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白夜の町で、雪色のきみと暮らす~北極圏の小さな雑貨喫茶とオーロラの魔法~  作者: 明石竜


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第十二話 二人で編む冬支度

 次の日の閉店後、白夜亭のカウンターには、いつもより多くの毛糸が積まれていた。

 赤、青、黄色、緑。

 以前、色を取り戻した糸に加えて、町の人たちから預かった毛糸や、棚に残っていた糸まで、山のように重なっている。

 明日から始まる冬支度市へ出す手袋や帽子を、今夜中にできるだけ仕上げなければならなかった。

「……間に合うかな」

 わたしは編みかけの手袋と、毛糸の山を見比べた。

 今年は町の異変が続き、おばあちゃんがいた頃のように、早くから準備を進められなかった。

「全部作る必要はない」

 向かい側に座るリーヴァが言った。

 白夜亭のエプロンをつけ、手元には青い毛糸と刺繍針を置いている。以前、店番を手伝った日に渡したエプロンは、もうすっかりリーヴァのものだった。

「でも、おばあちゃんがいた年より少ないと、がっかりされるかも」

「エルナと同じ数を作る必要はない」

「分かってるけど……」

「アイナは、エルナじゃない」

 少し前なら、その言葉を聞いて落ち込んでいたかもしれない。

 けれど今は、違う意味に聞こえた。

「アイナが作れるものを、作ればいい。私も手伝う」

「ありがとう」

リーヴァは、わたしが商品用に編んだ黄色い手袋へ、青い糸で刺繍を始めた。

 暖炉では薪が静かに燃えている。

 そのそばでは、ニエルが赤い毛糸玉を枕にして眠っていた。

「む……」

 寝返りを打った前足に毛糸が絡まり、玉がころころと転がり出す。

「ニエル、動かないで」

「我は動いておらぬ」

「動いたから絡まったんでしょう」

 ニエルが立ち上がると、赤い糸が尻尾から前足まで巻きつき、その場へ転がった。

「ぬおっ」

 毛糸に包まれた姿を見て、わたしは吹き出した。隣では、リーヴァも口元を押さえている。

「早く助けよ」

「偉大な北の使いなら、自分でほどけるんじゃない?」

「力を温存しておる」

「絡まって動けないだけ」

 リーヴァが真顔で言い、二人で糸をほどいた。

 自由になったニエルは、何事もなかったように胸を張る。

「二人の連携を試してやったのだ」

「もう毛糸のそばで寝ないでね」

 ニエルは暖炉の前へ移動し、わたしたちは顔を見合わせて笑った。

 それから、残った淡い灰色の毛糸で、新しい一組の手袋を編み始めた。

「模様は、どうする?」

「町と雪原を、一つずつ入れたい」

 リーヴァが青い糸で雪原の道しるべを刺繍し、わたしは橙色の糸で白夜亭のランプを縫い込んだ。二つの模様のあいだを、細い銀青色の糸で結ぶ。

「この糸は?」

「道と灯りが、離れないため」

 二人で一組の手袋を作る。

 そのことが、どうしてかとても嬉しかった。

 編み目を重ねながら、わたしは窓の外を見た。白夜の光は少しずつ弱まり、やがて町には長い冬が訪れる。

「雪が降ったら、リーヴァは雪原に帰るの?」

 リーヴァの針が止まった。

「まだ、決めてない」

「そっか」

 雪原には家族も、歌も、トナカイもいる。町に残ってほしいと、簡単には言えなかった。

「冬の白夜亭は、雪かきが大変なんだ」

「アイナ一人では大変」

「でも、今年は一人でやらないと」

「我は雪かきなどせぬぞ」

 暖炉の前から、ニエルが目を閉じたまま言った。

「誰も頼んでないよ」

 わたしは編み目へ視線を戻した。

「雪の季節も、リーヴァが来てくれたら楽しいだろうな」

 冗談のように言ったつもりだったけれど、声は思ったより小さくなった。

「雪原へ帰っても、ときどき来てくれたら……」

 本当に言いたいのは、「ときどき」ではなかった。

「アイナ」

 リーヴァが顔を上げた。

「帰ると決めたわけじゃない。町に残ると決めたわけでもない。でも、白夜亭に来られなくなるのは嫌」

「わたしも、嫌」

 考えるより先に答えていた。

「なら、考える」

「何を?」

「どうしたら、どちらにも帰れるか」

 雪原と町。どちらか一つを捨てるのではなく、二つの場所をつなぐ道を、リーヴァは探そうとしていた。

「一緒に考えてくれる?」

「もちろん」

 答えると、リーヴァの表情が少しだけ柔らかくなった。


 夜が深くなった頃、冬支度市へ出せる品物がいくつも完成していた。

「今日はここまでにしようか」

 返事がない。

 向かいを見ると、リーヴァは机へ片肘をついたまま、目を閉じていた。手には刺繍針を持っている。

 わたしは肩にかけていたショールを外し、そっとリーヴァへかけた。

 するとリーヴァが薄く目を開け、ショールの端をわたしの方へ引いた。

「半分」

「え?」

「アイナも使う」

「でも、狭いよ」

「だから、近くに座る」

 わたしは隣の椅子へ座り、一枚のショールを二人の肩へかけた。

 肩が触れ、互いの腕が少しだけ重なる。

 暖炉の火より、隣の体温の方がはっきりと感じられた。

「温かい」

「うん」

 カウンターには、雪原の道しるべと白夜亭のランプを銀青色の糸で結んだ、一組の手袋が置かれている。

「この手袋、明日出す?」

 リーヴァが尋ねた。

「どうしよう」

 わたしは手袋を手に取った。

 町と雪原。二つの模様を結ぶ銀青色の糸が、暖炉の光を受けて淡く輝いている。

「これは、売らないでおこうかな」

「どうして?」

「初めて二人で、一組全部を作ったから」

 リーヴァはしばらく手袋を見つめた。

「白夜亭に置く?」

「うん。店のどこかに飾っておきたい」

「それがいいと思う」

「いつか、本当に必要な人が来たら、その人に渡してもいいかも」

「町と雪原のあいだで、帰る場所を探している人?」

「そういう人に」

 リーヴァはわずかに目を細めた。

「それまでは、ここに置いておく」

「うん。二人で預かろう」

 リーヴァはそう言うと、そのままわたしの肩へ少しだけ頭を預けた。

 一瞬、体が固くなった。

 けれど離れようとは思わなかった。わたしもほんの少しだけ、リーヴァの方へ寄りかかる。リーヴァの髪が頬に触れた。くすぐったかったけれど、動けばこの時間が終わってしまいそうで、わたしはじっとしていた。

 冬になったとき、リーヴァがどこにいるかはまだ分からない。

 それでも、町と雪原の間に新しい道を編むことは、きっとできる。

「冬になっても、また一緒に作ろうね」

 リーヴァは目を閉じたまま頷いた。

「うん。冬も、その次も」

 その返事は、暖炉の火よりも長く、胸の中に残った。


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