料理をいただきました。ステーキもさることながら、エビルプルッアには驚きましたねえ。おいしかったです」
「は、はあ」
握手をしながら一気にまくしたてるハバネルに一気に押される。だんだん、手を握られる力が大きくなり、キヅカも思わず握り返した。ハバネルはそれに気づいて、慌てた様子で手を離した。
「おっと、これは失礼。私ばかり話し込んでしまって」
「い、いえ。おほめにあずかり、光栄です」
面と向かって褒められることはこれまであまりない上に、気を使う相手で非常に疲れる。ようやくこの街に慣れてきたところであるが、離れることに急に不安を感じてきた。
「ルーツ様、ハバネル殿、キヅカはこの街に来てまだ日が浅い。私の教育不足ではあるが、多少の無礼は許してほしい。なにとぞ、よろしくお願い申し上げる」
ジョナンドが頭を下げる。こういう姿を見ると、ますます「しっかりしなくては」と力が入る。
「いえいえ。わずかな時間ですが、いろいろ話を聞けそうで楽しみですよ」
「僕もです」
ニコニコしながらルーツとハバネルが応える。ジョナンドはキヅカに近寄り、肩をたたきながら耳打ちをした。
「キヅカ。うまい飯を食って来いよ」
「作るんじゃないんですか・・・」
「作るなんてことはお前にとって朝飯前だろう。もちろん、ステーキも焼きリンゴも使っていい」
いつも通り、ガハハと笑って、最後に背中を軽くたたいた。
「本人の前で言うことではないが、たかが第三王子だ。それなりにうまい料理を作っておけば、大事にはならんだろう。王宮で料理できる機会なんて、二度とないかもしれん。観光気分で気を楽にしていけよ」
「おいおい。それなり、では困るのだが」
本人を目の前にしたジョナンドの言葉に、さすがにルーツがあきれた様子で言った。もっとも、その表情は柔らかい。本人も同じ気持ちなのだろう。
「わかりました。行ってきます」
そういうと、ハバネルに促されてキヅカは馬車の中に入った。中には木でつくられた椅子にクッションのようなものが敷かれており、ふかふかとはいいがたいが、それでもあるとないとでは全然違うのだろう。キヅカに続いてルーツが入り、キヅカの前に座る。最後に入ったハバネルが、キヅカが進行方向側に座ったのを見て、移動するように言った。
「お客様をそちらに座らせることはできません」
「しかし、僕は一番年下ですし・・・」
「それなら僕がそちら側に座ろうか」
ルーツは笑みを浮かべた。
「僕は15だ。キヅカはもっと上だろう?」
ルーツが自分よりも5歳も下であることを、今初めて知った。王子である彼にそんなことを言われてしまっては、キヅカもぐうの音が出ない。大人しく席を変わった。
馬車は街を出てた頃からスピードを上げる。段々と緑が減り、次第に肌色が中心の視界に変わる。
「この国のほとんどはこんな感じの景色だよ」
興味津々に窓から見える景色を見ていたキヅカに、ルーツは少し寂しそうに言った。
「ノルプスクエの周りには森が広がってたので、てっきりそういう国だと思ってました」
「おや?貴方は旅をしていたのでは?」
思わず正直な感想を述べてしまったキヅカに、鋭い指摘をしたのは正面に座ったハバネルだった。
「い、いえ。僕は森を突っ切るように抜けたので…」
「ま、私は商人ですので、自分に害をなさなければそれでいいですけど」
ハバネルは何かを悟ったような口調で言った。ハバネルからこれ以上追求されることはないだろうが、万が一ルーツから深掘りされると困る。キヅカは慌てて話題を変えた。
「そういえば、モナセラ国ってどういう国なんですか?」
この世界に来で1ヶ月。まだまだこの国のこともわからない。もてなす相手のことを知らないといけない。宗教的に食べれない者もあるかもしれない。我ながら、いい話題の変え方だ、と思った。
ルーツはモナセラ国について語りだした。モラセナ国はサロハ国とは違い、山と森に囲まれた自然豊かな国で、主に森林開発と、開発後の畜産および農耕を主な生業としている国だ。土地が痩せている一方、交通の便がいいサロハ国と国境の殆どが高山に囲まれているモラセナ国はお互いに対立すると国力に直結する。そう考えた昔の王族たちは、婚姻関係を結ぶことでその力を強めてきた。婚姻関係を結ぶ相手が他国になることが多くなった今、「婚姻を祝う」という形に変え、今でも友好関係を続けている。
「なるほど」
キヅカはそこまで聞いて、少し思いついたことがあった。
「モラセナ国って農耕が有名って話でしたが、畑とかを開拓して育ててたりしますか?」
「ん?ああ。するぞ。というか、今、この国に出回ってる農作物の殆どがモラセナ国産だし、畜産に関しても盛んだ」
「ふむ」
これは一つ、大きなヒントを得たかもしれない。
そう思いながらキヅカは祝膳のメニューを思案し始めた。
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