第7話 これは正義か、復讐か
復讐もまた、誰かの正義の下、執行される。
深夜。
ラピスが協力者を集めたのは、城の裏手にある古い倉庫だった。
明かりは、卓上の蝋燭が一本だけ。
昼の客室で聞き耳を立てていた者がいた。
そのため協力者たちは時間をずらし、別々の道から倉庫へ入った。
ジークは扉の近くに立ち、外の気配を探っている。
集まったのは五人だった。
日に焼けた農民。
頬のこけた商人。
地方領主の老人。
それから、顔を布で隠した二人の騎士。
手帳に並んでいた五十人の中から、今夜ここへ来る意味のある者だけを呼んだらしい。
(思ったより慎重ね)
ラピスは全員の顔を見回し、深く頭を下げた。
「危険を承知で来てくださり、ありがとうございます」
誰も返事をしなかった。
怯えている。
怒っている。
疲れている。
抱えているものは違っても、
第一王子へ向ける怒りだけは同じだった。
「ラピス殿下。なぜ、今なのです」
領主の老人が低い声で尋ねた。
「ヴァルド卿に知られれば、ここにいる者は全員——」
「今夜、終わらせるための相談をします」
蝋燭の火を揺らしたラピスの声が、老人の声を遮った。
「一週間後、グレイル兄上が村を視察します。今回も年貢を引き上げるつもりです」
農民の拳が、膝の上で固まる。
「もう限界です」
絞り出すような声だった。
「去年、村の半分が逃げました。残った者も、次の冬を越せるかどうか」
「分かっています」
「いいえ。殿下には分かりません」
農民が顔を上げる。
「空腹の子供に、明日まで待てと言う苦しさが分かりますか」
倉庫が静まり返った。
ラピスは目を逸らさなかった。
「全て分かるとは言えません」
言い訳もしなかった。
「だから、聞きに来ました。そして、今度こそ止めるために来ました」
(逃げなかった)
きれいな言葉で丸め込むこともできたはずだ。
けれどラピスは、自分に分からない痛みを分かったふりはしなかった。
そういう正直さは嫌いではない。
「第一王子に、国の政から退いていただきます」
ラピスが告げた。
領主の老人が乾いた笑いを漏らす。
「役立たずと呼ばれてきた第三王子が、騎士団を握る第一王子を退かせると?」
「そのつもりです」
「綺麗事では、村は守れませんぞ」
「綺麗事だけで来たのではありません」
その時、顔を隠した一人が立ち上がった。
「証拠があります」
男は布を外した。
古い傷の残る、騎士の顔が現れる。
「三年前、グレイル殿下の不正を知った友がいました」
男の手は震えていた。
「村へ火を放てという命令書を写し取り、告発しようとした。
ですが、反逆の罪を着せられて処刑されました」
懐から、何度も折り畳まれた羊皮紙を取り出す。
紙には日付と村の名が並び、最後にグレイルの署名があった。
「私は同じものを見ていた。それなのに口を閉じ、生き延びました」
「なぜ、今になって?」
領主の問いに、騎士は唇を噛んだ。
「怖かったからです」
飾りのない答えだった。
「今も怖い。それでも、友が命を懸けて残したものを、無駄にはしたくない」
ラピスが両手で羊皮紙を受け取る。
頭を下げたまま、しばらく顔を上げなかった。
「ありがとうございます。必ず、意味のあるものにします」
もう一人の騎士も、顔を覆っていた布を外した。
「私は三年前、妹を救っていただきました」
ラピスが目を細める。
「流行り病の時、薬を届けた村の方ですね」
「覚えておられたのですか」
「妹さんは、赤い髪飾りをしていました。薬が苦いと泣きながら、全部飲んでくれました」
騎士の目が潤んだ。
「あの子は今も生きています」
ラピスは、ただ静かにうなずいた。
(全部、覚えていたのね)
できなかったことだけではない。
誰にも褒められずにやったことまで、この子は自分の中へ残していた。
磨かれていなかっただけだ。
最初から、原石ではあったのだろう。
「私たちは、何をすればいい?」
静寂を破り、農民の男が核心に迫った。
ラピスは卓上へ村の地図を広げる。
「視察の前日までに、村人を全員避難させます」
「村を空にするのですか?」
「はい。兄上が命令できる相手を、一人も残しません」
商人が地図を覗き込んだ。
「これだけの人数を、どこへ?」
「荷馬車を分け、近隣の領地へ移します。領主の方々には受け入れをお願いしたい」
老人が顎へ手を当てる。
「隠せても二日が限界でしょうな」
「一日あれば十分です」
ラピスの指が、村の広場で止まった。
「誰もいない村で、僕が兄上へ勝負を申し込みます」
倉庫の空気が一変した。
「なりません!」
「殿下ご自身が戦うなど——」
「俺たちのために命を捨てる必要はありません!」
反対の声が重なる。
ラピスは一度だけ唇を結んだ。
それから私を見た。
「策があります」
全員の視線が私へ集まる。
誰だ。
何者だ。
辺境の村娘が、なぜここにいる。
そんな疑問が顔に並んでいた。
(説明すると長いのよね)
これまでの1週間をまともに話せば、会議が朝まで終わらない。
「私は、ラピスが倒れる前に動くわ」
「信用しろと?」
領主の老人が私を見据えた。
「信用しなくていいわ」
「では、何を信じればいい」
「ラピスを信じて集まった、自分の判断を信じなさい」
老人の眉が動いた。
ラピスが私の返事を待たず、はっきりと言った。
「彼女は僕の同盟相手です。命を預けられる人です」
「預けられても困るのだけど」
「今さらです」
ジークが倉庫の隅で小さくうなずいた。
(なぜ、あなたまで納得しているのよ)
長い沈黙の後、証拠を持ってきた騎士がうなずいた。
続いてもう一人の騎士。
農民、商人、領主の老人も静かに頭を縦へ動かした。
「もし、グレイル殿下が負けを認めなかったら?」
商人が尋ねる。
「国王陛下の名代として、勝負を認められる人が一人だけいます」
ラピスの声に、初めて迷いが混じった。
「シュバルツ卿。この国で最後まで正義を曲げなかった方です」
「動いてくださるでしょうか」
「分かりません」
ラピスは正直に答えた。
「でも、信じてお願いするしかありません」
「その正義に賭けてみましょう」
***
話が終わった頃には、夜半を過ぎていた。
協力者たちを見送り、ラピスは小さくなった蝋燭の火を見つめている。
「あの人たちを、今度こそ救えます」
「勘違いしないで」
私は蝋燭の火を吹き消した。
「村人を救うために動いているんじゃない。
あなたを王にして、帝国へ届く足場が欲しいだけよ」
暗闇の中で、ラピスが静かに息を吐く。
「分かっています」
「本当に?」
「アナさんの復讐の過程と私の正義の道のりが偶然、交わった。
そして、偶然救われる人がいる。結果は同じです」
正義と復讐。
私の正義のため、私は帝国に復讐する。
非なるものだが、意外と似ているのかもしれない。
(ただ、分量を間違えなければ美味しい一皿になるはずね)
「まずは明日、シュバルツ卿へ手紙を届けます」
「返事がなかったら?」
「返事をいただけるまで、毎日通います」
「意外としつこいのね」
「アナさんに教わりました」
「姫のソレはしつこいんじゃありません。頑固なだけです。」
「あなたも負けず劣らず頑固者よ」
暗闇の中で響いたラピスの笑い声。
それがこの戦いの道標だ。
***
翌朝。早朝と呼ぶには早すぎるほどの朝。
ラピスは一人で城の奥へ向かった。
人の寄りつかない廊下の先に、古い扉がある。
三度、扉を叩く。
返事はない。
けれど、向こう側に人の気配があった。
ラピスは命令書の写しと一通の手紙を、扉の下から差し入れた。
「シュバルツ卿。この国の最後の良心と呼ばれるあなたに、お願いがあります」
返事はなかった。
ラピスは深く頭を下げ、廊下を戻っていく。
足音が遠ざかった後。
扉の向こうで、紙の擦れる音がした。
差し入れた手紙が、ゆっくりと室内へ引き込まれていった。
ラピスの思いに集った5人の協力者と2人の復讐者。
そして、1人の正義の執行人。
それぞれの想いが交錯する帝国の夜明けでした。
果たして、正義は勝つのでしょうか。
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次回は7/21の更新です。




