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これが奇っ怪というものか



 神使しんしは、日本古来から信仰されてきた神道において、文字通り神が使わした「神の眷族」であり、また神の意を神の代わりに民草へ伝える役割を担った動物だ。

 春日の神を祀る春日大社は鹿を。

 熊野権現を祀る熊野三山は烏を。

 八幡の神を祀る八幡宮は鳩を。

 稲荷の神を祀る稲荷大社は狐を。

 他にも狼を、鯉を、蜂を、蟹を、鰻を、鯰を神の使いとする神々が日本全国に存在する。

 農作物キラー、畑を荒らすものとして農家と一触即発の山の王者・猿もその例に漏れない。

 日吉の社に祀られる神の使いとされ、古くは時の女帝に「伊勢大神」の使いとみなされ、その鳴き声をもって吉凶を判断する――とされる、たいへん由緒のある動物らしい。

 新日枝神社は、そんな日吉大社の末社であり、境内には狛犬ならぬ狛猿がある。

 薫子は、その場所をクララ・ジスレーヌとの再会の場所に指定した。

 クララ・ジスレーヌは、那由多を通じて薫子に会いたいとはいってきたが、いつ・どこで、という指定はなかったのだ。

 そして、那由多を通じ、クララ・ジスレーヌと会う日時を薫子は敵方に伝えた。

 まだ一週間以上は先の、先勝さきがちの日の午前に、新日枝神社の境内にて、と。

 先勝は、六曜にて「午前は吉、午後は凶。何事もせんずれば勝つ」といった日とされ、勝負事に良い日である。また、神社であるこの地は“聖域”である。

 薫子がそれを考えて日程を組んだかは、祢々子にはわからない。

 それを祢々子に指摘された薫子は、にんまりと非常に輝かしい笑顔――まるで悪戯を仕掛ける悪大将のような、見るものに冷や汗を感じさせるような――を浮かべた。

 そんな薫子の表情を見て、祢々子は自身の推測があたっていると直感した。


 ――『祢々子、漣彌。汐見八重歌の、あの女に乗っ取られる前の写真を見せてもらいなさい。きっと、おもしろいモノがみれるわよ』


 その薫子は、今祢々子達と別行動をしている。

 薫子は本日、次兄と共に行方作家姉妹のもとへ向かっている。薫子と次兄は、知人の蔦村という女性を通し、作家姉妹と縁を繋いだ。この繋がりを知っているのは、祢々子と那由多、そして――


「そのライトノベル? 小説は知らないな」


 現在、祢々子に境内を案内している漣彌だ。

 常識で考えれば、当人の許可を得ていない個人情報――しかも人気小説家姉妹というケース――を、第三者に伝える等言語道断だろう。

 しかし運命の歯車が狂っているのか、神の悪戯なのか。

 かの作家姉妹は、薫子達のような生まれ変わりの当人ではないといえど、その周囲には生まれ変わりの当人(編集者の蔦村兄)がいるし、あの物語を書いている時点で無関係ではないだろう。

 常識に囚われていては、得たい情報は得難い。ならば、堂々と常識を破るまで――レアンドラである薫子は、ここでその規格外さを存分に発揮したのだった。そもそも、祢々子も知っているので今さらである。


 ――『なんたらを喰らわば皿までというでしょう。一蓮托生とも、ね?』


 一蓮托生、という語句は「悪いことを」最後まで一緒にするということであるが、薫子がいえば何故か「相手に手を合わせ合掌したくなる」と祢々子達は内心でこっそり思ったのだった。

 ――そんなこんなで、いま二人がいるのは新日枝神社、社務所脇の木々の下。周囲からは見えるようで見えない、そんな場所。

 なるべく知られてはいけない情報ゆえに、念には念を入れて、であった。

 祢々子の手には、那由多より託された汐見八重歌の“憑かれる前の”写真と、ある画像を映すスマホがある。

 薫子は、那由多の同伴の無いときに、二人で写真を確認してほしいとかれらに告げた。


 ――『貴方達二人にはおもしろい、けれども那由多には複雑でしょうね』


 そういった薫子は、らしくもなく――戸惑い、どことなく疲弊した表情を浮かべていた。


「……、うわぁ」


 写真を見た祢々子と漣彌は、薫子のいいたいことがよく理解できた。


「なんで、……何、これ?」


 ――写真に写った汐見八重歌。

 弟をどつきながら笑うその顔は、かれらの敵であるあの女のそれではなく、汐見姉弟とよく似通った顔立ちの、儚げだけれど勝ち気そうな矛盾した印象の少女。

 ――そして祢々子と漣彌は直感で、彼女が生まれ変わりと見抜いた。

 しかし、それは有り得るはずもなく。


「クララ・ジスレーヌ……‼」


 ――薫子達生まれ変わりの当事者は、同じ立場の者を見れば、直感でそれとわかる。

 それは、薫子達三人のような人格が地続きである場合も、祢々子の兄のように全く記憶もない場合でも。

 汐見八重歌がそのどたらかは、わからない。

 しかしかれらの直感は、汐見八重歌がクララ・ジスレーヌの生まれ変わりだと示していた。

 クララ・ジスレーヌに憎しみの感情を持つ汐見姉弟には理解したくない直感の結果であり、このことを知るタイミングによっては、疑心暗鬼に陥ってしまうか壊れてしまいそうな、かつ過酷で残酷な現実であった。

 ――これが、本当のことならば。


「ならば、あの女はいったい何だっていうんだ……?」


 ――現在の汐見八重歌の姿は、当事者たちにはクララ・ジスレーヌに見える。これは間違いない。クララ・ジスレーヌの顔を知らないはずの汐見姉弟の見るクララ・ジスレーヌは、薫子達の知るクララ・ジスレーヌの特徴と一致している。だから、似た別人誰かでは有り得ない――そもそも、薫子に対する歪んだ思考からして絶対にないだろう。

 ならば、この現実は何なのか。

 ――祢々子と漣彌は、互いに不安を隠しきれなかった。







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