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千年の眠り―金色の花嫁―  作者: 天豆
第二章~西の国-ウェシュア-編~
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其の者の涙





「どうされましたか」



 ハッとして意識を取り戻すと、ベッドの横にエリーナさんが相変わらずの無表情で立っていた。

どうやらさっき目覚めたあたしは、身を起こしていながらもそのまま放心状態で意識を飛ばしていたらしい。

慌てて笑顔を取り繕ってエリーナさんに「なんでもないです」と答え、未だに激しく脈打つ心臓を宥めようと深呼吸をする。


――――こっちへ来てから、悪夢を見る回数が増えた気がする。

今までのようにすぐ傍に誰かがいるわけじゃないからうなされてるかどうかは分からないけど、その代わり今は夢の内容がはっきりと頭に残っている。

思い出さないように、考えないようにと頭を振って再びベッドへ体を沈めた。



「エリーナさん、ごめんなさい。今日は朝食はいらないです」


「……畏まりました」



 エリーナさんが頭を下げて部屋を出ていくと、あたしは小さく息をついた。

まいったなぁ……ここ最近あの夢のせいで録に眠れてない気がする。

頭痛いし、ぼんやりしててベッドから出るのも億劫なんだよね……

ベッドから出るどころかあの不愉快な夢のせいで食欲も湧かない。

目が覚めて少し経ったら不快感は少しだけ和らぐものの、寝起きの心情は酷い有り様だ。


 痛む頭をぐりぐりと押してベッドから出ると、少しでも外の空気を吸おうとバルコニーに出る。

大きく伸びをして空気を吸い込むと、少しほっと気持ちが落ち着いた。

見上げた空は相変わらず曇り空で、爽快さの欠片もないけどね。



 イーシュアも相変わらずの曇り空なのかな?

あたしがいなくなって四ヶ月近く経ったけど、レイ達はどう思ったんだろう。

もう、あたしの事なんか忘れてるかもなぁ……

 自嘲的な笑みを浮かべながら、ついそんな事を考えてしまう。

大事な物は、無くしてから気付くっていう言葉は本当の事なんだと思い知った。














――――ぼんやりとした視界の中に、見知らぬ男の人と小さな子供が立っている。

二人とも幸せそうに笑っていて、あたしも温かい気持ちになる。


 彼らに手を伸ばそうとした瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

男の人と子供があたしの目の前で血飛沫を上げて崩れ落ちていく。

見開かれた目と千切れかけの腕、飛び出している臓器。

無惨な姿の男性に追い討ちをかけるようにその頭部を踏み潰した若い男は、狂喜じみた笑みを浮かべている。

正に地獄絵図の様なその光景に発狂しそうになったその時、視界が真っ暗になった。



 そして次に、懐かしい人達があたしを優しく見つめていた。

お父さんと、お母さんだ。

二人の温かい表情に安堵したあたしが手を伸ばそうとした瞬間。

再び、二人も血飛沫を上げて崩れ落ちていった。


 自分の中での絶対的な存在の両親が真っ赤な血に染まり、白眼を向いて血を吐き出しながら悶え苦しんでいる。

そんな二人に再びあの若い男が、狂ったように笑いながら手を翳した。

その瞬間、二人の身体が何かに押し潰されているかのようにひしゃげていった。


 その瞬間、狂おしい程の感情があたしの中から溢れ出した。



――――イヤダ……イヤダイヤダイヤダ……!!!!!!


ヤメテ、ヤメテエェェェェェェ……!!!!!!!!!!!!!







「いやあぁぁっぁぁぁぁぁぁっ……!!!!!!!!!!!!!!」



「小娘! おい、しっかりしろ!」



「イヤダイヤダイヤダ、ヤメテエェェェェェェ……!!!!!!!!!!!!」



「おい!!!!」



 ハッと我に返ると、目の前には焦った表情のジークさんがいた。

ベッドに横たわるあたしの両肩を掴んで、険しい顔であたしの顔を覗き込んでいる。


 ドクドクと収まらない鼓動と、自分の目から溢れ出す涙。



「っ、はぁ、……っ、!!!!!」


 

 息を吸い込むと胸に強い圧迫を感じて呼吸がうまく出来ない。

必死に酸素を取り込もうと口をぱくぱくと動かしても上手いように酸素が入ってこなくて、苦しくて冷や汗が額に滲み出した。



「小娘落ち着け、ゆっくり息を吸え」



「はぁ、ぁ……ジー……クさ、」



 あたしの顔の横に両手をついて落ち着いた声でそう言ったジークさんの服を縋るように掴む。



「おい、聞いているのか? ゆっくり呼吸をするんだ」



 言いながらあたしの口元を大きな掌で軽く覆い、じっと目を見つめた。

朦朧とした頭ではその言葉を上手く理解出来ずに、ただひたすらに酸素を求めて息を吸い込む。



「チッ……少しの間我慢しろ」



 口を開けて深く息を吸い込み続けるあたしに眉を寄せたジークさんは、そう言うとあたしの口を塞ぐようにして口付けた。

その行為に目を見開いたあたしに構わず、塞がれた口から空気が送り込まれる。



 暫くそれを続けられて初めは苦しさに頭が混乱していて受け入れていたが、呼吸が落ち着いてくると一気に恥ずかしさが押し寄せた。

それに気付いたのか、ジークさんは少しだけ唇を離してあたしと視線を絡める。

すると何を思ったのか再び口付けを落とし始めた。



「ん、……!!?」



 啄むように角度を変えながら何度も落とされるそれは次第に深いものに変わっていき、不意にしっとりとしたものが開いた隙間から差し込まれた。

顔に熱が集まってきて耐えきれなくなったあたしは、思わずジークさんの肩を押しやる。



「な、にするんですか!」


「あまりに気持ちよさげな顔をしたからもっと欲しているのかと思ったが?」


「だ、誰が!」



 妖しく口角を上げたジークさんに思わず反論したあたしを見て、ジークさんは小さく息をついた。

そして腰掛けていたベッドから立ち上がる。



「あ、」



 そのまま立ち去ろうとしたジークさんの服の裾を思わず掴んでしまった。

そんなあたしを、ジークさんは少し目を見開いて見遣った。

なんだか分からないけど、今はどうしても一人になりたくない。

誰かが傍にいないと、心細くて…



「何だ」


「え! っと……あの、もう少しだけ、ここにいてくれませんか……」



 一人にされると思った瞬間、あの残酷な夢がまざまざと蘇ってきて、また少し息が苦しくなってくる。

 思わぬ事を口にしたあたしに更に目を見開いたジークさんは、少し間をおくとベッド脇の椅子にゆっくりと腰掛けた。



「……十分だ。それ以上は無駄な時間は使わぬ」




 ぶっきらぼうに放たれたその言葉に、思わず笑みが溢れた。










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