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消し炭皇女、毒も魔力も国ごと飲み込まさせていただきます ~ミセス・アナコンダ~【改稿版】  作者: 大背戸智


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第3話 初めての捕食と二人の役立たず

役立たずも、磨けば宝石になるかもしれない。


私は何もしていない。

動こうとも、戦おうとも思っていなかった。


ただ、足元の影が勝手に動いた。


「なに……」


カインの声が震える。


蛇の形をした影が地面を這い、カインの足首へ絡みついた。


次の瞬間、仮面の奥から苦悶の声が漏れる。


「ぐっ……な、何をした……!」


影を通じて、熱いものが私の中へ流れ込んできた。


血ではない。


命でもない。


力だ。


カインの体を満たしていた魔力が、根こそぎ吸い上げられていく。


紫色の光となって影へ溶け、空っぽだった私の胃の底を満たしていった。


(食べてる……?)


私ではない。


けれど、私の影が。


「ば、かな……第七牙の私が……こんな小娘に……」


カインが膝をついた。


伸ばした手は私に届かず、地面へ力なく落ちる。

そのまま、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「姫様!」


ジークの声に振り返ると

彼は血を流しながら、残る六人に囲まれていた。


(ジーク、どうか生き残って)


その声に反応するように影が、また揺れた。


(待って)


黒い蛇は私の制止など聞かず、7つに枝分かれして地面を駆けた。


一人目の足を捕らえる。


二人目の腕へ巻きつく。


三人目が剣を振り下ろしたが、刃は影をすり抜けた。


次々に、カインの部下たちに襲いかかる。


「離れろ!」


「こいつ、魔力を——」


悲鳴は長く続かなかった。

影は腹を空かせた獣のように、六人の魔力を一息に喰らった。


次々と膝が折れる。

七牙の部下たちは、何が起きたのかも理解できないまま地面へ倒れた。

森に静寂が戻る。


はずだった。残党は全て消えたはずなのに、悲鳴とも言えない声が聞こえた



「姫様。こいつなんですか?」



影がジークの周りを取り囲み、戯れあっているようだった。



***



役目を終えた黒い蛇は、何事もなかったように私の足元へ戻ってくる。


輪郭がほどけ、ただの影へ紛れた。


踏んでみても、足裏に触れるのは湿った土だけだ。



(今のを見た後で、ただの影だと思えるほど素直じゃないわ)



七人とも息はある。ただ、息があるだけだ。

体を巡っていた魔力は一滴も残っていないだろう。

カインでさえ、さっきまでの威圧感が嘘のように、ただの抜け殻になっていた。



後から聞いた話だが、この世は魔力が切れたら絶命するそうだ。



(……私が、やったの?)



命じた覚えはない。

ただ一つ、確かなことがある。


さっきまで内臓を掻きむしっていた飢餓感が、きれいに消えていた。


(やっぱり、食べたのね)


影が。


私の代わりに。


そう理解した途端、全身から力が抜けた。


「あ……」


膝が折れる。


地面へ倒れる寸前、血まみれの腕が私を抱き留めた。


「姫様! ご無事ですか!」


「……わからないわ。私、何かした?」


「私にも、何が起きたのか……」


二人で地面に転がる七人を見た。

知らないふりをするには、少しばかり大仕事をしすぎた気がする。


「姫様の影が……」


「影が?」


「いえ。今はここを離れましょう」


ジークは追及を諦め、私に背を向けてしゃがんだ。

どうやら、また背負うつもりらしい。


「あなた、その傷で私を運べるの?」


「問題ありません」


「嘘が下手ね」


「左様でございますか」


「褒めてないわよ」


ジークは答えず、私を背負い上げた。


直後に少しよろけたので、やっぱり嘘だった。


(騎士は嘘が下手でも務まるのね)


ただ、今は問いただす気力もない。


私は彼の背中に頬を預けた。


鎧は傷だらけで、血と汗の臭いがした。


それでも、やはり地下牢の冷たい石床よりずっと温かい。


(この騎士は、私だけのものだ)


道具でもない。


便利な駒でもない。


もっと根本的な意味で、私が絶対に失ってはいけない人だった。


「ジーク」


「はい」


「今夜の働きは、認めてあげる」


「光栄です」


「でも、二度と勝手に死のうとしないで。あなたに死なれると、後が困るの」


「今度は約束を守れて、よかったです」


「どの約束よ」


「また、姫様の説教を聞くという約束です」


「私、まだ説教行ってないんだけど」


「ならば、次の夜が来るまで聞き続けましょう」




森の向こうから、夜明けの光が差し始めていた。

群青の空が、少しずつ薄い金色へ変わっていく。


その光を眺めながら、私は体の内側へ意識を向けた。


カインの魔力を飲み込んだ時、何かが私の中へ馴染んだ。

なくなってはいない。



奪った力が、今も胃の奥で熱を持っている。


「……お父様が、薬を届けてくれていた理由」


独り言のように呟いた。


「もしかしたら、私の体に関係があったのかもしれないわね」



証拠はない。

確信もない。



けれど、ジークは何も答えなかった。


それが一番の答えだった。



私は目を閉じる。


閉じるつもりも、眠るつもりはなかった。


けれど、ジークの背中は思っていたより、温かかった。



***



次に目を覚ました時、私は見知らぬ宿屋のベッドに寝かされていた。


清潔なシーツ。


窓から差し込む朝の光。


泥も、鞭も、腐ったパンの臭いもしない。


あまりにまともな部屋なので、逆に落ち着かなかった。


(人間の生活って、こんなに清潔だったかしら)


ベッドの脇では、ジークが椅子に座ったまま眠っていた。


腕や肩には包帯が巻かれている。


誰かが手当てをしてくれたらしい。



「気がつかれましたか」



声の方を見る。

扉のそばに、青い髪の少年が立っていた。


年は私より少し上だろうか。

身につけている服は質素だが、立ち姿には隠しきれない品がある。

磨かれる前の宝石みたいな少年だった。



彼は私の視線を受け止め、穏やかに問いかける。


「あなたが、例の『無能の皇女』ですか」


ずいぶんな第一声だ

私は少し考えてから答えた。


「元、ね」


少年が目を丸くする。


それから、かすかに笑った。


「僕も似たようなものです。——宝石国第三王子、ラピス・ジュエルと申します」


「ジークを手当てしたのは、あなた?」


「はい。森の外で倒れかけていたお二人を見つけました。

 もっとも、その騎士殿は気を失う直前まで、

 あなたから離れようとしませんでしたが」



(でしょうね)



簡単に想像できてしまうのが、少し腹立たしい。


「助かったわ。借りは返す主義よ」

「それなら、ちょうどよかったです」


ラピスの返事には、一拍の迷いもなかった。



どうやら私が目を覚ます前から、頼み事を用意していたらしい。



通称、宝石国。


大陸東部にある、小さく豊かな国。

希少な鉱石と宝石で知られているため、誰もがそう呼んでいる。

本当の国よりも、通称の方が有名だ。


けれど目の前の王子は、宝石箱から転がり落ちた石ころみたいな顔をしていた。


「第三王子が、どうして帝国の近くに?」


「あなたと同じです。逃げてきました」


「奇遇ね」


「ええ。ですから、役立たず同士でお願いがあります」


「誰が役立たずよ」


「元、でしたね」



訂正が早い。



ラピスは笑みを消し、まっすぐに私を見た。


「僕の国は今、三つの毒に蝕まれています」



毒。



その言葉に、満たされたばかりの胃の奥がわずかに鳴った。


(三つの毒、ね)


口には出さなかった。


でも、悪くない予感がした。

第3話までお読みいただき、ありがとうございます。

帝国脱出編は、ここで一区切りです。


次回からは、ラピスの故郷を蝕む「三つの毒」に挑みます。


アナたちの続きを見届けたいと思っていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


次回は7/20に複数話アップ予定です。


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