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消し炭皇女、毒も魔力も国ごと飲み込まさせていただきます ~ミセス・アナコンダ~【改稿版】  作者: 大背戸智


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第4話 毒を食らわば、皿まで

どんな良薬も、量を間違えたら毒になる。


「三つの毒?」


聞き返すと、ラピスは静かにうなずいた。


「人の姿をした毒です。父が病に伏せてから、あの国は少しずつ輝きを失いました」


「なるほど。美味しくなさそうね」


「食べるつもりなんですか?」


「毒なのでしょう?」


ラピスが一瞬、言葉に詰まった。


冗談を言ったつもりはないのだけど。


(反応が素直ね)


「それで、役立たずの第三王子様は、元・役立たずの皇女に何をさせたいの?」


「僕と一緒に、国を救ってほしいんです」


「嫌よ」


即答すると、ラピスの肩が目に見えて落ちた。


「そう、ですよね……」


「私にメリットがなさすぎだわ」



と言いかけて、私は眠っているジークへ目を向けた。


傷の手当てを受けた彼は、椅子に座ったまま眠っている。

呼吸は深い。どれほど疲れていたのか、今さら考えるまでもなかった。



私たちには国がない。


家も、金も、身分を証明するものさえない。


あるのは、勝手に動く影と、死にかけの騎士が一人。


この先、行くあてもなく逃げ続けるわよ。

とはさすがに言いづらい。


「あなたの国には、私たちを匿う場所がある?」


「用意します」


「帝国の情報は?」


「商人の行き来があります。僕の手元に届くものは、全てお渡しします」


「私が国の毒を取り除いたら?」


「王族として、あなたの後ろ盾になります」


「まだ何の力もない、役立たずの第三王子が?」


「……痛いところを突きますね」


ラピスは少し考えてから、右手を差し出した。


「今は何も持っていません。でも、必ず手に入れます。

 あなたが帝国と戦う時、僕の国をあなたの味方にします」



青い瞳の奥に、小さな光があった。

派手ではない。

役立たずと罵られても、消えることのなかった光だ。


(磨けば光る)



そういうものは、嫌いではない。

私は差し出された手を握った。



「いいわ。あなたが国を手に入れるまで、私が手を貸してあげる」

「本当ですか?」


「その代わり、私が帝国を喰らう時は付き合ってもらうわよ」

「もちろんです」


こうして、役立たずの王子と、

役立たずだった皇女の同盟が結ばれた。



あまりに頼りない船出だった。



「それで、朝食はあるの?」


「……今、そこですか?」


「国を救うにしても、空腹では始まらないでしょう」


ラピスが初めて年相応に笑った。


その声に、ジークがうっすらと目を開ける。


「……姫様。何か、重大なことをお決めになりましたか」


「ええ。朝食をいただいてから、宝石国へ行くわ」


「腹が減っては、なんとやらですね」


「あなたも分かってきたわね」




***




数日後。


宝石国へ足を踏み入れた私は、真っ先に国名を疑った。


城壁は所々が崩れ、街道の石畳には雑草が生えている。

市場に並ぶ品は少なく、行き交う人々の頬は痩せていた。


宝石のように輝く国。

少なくとも、かつてはそう呼ばれていたらしい。


「豊かな国ではないのね」


「……面目ありません」


「どうしてあなたが謝るの?」


「王族ですから」


「なら、謝るより先に磨きなさい。くすんでいるだけなら、まだ伸び代はあるわ」



ラピスがゆっくり顔を上げた。



「厳しいのか、優しいのか、分かりませんね」


「言いたいことを言ってるだけよ」


「姫は、性格が変わりましたね」


「あなたもちょっと図々しくなったわね」


ただ、これくらいが気持ちいい。

今の私たちにはちょうどよかった。



城内へ入ると、空気が変わった。



廊下に並ぶ貴族たちは、帰還したラピスに頭を下げない。

それどころか、いないもののように視線を素通りさせている。



そのくせ、私とジークは遠慮なく値踏みしていた。



(王子が連れてきた客より、まず王子を見なさいよ)



「ご苦労だったな、ラピス殿下」


廊下の奥から、恰幅のよい男が歩いてきた。


年は五十前後。高価な衣で大きな腹を包み、

両手の指には数え切れないほどの宝石が輝いている。



この国の富が全て集まっている

と言っても過言ではないほど、豚に真珠だった。


「宰相のヴァルド卿です」


ジークが耳元で囁いた。


ヴァルドは私を上から下まで眺め、にこやかに笑った。


「旅の客人ですかな?」

「ええ。しばらく城に滞在してもらいます」

「それはそれは。殿下がご友人を連れ帰るとは、実に喜ばしい」



辞書で作り笑いを調べたら、

この表情が挿絵に入るほどの作り笑いだった。



普通なら私とジークに名乗らせてもおかしくないはずだ。

ただ、私が名乗ってもいないのに、彼の目には驚きがない。



私が誰かを知っている目だった。

帝国を出たばかりの私を知る者。



それだけで、どこにつながっているのかは想像できた。


「歓迎いたしますよ、お嬢さん」


「ありがとうございます、ヴァルド卿」


私も屈託のない作り笑いを返した。



***



あてがわれた客室は、思ったより清潔だった。


夕刻になると、使用人が食事を運んでくる。


温かなスープ。


焼いた肉。


柔らかな白パン。


「姫様。私が先に毒味を」


ジークが手を伸ばしたので、その手の甲を軽く叩いた。


「必要ないわ」


「ですが」


「あなた、まだ怪我人でしょう。毒まで引き受けてどうするの」


「姫様に盛られるよりは」


「盛られる前提なのね」


さすがに気づいていたらしい。



「あの宰相の目を見ましたので」



けれど、狙われているのは私だ。ジークの皿まで同じとは限らない。


何より彼の顔色は、白パンより白かった。


「命令よ。あなたは食事を取って、休みなさい」


「しかし——」


「私を守りたいなら、明日も動ける体に戻しなさい」


ジークは不満そうに眉を寄せた。


それでも最後には「承知しました」と頭を下げる。


ラピスも安心したせいか、食事の途中から何度もあくびを噛み殺していた。


二人を休ませ、一人でスープを口へ運ぶ。


優しい塩味だった。


温かい料理を、誰にも踏みにじられずに口にできる。


ただそれだけのことが、ひどく不思議だった。


(悪くないわね)


食事を終え、柔らかな寝台へ横になる。


地下牢の石床とは比べものにならない。


目を閉じれば、そのまま眠りへ落ちていくはずだった。



***



深夜。


胃の奥で、火が燃え上がった。


「——ッ」


声を上げるより先に、全身の血が沸騰した。


胸が軋む。


喉が塞がる。


指先から感覚が消えていく。


遅効性の毒。


口にした直後には気づかせず、眠りについた頃に命を奪うためのもの。


(やっぱり、盛られていたのね)


ジークの顔が浮かんだ。


起こさなければ。


そう思うのに、体が動かない。


玉座の間で浴びた黒い霧が、記憶の底から蘇る。


皮膚の焼ける音。


お父様の血。


迫ってくる死。


『また、殺されるの?』


甘い声がした。

あの夜、意識の底で私に喰らえと囁いた女の声。


『せっかく生き延びたのに、今度はスープでおしまい?』


(黙って。今、忙しいの)


『ふふ。なら、食べればいいじゃない』


(毒を?)


『私たちは、一度喰らっているでしょう?』


あの夜は、生きたい一心で声に従った。


何が起きたのかも分からないまま、死の猛毒霧を養分へ変えた。


けれど、今は違う。


毒は胃を焼いている。


ならば、そこにいる。


私は意識を胃の底へ沈めた。


あの夜に開いた、底のない穴を探す。


喰らえ。


自分の意思で、そう命じた。


体内を暴れていた熱の流れが変わった。


毒が胃へ引き寄せられていく。


一滴ずつ。一欠片ずつ。


痛みがほどけ、熱が私の中へ溶けていく。


やがて指先の感覚が戻った。


喉が開く。


深く息を吸う。


甘い声が満足そうに笑った。


『上手よ』


(趣味の悪い味だったわ)


あの夜は、力に救われただけだった。


今は違う。


私は初めて、自分の意思で毒を喰らった。


何をされたのか。


どう飲み込めばいいのか。


その感覚が血の中に残っている。


毒を盛った相手は今頃、盃を傾けながら

満面の笑みを浮かべているだろう。



実際には一つ強くしてくれた。



(お礼を言わないといけないわね)



もちろん、心からではない。



***



翌朝。


食堂には、ヴァルドがいた。


書類へ目を通していた彼が、私の足音に顔を上げる。


その瞬間、作り物の笑顔が凍りついた。


私は何事もなかったように向かいの席へ座った。


「おはようございます、ヴァルド卿」


「……お、おはようございます」


手元の紙が、かすかに震えている。


給仕が運んできたパンを取り、一口かじった。


「昨夜のスープ、とても美味しかったわ」


「それは、何よりです」


「少し変わった後味でしたけれど」


ヴァルドの喉が動いた。


「何が入っていたのかしら?」


食堂の空気が止まる。


遅れて入ってきたラピスも、入り口で足を止めた。


ジークだけが、私とヴァルドを見比べて目を細める。


「……お気に召したのであれば、料理長も喜びましょう」


「ええ。ぜひ、こう伝えてくださいな」


私は微笑み、空になった皿を差し出した。


「おかわりをいただけるかしら?」


ヴァルドの指を飾る宝石が、かたかたと鳴った。


(さて、次は何を盛ってくるのかしら)


三つの毒。

まさか、最初に本当の毒に襲われるとは夢にも思わなかった。


あの夜と同じく、毒を喰らいまた一つ強くなったアナ。

この先、どんな毒が待っているのか。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

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